第7貸 初めての塔探索

 塔に入る手続きを終えたセフィーとラースは冒険者支援協会を出て、真正面にある塔の入り口に向かう。

 改めて塔を仰ぎ見るとその巨大さと威容さに圧倒される。

 自然の岩盤で出来たような外壁で、実際に遠くから天まで続く姿を見ていて、更にこれが塔だと言われていなければ、ただの岩壁にしか思えなかっただろう。

 塔の横幅は巨大と思った神殿よりも広く、高さに至っては近くなり過ぎて、遠近感がおかしくなりそうな錯覚に見舞われる。

 上を向いていると首が痛くなってしまう。

 塔の周囲には3m程の人口の壁で囲われ、唯一、入り口部分に大きめの扉が設置されている。

 入口の扉の前には槍を構え、頭から足先まで完全に覆われたフルプレートと呼ばれる全身鎧に身を固めた門番が2人立っている。

 ラースによると彼らはある程度、腕の立つ“元”冒険者だという事だった。

 それはつまり、彼らは塔の探索を諦めたとも受け取れる。

 この街の住人と結婚したとか子供が出来たとか大怪我をして無理が出来なくなったとか、様々な理由があるかもしれないが、地上へ戻る事を諦め、この地下で一生を過ごす事だけは間違いない。

 そんな人が塔の門番をし、探索に向かう冒険者達をどのような想いで見つめているのだろうか。

 セフィーにその心中を覗く事は出来ないし、ましてや直接どういう心境か聞くなど不躾で出来やしない。

 だがそんなセフィーの考えが考え過ぎだという事はすぐに発覚する。


「おっ、ラースか。ん?今日はまさかの女連れ!?」

「おっ、もしかしてこの子は新しく来た子だね。そうか、ラースくんもとうとう……」


 2人が近付くと門番の2人がラースに声を掛けてくる。

 全身鎧で分からなかったが、声から1人は女性であると分かった。

 ラースはずっと1人で塔の探索を進めていたので、門番の2人とも顔見知りだった。


「はい。彼女はセフィーさん。今日から一緒にパーティーを組む事になったんです。これでようやくソロを卒業ですよ」

「セフィーです。宜しくお願いします」


 ラースに紹介されてセフィーは慌てて挨拶する。


「私はレト。でこっちが旦那のライ。2人とも宜しく」


 門番の2人は夫婦だった。

 フェイスガードを開け、門番の2人はニカッと笑顔を向ける。

 体格も良く全身鎧という装備で厳つい雰囲気だが、レトの丸い顔には愛嬌のある笑顔が浮かんでいる。

 ライの四角い顔も優しそうな笑顔をしている。

 

「おう、そうだそうだ。この間、娘が生まれたんだ!」

「とっても可愛いんだよ!今度、顔を見に来ておくれよ」


 生まれてきた娘の事を話すライとレトの顔はとても幸せそうだった。

 2人は結婚を期に冒険者を辞め、こうして門番の任に就いている。

 こうして2人で仕事をしている時は、生まれたばかりの子供は、冒険者支援協会に預けているという。

 ここならばすぐ目の前なので、子供に何かあってもすぐに対応出来るという協会の計らいだ。

 ライとレトは地上へ戻る事は断念したが、愛する家族がいるだけで十分な幸せを感じていた。

 その姿を見て、セフィーはアンダガイナスに落ちてきた事自体を不幸だと思っていたが、ここに住む者の中には、こうして地下世界でも幸せを手に入れているという事実を知る。

 セフィーが寝泊まりする宿屋の夫婦も似たように幸せそうだった事を思い出す。

 アンダガイナスに落ちた人が地上へと帰還したという記録は残されていないし、地上でもこんな世界が地下に広がっている事は知られていないので、まだ誰も地上には戻れていないという事なのだろう。

