1:処刑する者、される者Ⅸ

「痛っ…!?」


 距離を取った後、前置きなく紗希は地に落とされたのだ。何の準備もしていない不意であった為に、膝を思いきり打ってしまう。


「離れてろ。人間が出て来んな」


 少年は、敵を見据えながら言い放った。


「キシャアアアァァ!!」


 まだ化け物は向かって来る。さっきと違い目が紅い。元々ないような理性が飛んでいるのか、キレたのか。いずれにせよ、今までに比べれば化け物はとんでもないスピードだった。


「いい加減、しつこいんだよ。俺に向かってくる度胸は認めるが、身の程知らずも大概にしろよ」


 ドッッ!!―


 化け物は、体の中心を少年の右腕により貫かれる。貫いた右腕が支えとなり倒れることはなかったが、それからピクリとも、全く動くことはなかった。紅かった眼は色を失う。その状態のまま、化け物の体は徐々に崩れていった。

 砂に似たものへと変わり果て、異形の面影などなかった。風に吹かれると、まるで悪い夢でも見ていたかのように、跡に残るものは何もなかった。






「やっと死んだか。雑魚にしてはけっこうしつこかったな」


 きびすを返して、少年がゆっくりと、刻一刻と近付いて来る。多少逆立つ短い黒髪。何処でも見掛けるようなラフな格好は、普通の人間のように見える。だけど、そうでないことは明白だった。

 右腕から、ポタポタと黒い血が滴る。前髪から覗く鋭い蒼い眼が、しかりと私を捉えていた。

 ついさっきのやりとりだけでは、殺されない保証は何処にもない。むこうからすれば、邪魔をしてしまったようなのだ。もし気に障っていたとしたら、何をされるか分からない。

  私は座り込み、少年は立っている状態。すぐに手が届く範囲にまで来ていた。反射的に目を瞑った。


「そうビビんな。何もしねぇよ」


 おそるおそる目を開くと、すぐ目の前には少年の顔があった。びくっと驚いてしまう。少年は腰を落として私を直視していた。


「さっき俺を突き飛ばしただろ。どういうつもりだ」

「どうって、その、つい助けなきゃって思って……それで……」

「……く、くっくっく……はははは、ははははは」


 分からない。理解出来なかった。なんで笑っているのか。


「俺があんな奴に不意を突かれるわけないだろうが」


 ……え!?


「じゃあもしかして、気付いて……たの?」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」

「……いや、知らないんだけど」

「ギルだ。さっきも言ったが処刑人って呼ばれてる。つっても、お前まで殺す気はねぇから安心しろ」


 えと……。何を言えばいいか迷っている間に話を続けていた。


「さっきはな。カウンターでも喰らわしてやろうとしてたんだよ。お前、もう少し飛び出すのが遅かったら逆に、俺の攻撃も喰らって確実に死んでたな」


「…………」


 どれだけ危ないことをしてたか思い知らされた。グゥの音も出ない。




「にしても、普通飛び込むかよ」

「ちょっ!? 笑いすぎ!!」


 しばらく黙っていると、いつまでも笑ってそうだったので阻止する。


「あぁ悪い、悪い」


 笑っている顔で謝られても嬉しくも何ともない。当然だけど。

 立ち上がり、布か何かで右腕の黒い血を拭き取りながら少年は言った。


「さてと、そろそろ行くか。お前もあんま夜出歩くなよ。せっかく二回も助かった命だからな」


「……ぅん」


 私は小さく頷いた。


「痛っ…!?」


 立ち上がろうとしたら、痛みが急に膝へと集まった。見ると痛々しく赤く染まっていた。


「あぁ悪い。それ俺がやったんだったな。運んでやるよ」


「えっ、えっ……!?」


 激しく動揺した。さっきの運び方とは全く違う。彼の右手は私の背を回して右肩。左手は私の二本の足を支えた。いわゆる、お、お姫さま抱っこで……。

 あまりにも恥ずかしくて、断ろうかと思ったが、その頃には既に空にいた。正確には、屋根やらビルやらを跳び進んでいた。あまりに速く、ジェットコースターよりも怖く、下を見ないようにして私はおとなしくしているしかなかった。



 元々さっきの場所からそんなに遠くはない。すぐに私の家に着いた。時刻は九時前。両親とも、まだ仕事から帰ってくる時間ではなかった。よって電気はついてない。


「あっ、どこに下ろして……」


 玄関前でいいものを、わざわざ二階の私の部屋の窓際に不時着した。


「いいんだよ。こっそり侵入して殺るのが暗殺の基本だからな」


 そんなことを言って、彼は窓を開けようとする。

 自分では下に降りれない。仕方なく窓から入ることに決めた。……自分の家なのに。


「開いてないぞ」

「そりゃ最近物騒なんだから鍵くらい……」


 言われて気付く。戸締まりはしっかりしてるから、鍵がある玄関からしか入れない。それを伝えようとすると、少年は窓を軽く叩いていた。


 コン、コン―


「よし」


 ガシャァァン!!―


「ああーー!!」


 窓硝子を素手で破った。いや正確には破壊した。


「お、開いた」


 意気揚々と、開いた穴に手を入れて窓を完全に開ける。


「な、何すんの! 窓壊して」

「知るか! こいつが脆かっただけだ。こいつが悪い」


 滅茶苦茶なことを言ってむしろ私が怒られる。親になんて言い訳しようかと考えながら、私も続いて入った。そして日常通りの一言を一応言ってみる。


「ただいま……」


 ん? 続いて??


「って、何で一緒入ってんの」

「あぁ? 散歩してるだけだぜ、俺は」

「ここは私の部屋なんですけど」


 言いながら、私は膝の痛みもあってベッドに座った。

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