3:黒猫Ⅶ

 ある程度予想をしていたとはいえ、少し唖然としてしまった。まさかしゃべるなんて……。時計を見れば僅かな時間であるが、感覚として沈黙は少し長く思えた。





「いつから?」





 沈黙を破ったのは黒猫のほうだった。





「え……」





 まさか向こうから疑問を投げ掛けられるとは思わない。猫が言葉を話していることも相俟あいまって、私は少し戸惑った。





「いつから気付いたの?」


「あ、えと。昨日、かな」





 本当はギルに教えてもらったんだけど。





「そう。ほとんど出会ってすぐ。魔界の連中全部を敵に回すことだけはあるんだ」


「…………」





 え…!?


 全部ですか。一瞬凄い数が押し寄せて来るのを想像してしまい、言葉が出ない。





「そ、それで、なんでなの?」





 ぶんぶんと嫌なイメージを払拭して、懸命に話を戻そうと努める。





「さっきの質問? それは……言えない」





言えないときたか。一番気になるところだったのに、これは困った。





「サキって結構大胆だと思う。敵かもしれない私を自分の陣地に入れるなんて」





 どうやら名前は既に知られているようだ。そして声のトーンや口ぶりからして男ではない。女の子のようである。





「それは、あなたが私を狙ってはいないと思ったから。敵意も感じなかったし、怪我、してたし」





 昨日はギルに言われるまで全く分からなかったくらいだ。今までの敵と比べても、嫌な感じはしなかった。それに今でさえ、そんな兆候は見られなかった。





「……そう。でもその推測は、当たらずとも遠からずってとこだけど」





 無感情に、そして無表情に(姿が猫だからかもしれない)淡々と述べる彼女は窓際へと跳ぶ。





「それってどういう……」


「言葉通り。深い意味はない。きっと、すぐにでも分かると思う」





 窓を前足で上手いこと開け、黒猫はそこから飛び退いた。





「ちょっ……」





 窓から身を乗り出して見るけれども、既に姿を確認することは出来なかった。怪我してる体なのに。何処に行くんだろう。そもそも何で私の家の前に来たのかな。分からないことだらけだった。





 結局分かったことと言えば、あの黒猫は魔界から来たということ。しゃべることが出来るということくらいだった。あ、そういえば名前も訊けなかったな。








 その日の夜、テレビのチャンネルを何気無く回しているとちょうど目に入った。


 この町にある鉄橋の下で死体が見付かったとのこと。鉄橋の下は河原になっている。死体は二体。切り裂かれ、出血多量によるものであるということらしかった。


テレビの報道ではこれくらいのことしか分からない。もちろん犯人は捜索中だ。


 でも私には、自発的に思い浮かべる姿があった。あの黒い猫。血だらけだったのはまさか……。





 当たらずとも遠からずというのは、人間を殺さないわけじゃないということだろうか。こういう時、頼りになるのはギルだけだ。しかし、今日は一向に姿を見せることはなかった。


 両親は今日も遅い。不安が募る夜は更けていった。

















「……」





 さてまずは何を言おうか。只今午前一時過ぎ。はっきり言って真夜中だ。





「……いったい何の用?」





 それにもかかわらず闇から突如現れた訪問者。私を囮扱いする魔界からの処刑人、ギルであった。





「相変わらず呑気だな。お前は」





 わざわざそんなことを言いにきたのか。せっかくの人の安眠を返してほしい。





「命がいらないならそれでもいいけどな」





 布団に入ったまま、上半身だけを起こしている私に向かって、ギルはデコピンをしてきた





「いっ……」





 めちゃくちゃ痛い。何のつもりか知らないが、トロンと重たかった瞼は瞬時軽くなった。


 ここでやっと部屋の電気を点ける。両親が起きたら大変だけれど、まぁ大丈夫だと思う。





「で、何の用なの?」





 再び同じ質問を投げ掛ける。





「お前にも動いてもらう」


「へ!?」

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