離れ難きもの1

この回に出てくるゲストキャラ「芙蓉帆花」についてはこちらをご覧ください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883594903

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「ん……」

 膝を抱えて眠っていたスミナは、目の前でちらつく日の光せいで目を覚ました。

「ユキ……、まぶしい……」

 自称『下僕』の名を呼びつつ、彼女は身体に掛かっている毛布を頭に被る。だが薄いそれでは、光を遮る事はできなかった。

 大分高い所に来ている春の太陽は、やや冷えていた朝の空気を程よく暖めていた。 

「ユキー……。ユキー……」

 いかにもけだるげな声で、スミナは何度もユキホの名前を呼ぶが、彼女からの反応はない。だがその代わりに、

「うるせえな。だったら反対向けよ」

 スミナの真後ろから少し低く、ドスの利いた少女の声がした。

「……あ?」

 あまり聞き覚えの無いそれを聞き、彼女はすさまじく緩慢な動きで振り返った。

「いつまで寝てんだ。もう昼前だぞあんた」

 声の主の目つきは野良犬の様に擦れている、というふうにスミナの目には映った。だがそれ以外は、贔屓ひいき目に見ても大人びた、美しい少女のそれだった。

 彼女の黒いショートカットの髪は、右耳の上辺りに白髪が指三本分の幅で生えていた。

「……えっと、誰だっけお前?」

 とりあえず初対面ではない、程度にしか彼女を記憶してないスミナは、少ししかめっ面でその少女に訊ねた。

芙蓉帆花ふようほのかだ」

「さあ、知らねえな」

「……ほらこの前、お前の相棒と一緒に拉致られたろ?」

 芙蓉と名乗った少女にそう言われて、スミナはなんとか思い出そうと、床に布を敷いて座っている彼女の身体を観察する。

 彼女の左右には拳銃が10丁ほど置かれ、正面に分解された拳銃が置いてあった。

「……あっ。お前、『情報屋』オーナーんとこの乳デカスナイパーか」

 黄緑の病院着の上からでも分かる、彼女の豊かに盛り上がった胸部をガン見して、スミナはやっと思い出した。

「……正解だけど、変な覚え方してじゃねえよ」

 天谷綾音せんせいんとこの警備員かあんたは、と、芙蓉はげんなりした様子でため息を吐いた。

「あのエロジジイと一緒にすんな……。ふぁ……」

 大あくびをしたスミナは、モソモソと動いて丸めていた身体を伸ばした。その後、かなりゆっくりと半身を起こし、辺りをきょろきょろと見回す。

「……ところで、なんでアタシはここにいるんだよ」

 壁も天井も白い八畳ほどの部屋と、自身が座る宮に名札がついている電動ベッド、そして部屋に満ちる消毒の臭いで、スミナは自分が病室にいる事に気がついた。

「今朝、お前の相棒が勝手に連れてきたんだよ」

 と、迷惑そうな顔で芙蓉は言い、銃のパーツに油を差していく。

「……ん? 今日って水曜日だっけか」

 スミナにそう訊ねられた芙蓉は、おう、と彼女の方を見ようともせず、素っ気ない感じで答えた。

「あー、そうだ。今日だったか……」

 ぼさぼさの頭を掻きながら、スミナは額にしわを寄せてそう言った。

 スミナはこの日の2~3日前から、

『ねえスミちゃん。私、水曜日に健康診断受けないといけないから、なるべく早起きしてね?』

 と、ユキホに何度か言われていた事を思い出した。

 かなり細かい所まで検査するため、健康診断の日は毎回、昼前までスミナはユキホと離ればなれになるはめになる。

 いつもなら、同僚のアイリとタケヒロがスミナを預かるのだが、今回彼女らは仕事でかなり遠出しているため、ユキホは信頼出来る知り合いである、芙蓉に半ば強引に頼んだのだった。

「ああああぁー……」

 しばらく会えないと分かり不機嫌な顔になったスミナは、うんうん唸りながらベッドの上を左右に転がりだす。

「ユキがいねえとつまらねえなあー」

「あーうるせえ! 静かにしろ!」

 彼女があんまりにも鬱陶しいので、芙蓉はそう怒鳴って、銃と外したゴム手袋を横に置くと立ち上がった。

「これでも持って静かにしとけ」

 彼女は自分の後ろにある棚に乗っていた、ユキホから預かったビニール袋をスミナに投げつけた。

「へぶっ!?」

 ゆっくりとした速度で飛んだ袋を取り損ねた彼女は、顔面でそれをキャッチするはめになった。

「投げつけんじゃねえよ! ……って、んだこれ?」

 その中身を引っ張り出すと、ユキホがいつも着ている、シックな黒いゴスロリドレスが入っていた。

「……」

 腕に抱いたそれを鼻にくっつけ、スミナは何度か深呼吸をする。普段は片時も離れず傍(そば)にいる、彼女が唯一心を許す少女の匂いがした。

 すると途端に、彼女はうなるのを止めてぱったりと静かになった。

 その様子を見ていた芙蓉は、ニヤリとして思わず噴き出した。

「わ、笑ってんじゃねえよ!」

 顔を瞬時に赤くしてキレるスミナは、服を持ったまま芙蓉を睨み付ける。

「悪い悪い」

 あんまりにも、あいつ言った通りになったもんでな、と芙蓉はニヤニヤしたままそう付け加えた。

「まあ……、ユキはアタシの事なら、何でも知ってるからな」

 その視線から逃れるように顔を逸らし、唇を尖らせながらスミナはそう言った。

「へ、へぇ……」

 芙蓉はそれを聞いて、若干表情を引きつらせていた。

「……んだよ?」

 UMAユーマでも見るかのような目をする彼女の方を見て、スミナは眉根を寄せつつそう言った。

「いや、世界って広いなと」

 いろいろ言いたいことがあった芙蓉だが、面倒くさそうだったので、ごまかす様にそう言って流すことにした。

「あっそ」

 芙蓉に興味が無くなったスミナが、もう一度仰向けに戻ろうとしたとき、

「……?」

 ユキホの服の隙間から、紙切れ一枚と灰色をした布の塊が出てきた。

 その小さな紙切れには、落ち着いた? と、多少右に傾いたユキホの字で書いてあった。

 ユキホからのメッセージを見たことで、スミナの常に不機嫌そうな硬い表情がほんの少し緩んだ。

 次に、布の塊の方を手に取った彼女は、それが自分のショーツだと分かり、穿いているショートパンツの中を確認した。

 流石に穿いていない、という事は無かったが、昨夜穿いたそれとは明らかに色が違っていた。

「……」

 やれやれ、といった感じのため息を吐いたスミナは、手にしている下着をショートパンツのポケットに突っ込んだ。

「どうした、パンツでも交換されてたか?」

 拳銃をベッド脇にある、パイプ椅子の裏に貼り付けた芙蓉は、冗談のつもりでスミナにそう言った。

「なに見てんだよ」

「えっ、マジなのかよ……」

 流し目で彼女ににらみ付けられた芙蓉は、今度は隠そうともせずに、思い切り引いていた。

「言うまいと思ってたけど、お前の相棒、変態なんじゃねえか?」

「は? 何言ってんだお前。ちげえよ」

「いや、普通パンツなんか勝手に替えねえよ」

「そうなのか? 食うまで行ってねえからセーフだろ?」

「ああ、そう……」

 と、平然ととんでもない事を言うスミナに、さらにドン引きする芙蓉はこの話をさっさと切り上げることにした。

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