 それらを考え、命を賭けて地上に出れるかも分からない塔の探索をするよりも、この地下で幸せを掴む方が現実的なのかもしれないと思うようになる。

 だからといってセフィー自身、地上へ戻る事を諦める気は毛頭無い。

 例え何年、何十年掛かろうとも最後の最後まで絶対に諦めたく無かった。

 そんな覚悟をセフィーは胸に秘める。

 その間もライとレトの娘自慢は続いており、そろそろラースでも対応が追い付かなくなってきていた。


「今度、ぜひ伺わせて貰います。それでそろそろお仕事に戻って欲しいんですけどいいでしょうか?」

「ん?ああ、そうか。すまない、これから塔に入るんだったね。ほら、証明書を貸しな」


 見かねてセフィーが口を挟み、彼らの本来の職務を思い出させる。

 レトはセフィーとラースの入塔証明書を確認し、大きく頷く。


「よし!入って良いぞ。いつも言うが、必ず無事に戻ってこいよ。ちゃんと2人でね」


 レトが先程までとは打って変わって、真剣な表情を向ける。

 門番をしていれば、送り出したのに戻って来なかった冒険者をたくさん見て来た事だろう。

 だからこそ彼女達は無事を祈って送り出す。

 例えそれが初対面の相手でもだ。


「ええ、当然です。レトさんとライさんの娘さんの顔を見に伺わなければいけませんからね」


 ラースが答え、セフィーもその後ろで頷く。

 その様子にレトは満足した表情を浮かべる。

 そしてようやくセフィーとラースは塔への入り口である扉をくぐる。

 背後でライが「ラ-ス!男になって戻ってこいよ」などと声援らしきものを送って、直後にレトに槍で小突かれていたが、ラースもセフィーもライの言った言葉の意味を理解出来ず、顔を見合わせて不思議そうな顔をするしか出来無かった。




*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 

 今回ラースが受領した依頼は、初めて塔探索を行うセフィーに考慮して、彼が普段受ける依頼よりもかなり簡単なものを選んでいた。

 その内容は3階層までのモンスターをなるべく多く倒すというものだ。

 最低討伐数が決まっている事が殆どだが、それを越えて倒した分に応じて報酬が増えるので小遣い稼ぎには丁度良く、塔からモンスターが溢れ出てくるのを防ぐ意味合いもあるので、こういう討伐依頼は常に冒険者支援協会側から出されている。

 依頼は同時に3つまで受領する事が出来るので、別の依頼を受けつつも、ついでにこっちもという冒険者も大勢居る。

 倒したモンスターの種類や数は冒険者カードに自動的に記録されるので、ついでで受けるのに丁度良い依頼なのだ。

 特にこの塔は階層によってモンスターの種類と強さがある程度決まっている。

 稀にその階層では殆ど見かけない別のモンスターが居る事もあるが、それは1つ上の階層から降りてくるのが殆どだ。

 この塔は上の階層に進むに連れてモンスターが強くなる傾向があるが、1つ上がった程度では極端にモンスターが強くなったりはしない。

 下層では1層上がる毎に冒険者のレベルで1から2くらい上がる程度だし、降りてくるモンスターも大抵は単体なので、実力に見合わない階層にまで昇ったりしない限り、そのようなモンスターと出会ってもそれ程脅威とはなりえない。

 それにこの討伐依頼は指定の階層までのモンスターの討伐数なので、例えば今回受けた依頼のように“3階層までの”という指定の場合、極端な話、1層目だけで最低討伐数を満たしても構わないのだ。

 とはいえ今回はセフィーの実力を見る事が目的である。

 ラース自身はソロで6階層まで行っているので、3階層程度ならば、1人でも十分に余裕あるが、セフィーの職業が魔法も武器も扱う魔導戦士というあまり、というかラース自身初めて聞く職業なので、その実力がどれ程なのか良く分かっていない。

 レベルが9なので、弱いという事は無いだろうが、実力も分からない、連携も出来ていない状態で上を目指すのは無謀と言える。

 3階層まででも多様なモンスターが出てくるので実力を測るには丁度良いし、連携の経験を積むのにも丁度良いだろう。


「へぇ~、これが塔の中なんだ。もっと暗いイメージがあったんだけど結構明るいね」

「うん。ここの壁も天井も例の光苔で覆われてるから、これだけ明るいんだ。外が暗くなると塔の中も同じように暗くなるから時間も分かりやすいんだよ」


 塔内部は眩しく感じない程度の明るさを保っている。

 まるで太陽の光を受けているみたいで、周囲が壁に覆われているのを無視すれば、地上を歩いているような錯覚にさえ陥る。

 そんな他愛の無い会話をしていると、曲がり角に差しかかった所でモンスターの姿を見つけた。

 そのモンスターはアリアントと呼ばれる巨大な蟻で、1階層は主にこのアリアントが殆どだ。

 顎の力が強く、噛み付かれるとかなりの痛手を負うが、動きは遅い。胴体と腰の接合部や脚が細くなっているで、そこを狙えば簡単に倒す事が出来る。

 マウラットと異なり、大量の群れで襲い掛かってくる事は特定の状況下以外では殆ど無いので、マウラットよりは倒しやすいモンスターといえた。

 ただし群れても3匹程度で、マウラットに比べて1回の戦闘における経験値効率が悪い為、初心者はアリアント狩りよりもマウラット狩りを選ぶ。

 だがこの塔では地上のように狩りの場所を選べないので、初心者冒険者はアリアント狩りをするしかない運命にある。


(レベルが上がってて良かったかも)


