3:黒猫Ⅷ

えーと、完全に覚めてしまったと思っていた眠気は、意外にまだ残っていただろうか。





「何て言ったの?」





 つい聞き返していた。





「だから、お前にも動いてもらう」


「な、何で?」


「簡単だ。うまく見付けられないからだ。どんな奴かは知らねぇが、気配を残しては消えやがるから、特定が難しいんだよ」





 それだけで言うことは終わったのか、それ以上何も言わなかった。私はもちろん断ろうと考える。睡眠を削ってまで、わざわざ怖い思いはしたくない。それを我慢してまで街を徘徊なんてしたくなかった。





「それ……え、えぇ!?」





 それは無理。出来ない。と言おうとしたところ、それは叶わなかった。ギルが私を抱きかかえたのだ。驚いて硬直してしまう。その体勢は前と同じで、……お、お姫さま抱っこだ。


 そのまますんなりと窓から飛び出すギル。必然的に私も窓から飛び立ったことになる。





「ちょ、ちょっ……何するの!?」





 当然ながら抗議の声を上げる。自分の今の格好が何より大問題だった。さっきまでは夢心地の中ににいたわけで、私は寝巻き姿だった。何回かギルには既に見られているわけだが、まだ免疫は出来ていない。そして今は外。真っ暗闇とはいえ、誰にも会わないという確実な保証はあるわけもない。おまけに寒いし。





「着いたぞ」





 私が唱えた異論を当然の如く無視して、降りた場所は河原だった。向こうには例の鉄橋が見える。





「最後に分かったのは此処だったからな」





 もちろん誰もいない。いつ魔界の住人が現れてもおかしくない静けさだ。





「……今日はやめない?」


「何でだ?」





 何でって、そりゃ怖いし。こんな格好だし。眠いし。足は裸足だから痛いし。やっぱり恐いし。





「じゃあこのまま力入れるか」





 キリキリキリ……。





「い、いたたたた……! わ、分かったからぁ!」





 反応する頃にはもう頭を掴まれているから、私には対処の仕様がない。そのうち本当に頭を潰されかねないと思った。





「それで、どうするの?」





 私は痛みに耐えかねて座り込み、つい両手で頭を押さえていた。体を丸めながら問う。今までは巻き込まれただけだ。勝手に向こうの方からやって来ただけで、囮と言われても、事実どうすればいいのやら分からない。





「さぁな」





 ギルもこんな感じだった。





「とりあえず待つしかないだろうな」


「えぇ?」





 計画性がなさすぎだと思う。口に出したらまた何かされるから言わないけど。 


 それにしても、う~眠い。帰りたい。


 ギルは、俺がいたら出てこないだろうということで、少し離れたところで身を潜めている。殺気やら気配やらも消しているらしい。しかしこれでは、機会があれば、いっそのこと黙って帰ってやろうかと思っていたが、監視されている気分だ。





「はぅー、眠い……」





 目をゴシゴシと擦り、眠気と必死に戦う。命が危ないかもしれないのに目が覚めないのは、ギルがいるからだろうか。





 眠気はあるものの、紛らすように、私は思考を巡らせていた。いつ現れるかも分からないのに、わざわざここまで出向くのは妙に思える。すぐにでも仕留めたいと考えているのか。ギルは何処か焦っているようだ。自分勝手な行動は相変わらずだけど、いつもの余裕がないような気がする。





 もしかしたら、これ以上犠牲者を出すまいとしてるんじゃ……。もしそうなら、協力しないわけにはいかないか。





 そして、このいつ終わるか分からない待ち伏せは、意外にも早くに終止符が打たれた。








 とても物静かだ。肌寒いとはいえ、あまりに強い眠気に打ち負かされそうになった頃合いだった。





 ガサッ!―


 突如、生い茂った叢で音がした。反応して見ると、あの黒猫がそこにいたのだ。普通なら暗く見えないが、河原は傾斜になっており、その上は道となっている。その道を照らすべく、何本かの電柱が立ち並ぶ。電柱の光が、下の河原にまで届いているのだ。近付いて声をかけようとしたところ、発声は相手の方が早かった。





「サキ!?」


「あ、うん。また会ったね。って何でまた怪我してるの!?」





 今度はちゃんとというのも変だけど、怪我によって血が滲んでいた。見ただけで怪我してると分かる。実に痛々しく映っていた。





「また会ったな、黒猫」





 いつの間にかギルが姿を現す。悠長に歩いて、さらに近付く。





「処刑人。こんな時に……」


「あ?」





 ドンッ!―


 物凄く大きく鈍い音。地響きがしたような気がした。何処からか降ってきたように「それ」は出現した。

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