白亜の心根2

 病院で傷を縫ってもらって手術室から出ると、ずぶ濡れの雨ガッパを脱いだあいつが待っていた。

 出てくるなり、そいつはアタシの事をそっと抱きしめて、泣きながら謝ってきた。

 気にすんな、と言いつつアタシは改めてその白い髪を見た。

 ああ……。綺麗、だな……。

 やっぱりそれは、ドブネズミみたいなアタシの黒髪とは段違いだ、と思っていると、そいつはなんでかアタシ耳をくわえようとしてきた。

 その頭をぶったたいて止めさせたところで、実は高熱が出ていたアタシは、そこから先の記憶がすこし曖昧になっている。

 でもそいつが、ベッドで横になるアタシの傍にずっと居てくれたこと、その名前が『ユキホ』だってことだけはっきりと覚えていた。


                    *


 現場から帰ったアタシとユキホは、風呂に入って部屋着に着替えてから部屋に帰ってきた。

 アタシの後に続いて入ってきたユキホは、部屋のドアを閉めて鍵をかける。

「ユキ……」

「うふふ、どうしたのスミちゃん? 今日は積極的なのね」

 ドアガートをかけて振り返ったところで、アタシはユキホに抱きついた。

「疲れた……」

 今回の仕事は死体がかなり広範囲に落ちていたせいで、普段の3倍ぐらい歩かされるハメになった。

「分かったわ。じゃあマッサージするわね」

「頼む」

 ユキホはアタシの身体をひょい、と軽々持ち上げてベッドに寝かせた。それはアタシの好みに合わせて、少し柔らかめのマットレスが乗っている。

「痛かったら言ってね」

「おう……」

 アタシがうつ伏せになると、ユキホは脚の上にバスタオルをかけて、まずパンパンの脚をもみ始めた。

「ユキ……、もうちょっと強く……」

「はーい」

 どこで習ったのか知らないけど、ユキホの腕前はプロレベルで、めちゃくちゃ気持ちが良い。

「スミちゃん、疲れはどんな感じ?」

「大分取れた……」

 40分位経って全身のマッサージが終わると、タオルをその辺に放り投げてアタシの隣に寝転がった。

「かわいい……」

 脱力しきったアタシの顔を見て、据わった目でにこり、と笑ったユキホは、アタシをそっと抱き寄せる。

 その身体の温かさと匂いに包まれて、アタシはすぐにウトウトし始めた。

 ユキホに出会ってしばらくの間、どういう理由があってこいつは、アタシなんかに愛情を注いでくれて、こんなに尽くしてくれるんだろうか、なんてことを考えていた。

 だけど、それからいろいろな事があって、そんなことはもうどうでも良くなった。

「好きよ、スミちゃん」

 なぜなら、ユキホがアタシの事を好きだから――、理由なんてそれで十分なんだって事に気がついたからだ。

「知ってる……」

 ――こうやってユキホが傍に居て、愛してくれさえすればアタシは幸せなんだ。

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