 セフィーは少しだけほっとする。

 もしレベル3のままだったなら、レベルが上がるまで延々と数体しか出ないアリアントを探し続けるか、無理をしてでも上階層に行くしか無かった所だ。


「ラースさん。レベルアップしたのを実感したいので、暫くは1人で戦ってみても良いですか?」

「うん、そうだね。もし危なそうだったら、その時に助けに入るよ。ただ連携も練習したいから、最初の何回かだけだよ?」


 ラースとしてもセフィーの実力を確認出来るし、セフィーも自分がどれだけ出来るか試してみたい気持ちが強かった。

 レベル3でも倒せるアリアントでは相手にならないだろうし、経験値も大して手に入らないが、戦闘経験を積むのには役立つだろう。

 とはいえ油断はしない。

 ちょっとした油断が万一の事に繋がる可能性もあるからだ。

 そうこうしている内にアリアントの方もセフィー達に気付き、キチキチという鳴き声を発して向かってくる。

 セフィーは腰からショートソードを引き抜きながら、アリアントに向けて駆け出す。

 身体が凄く軽く感じる。

 昨日、レベルアップを果たした後は、パーティーを組む為にラースに会いに行ったり、日用品の買い物をしたりなどして、全力で身体を動かす機会が無かったので気付かなかった。

 だが、ステータスが軒並み3倍になっているのだから身体が軽く感じて当然だ。

 ショートソードを振り抜くと軽い手応えの後にアリアントの首が宙を舞う。

 モンスターは魔法で生み出された存在の為、血が飛び出すような事は無い。

 頭を失ったアリアントは暫く蠢いた後に糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 あまりの手応えの無さに、セフィーの方が逆に驚いてしまう。

 そして改めて自身のレベルが一気に上がった事を実感する。

 だがそれ以上に、先日までと異なり、剣が手にしっかりと馴染んでいると感じる。

 まるで長い間、剣士として経験していたかのように剣の扱いに慣れており、モンスターの何処を攻撃すれば効率良く倒せるか、どう踏み出せば一番威力が高くなるか、どう動けば反撃を受けにくいか、そういったものが何故か分かった。

 剣の修業は一番最初に冒険者資格試験に落ちた時から始めたばかりで、まだ1年も経っていない。

 本職という訳でもないし、どこかの剣術家に指南したという訳ではない。

 冒険者支援協会に来て時間潰ししていた冒険者にコツを聞いて教えを受けたり、稽古相手になって貰ったりと、ほぼ我流である。

 マトラと出会ってから試験に合格するまでの半年程は、殆ど2人で稽古をしていた。

 なのでこのような熟練の戦士のような動きなど出来るはずが無かった。


「流石、魔導戦士という珍しい職業なだけあって、動きに無駄が無いね」


 ラースは絶賛してくれるが、セフィーとしては腑に落ちないものがある。

 レベルが上がった事で“見習い”の文字は取れたが、技術的には魔導師としても戦士としても実戦経験に乏しい。

 冒険者になったばかりでつい昨日までレベル3だったのだから、本来ならそれが普通だと言える。

 期せずして大量の経験値を得たが、その経験値もセフィー自身が何かをして得たものではない。

 にも関わらずセフィーの剣技は本職の刀剣士であるラースの目から見ても称賛に値するレベルになっている。

 単純にステータスが上がったから出来た動きという訳では無かった。


(うわぁ~、もしかしたら私ってとんでもない魔法を手に入れちゃったのかも……)


 何匹目かのアリアントを倒し、そろそろ2階層へ向かおうとなった時点で、セフィーは自分の身に起きた事の結論をつける。

 冒険者が得る経験値の多くは倒したモンスターから得られる残滓魔力だが、一部は本人が戦う事で得た気付きや戦いそのものの経験だ。

 つまり今、セフィーの剣技が格段に上達しているのは、レベルを偶然貸し出した黒曜姫ユリイースの剣の技術を経験値という形で経験したからに違いない。

 たった半日であれほどの経験値が手に入るような強力なモンスターと戦っているのだ。

 彼女の持つ技術が少なからず経験値に反映されていてもおかしくは無かった。

 そう考えると色々と辻褄が合ってしまう。

 もしかすると大剣を持ったら、今以上の技の冴えになるのかもしれない。

 レンタルについては分からない事ばかりなので色々と検証する必要がありそうだった。


「えっと、セフィーさん。聞いてる?」


 考えに耽っていてラースが何か喋っていた事に気付くのが遅れる。

 朧気ながら聞こえていたのは、2階層とモンスターという言葉。

 そこから推測して答える。


「あっ、ごめんなさい。え~っと、確か…2階層のモンスターの事でしたよね」

「うん。2階層は主にクイーンアリアントとブロンドギルが出てくるんだよ」


 推測が正しくてセフィーは心の中で胸を撫で下ろす。

 クイーンアリアントは、アリアントを統率する言わば女王蟻だ。

 普段は大群を成さないアリアントだがクイーンアリアントが居る場合は別だ。

 数匹のアリアントが女王を護るように立ち塞がり、更に10匹程がその周囲を囲んでいる。その上、戦いが長引けば周囲のアリアントや他のモンスターまで呼び寄せる。

 地上ではアリアントの巣の近くでしか見掛ける事の無い珍しいモンスターだが、この塔では普通に出てくるらしい。

 とはいえ基本的に集まってくるモンスターはアリアントであり、クイーンアリアントにしてみてもアリアントに毛が生えた程度の強さでしかない。

 もう1体のブロンドギルは昨日の夜に食堂で食べたシルバーギルの下位種だ。

 見た目もシルバーギルの体色を銅色に変えただけだ。

 数十匹の群れで行動する事が多く、シルバーギル程ではないにしろ、素早い動きで空を飛び回り攪乱してくる。

 だが、防御力が極端に弱く、突撃攻撃でダメージを与えると共に自身も潰れてしまうという自爆モンスターで、冒険者からは嫌がられている。

 突撃攻撃のダメージはそれ程では無く、連続で受けたら少し危ないかな、という程度だが、潰れたブロンドギル自体が放つ魚特有の生臭さが染みつくのが嫌がられている理由の大半だったりする。

 どちらも数は多いかもしれないが、今のセフィーには脅威とは言えない。無傷で殲滅が可能だろう。


「あ、そうそう。時々、オークが出てくる事もあるんだけど、この戦いぶりを見る限り、相手にもならないね」


 豚顔の亜人。それがオークだ。

 野蛮で粗暴、暴力と女だけを目的としたモンスターであり、1匹でレベル6の冒険者と同じくらいの強さを持っている。

 3階層に多く生息しているが、稀に2階層にも降りてくる事があるという。

 こちらも手こずるような相手とは言えない。


「そういえば、セフィーさんって魔導戦士って事は魔法を使えるんだよね?今後の探索を進める意味でもどんな魔法を使えるか聞いておきたいんだけど」


 2階層を進みながらラースが尋ねる。

 1階層での戦いでかなりの余裕がある事も分かって、セフィーも警戒は怠らないが、極度に緊張もせずに隣を歩きながら答える。


「え~っとそれがですね……」


 セフィーは一瞬、口篭る。

 ラースは基本的に良い人だが、まだ会って間も無く、全てを曝け出せる程の信頼関係を築いているとは言えない。

 シンプティに釘を刺されてしまった事もあり、レンタルの魔法について教えるのは少し慎重になった方が良いかもしれない。


「実は資金的な問題で魔導書を買えてないので、今の所、ヒーリングしか使えないんですよ」


 魔法はその魔法が使用可能になると魔導書に書かれてある文字が読める様になる仕組みになっている。

 ヒーリングやエンチャントパワーといった素質のあるものが最初に覚える事が可能な魔法については、素質があると判明した時点で、その部分だけを書き写した写本を無償で貰う事が出来るのだが、それ以降の魔法を覚えるには魔導書が必要となる。

 しかも各種の魔法毎、適正レベル毎に魔導書が存在する。

 攻撃魔法に至っては更に属性毎に別れていたりする。

 レベル10までの魔法を記した魔導書が“一般魔導書”、レベル15までが“低級魔導書”、レベル20までが“中級魔導書”、レベル25までが“上級魔導書”、レベル30までが“最上級魔導書”、それ以上が“神級魔導書”となっている。

 ただレベル31以上の魔法については到達者が少なく、情報が少ない為に未だ手探り状態であり、神級魔導書は存在だけは噂されていても殆ど市場には出回っていない。

 現在、魔導書に書かれてある魔法の大半は古代文明の時代の文献から発見されたものであり、素質があれば、誰にでも覚える事が可能だ。

 ただし魔法を覚える事の出来る適正レベルは人それぞれだが。

 そしてアンダガイナスを含めたミドガイナスの世界は魔法が存在する世界とはいえ、魔法の素質を持つ者は多くない。

 その為に魔導書の需要が少なく、それだけ1冊あたりの魔導書は高価になり、上位に行くほど売値の桁が1つ2つ増えていくのだ。

 しかも1冊の魔導書から誰かが魔法を覚えてしまうと、その魔導書からは魔法を与える魔力が消えてしまい、同じ魔導書から同じ魔法を他の人が覚えるという事が出来ない消耗品の為、中古本や他者から魔導書を借りるという事も出来ない。

 更にセフィーは回復と付与という2つの素質を持っているので、両方とも覚えるとなると単純に2倍の資金が必要となってしまうのだ。

 素質が半分という事で、暫くは魔法を新しく覚えられないと高を括って、装備や道具の方に費やし、魔導書を後回しにしたのが、今となっては仇になってしまった。

 まぁ、普通に考えればこんなに一気にレベルが上がる事など有り得ないので、セフィーを責める訳にはいかないだろう。


「というわけで魔導書が手に入るまでは魔法に関しては期待しないで欲しいんです」

「いやいや、ヒーリングが使えるだけでも十分期待出来るよ。僕はこれまでソロで魔法も使えなかったから、怪我を負ったり、体力的に限界が来たりすると街へ戻るしか無かったからね」


 確かに1人では、この塔の中で仮眠する事も出来ないので体力回復はもちろん2日以上の長期の探索も出来ないし、回復魔法が使えなければ、怪我を治す事も簡単には出来ない。

 しかし人数が2人に増えれば見張りと仮眠を交互に交代して2日以上の探索が可能になるし、初期回復魔法とはいえヒーリングが使えるというだけで、体力や怪我の回復が短時間で済む為、探索可能時間も延びるし、多少の怪我を気にする事無く戦えるので、戦闘時間も短くなり、少々強いモンスターとも戦える。

 探索の難度が下がり、効率が上がるのは間違いないだろう。

 回復魔法の素質があれば誰でも使えるようになる魔法に対して、素直に嬉しそうな表情を浮かべるラースにセフィーの心がチクリと痛む。

 その笑顔はまるで少年のように無邪気で、彼の人の良さが滲み出ている。

 彼になら限定魔法であるレンタルを教えても良いのではないだろうかと、ふと頭を過ぎる。


「ねぇ、ラースさん。実は……」

「おっとお喋りの時間は終わりのようだよ」


 セフィーが口を開き掛けた所で、ブロンドギルの大群が通路の角を曲がってこちらに向かってくる。


「数も多いし、今回は僕も戦いに参加するよ」


 ラースはそう言うとブロンドギルの群れに向かって駆け出す。

 まるで風のよう。

 駆け出したラースを表すのにそれが最も適切な表現だった。

 速さに特化しているというだけあって、ラースの動きは目を瞠る程の速さだ。

 ブロンドギルが動き出すよりも早く、ラースは床を蹴りながら背中の羽を広げ、ブロンドギル目掛けて滑空する。

 刀を抜き、錐揉みしながら群れの中にその身を投じると大量のブロンドギルが細切れになっていく。

 ブロンドギルの上位種であるシルバーギルをソロで大量に狩れるのだから、これくらいは出来て当たり前だろう。

 黙って見ているだけで全滅させそうな勢いだが、任せっぱなしも悪いので、セフィーもショートソードを構えて戦闘に参加する事にする。

 レベルの上昇と最高峰の剣技の経験を得たおかげか、セフィーにもブロンドギルの動きがはっきりと知覚出来る。

 先程、ラースの動きを目で追えたのも同じ理由だろう。

 ラースが討ち漏らしたブロンドギルを剣で斬るだけの簡単な作業。

 瞬く間に50匹は居たであろうブロンドギルは残骸と化し、周囲は生臭い臭いで満たされる。

 壁に付着している光苔の効果なのか、10分もすればこの臭いは消えてしまうし、残骸も吸収されてしまうので放置していても問題は無い。

 その上、モンスターには血のような体液が存在しない為に、返り血で汚れる事が無いのもありがたい。


「さすがに2人で戦うとあっと言う間だね」

「あははは……今回、私は殆ど何もやって無い感じですけどね」


 セフィーが倒したのは全体の2割にも満たないだろう。

 速さ特化と言うだけあってラースの動きはレベル9を遥かに凌駕している。

 ステータスを比べた訳ではないが、セフィーの体感では、彼女の動きの3倍以上は速く動いていた気がする。

 その後も順調に探索は進み、クイーンアリアントとの戦いも圧勝。

 この時点で依頼達成討伐数に達したが、体力的にも時間的にも全然余裕があるので、3階層へと進む。

 3階層の階段を上るとすぐにオークの群れを発見する。

 5体のオークが2人を発見すると、手に持った棍棒を振り上げて2人へ向けて走り掛ってくる。


「僕が3体引き受けます!セフィーさんは残りの2体をお願いします!」

「分かりました!」


 ラースはセフィーの返事が言い終わらぬ内に駆け出し、右側のオークへと斬り掛る。

 遅れまいとセフィーも左側のオークを目指して走る。

 2階層での戦いでブロンドギルの速さに慣れた為か、オークの動きがまるで止まっているように見える。

 振り上げられた棍棒がセフィーに向けて振り下ろされるより早く、その懐に潜り込み、ショートソードを一閃。

 棍棒を振り下ろしていたオークの腕の肘から先が宙を舞う。

 続けて放った一撃で豚鼻を境に顔が上下に分かれる。

 背後から襲い掛かるオークの一撃を紙一重で避けながら、その頭にショートソードを叩き付ける。

 頭部を強打した事で目を回している隙に、弓を引くようにショートソードを持った腕を引き絞り、力の限り突き出す。

 その一撃により刃は頭部を完全に貫く。

 最初に斬り飛ばしたオークの腕が床に落下し、続けて頭部を貫かれたオークがゆっくりと倒れていく。

 視線を隣に向けると、ラースは既に3体のオークを斬り刻み、丁度カタナを鞘に納めている所だった。

 モンスターを発見してから終わるまで、時間にして僅か20秒程。

 レベルがかなり上回っているとはいえ、驚異的な殲滅力である。


「セフィーさん。折角だからオークの腹の部分だけ切り取っていこう。オーク肉は食材として重宝されているからね」


 ラースがそう提案し、セフィーが倒したオークを解体していく。

 ラース自身が倒したオークは解体する事を考えて斬り刻んでいたのか、既に解体済みだったりする。

 セブンスヘブンの食糧の多くは塔内で得られる食材に頼っている。

 アンダガイナスは太陽の光も無く、地下の為、雨も降らない。

 島の殆どは砂地で島の周囲は塩分を含む海で囲まれている。

 その為、野菜を始めとした植物を育てるのには不向きな場所なのだ。

 街の周囲を始め、島のあちこちには樹木が存在し、その周辺だけはどういう訳か作物が実るのだが、規模としてはそれ程広くは無く、セブンスヘブンの人口に対して必要最低限の収穫量が得られるかどうかだ。

 そうなれば当然、牧草のような家畜に与える餌を十分に栽培する事も出来ず、結果、家畜を育てるのも困難になる。

 その為、モンスターから得られる食材はいくらあっても困らないのだ。

 塔の10階層までにはそれなりに食材となるモンスターが多いので、地上への帰還を諦めた冒険者等は生活の為に食材調達メインで塔に入る者も居るという。

 オークは肉だが、5階層以降にはネギホースという玉葱の身体に長葱の尻尾を持つ馬が居たり、フレッシュボーンという果汁の詰まった骨で構成されたスケルトンが居たりする。


「それじゃ、残り時間はオーク達で連携訓練をしつつ、肉集めでもしようか」


 ラースは手早く解体を終えて、肉をバックパックにしまう。

 その後、オークとの遭遇率が高かった事もあり、調子に乗って倒しまくっている内にあっと言う間に周囲は暗くなってしまう。

 低階層での依頼は基本的には当日中に報告しなければ報酬を得られない為、2人は慌てて探索を終えて街へと戻るのだった。

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