1:処刑する者、される者Ⅹ

「あぁ? 知ってる。昨日の今日だからな」

「え? 昨日来たの?」


 言われてみれば、私の家の場所も知っていた。案内はしていない。自然な程真っ直ぐ向かったのだ。


「本当に何にも覚えてないのか」


 ……えと。夢が実は本当で、つまり実際は、昨日こいつに会ったらしくて。え~と……やっぱり覚えてない。


「まぁ覚えてないなら、気にすんな。大した問題じゃない」


 いやいやいや。気にする。私にとったら大問題だ。女の子だし。


「ねぇ、もしかして私に何か……」

「心配しなくても何もしてねぇよ。そこまで飢えてないしな」


 何か最後が気になったけど、まぁとりあえず本当に大丈夫なようだ。まずはホッと胸を撫で下ろす。


「ところで、さっきのは何なの? 出来れば説明して欲しいんだけど」

「さっき?」

「あの白い化け物のこと」

「あぁ、あれね。しかし、さっきまでとは違ってえらい強気だな」

「いいから」


 少年は部屋に座り込んだ。胡座をかいてひじを突く。仕方ないと言わんばかりの表情だった。


「あいつはな。この世界とは違う、魔界と呼ばれる世界の住人なんだ。うまいこと抜け出してこっちの世界に来た。それだけだ」


 にわかには信じられないことをあっさりと言い放った。いきなり異世界の存在を肯定したのだ。


「本気で話してる?」

「本気で本当だが」

「信じられないんだけど」

「信じる信じないは勝手だがな」


 とりあえず何となくだが、嘘はついていないように思える。


「じゃあ最近の事件は……」

「あいつらが面白半分で殺った痕跡だろ」

「そ、それじゃあ貴方は?」

「ギルだ。さっきから言ってるだろ。処刑人だってな。俺もあの白い奴と同じように魔界から来たんだよ。……あぁ、そういやお前の名前は?」


「……神崎、紗希」


 少し迷ったが、素直に答えることにした。


「……神崎、紗希ね」


 私を見ながらその名前を繰り返す。何を考えているのだろうか。

 結局は分からないので、話を進めることにした。


「でも、百歩譲ってそれが本当なら、ギル……さんは……」


「気持ち悪いな。普通にギルでいいよ」


 それならと、私は切り替えて言い直した。


「百歩譲ってそれが本当なら、その、ギルは同じ世界の仲間を殺していると?」

「まぁそういうことだな。それが処刑人なんだから」

「で、でも同じ仲間なのに」

「魔界ってとこは此処よりデカいし、知らない奴の方が断然多い。似た種なだけで別に仲間ってわけでもない。それにな、生き残るために普段から殺し合うような連中なんだよ」


 殺し合う。その言葉にぞくっと寒気がした。さっきみたいな化け物がいっぱいいて、そんなのと戦っているのが普通だと言う。漠然と、魔界という場所恐ろしく思った。  


 話しているうちに、お母さんが帰ってきたようだ。車を車庫に入れる音が聞こえる。


「とっ。説明は終わりだな。そろそろ俺は一旦帰る」


 その音にギルも察したようで腰を上げた。立ち上がってギルは、窓の前で立ち止まった。背中を向けたままだ。


「紗希。最後に一番肝心なこと教えてやるよ」

「えっ……!? 何……?」


 急に名前を呼び捨てで呼ばれる。不覚にもドキッとしてしまった。


「安心してるだろ? これで事件も終わった。明日も、いつもと同じ朝が来るってな」

「……そうだけど、それが何?」


 顔だけを向け、そしてギルは言った。


「甘いな。さっきみたいな、こちら側に抜け出して人間を襲う奴らは、自分達だという証拠を残そうとしない。自分達の身に危険が及ぶからな」


「えっ…!? ど、どういう意味…? 報道でもちゃんと事件として……」


「それがどうした? 取り上げられているだけだ。血跡が残ったところで、何かが分かるわけじゃない。そうだろ?」


 確かにそうだ。四件も起こっていたというのに、いまだ何も分かっていなかった。進展は何もなかったのだ。


「紗希ー。ただいまー。ケーキ買ってきたんだけど食べるー?」


 下からお母さんが呼んでいる声が聴こえた。でも、頭には入らない。


「けどな、目撃されたとなれば話は別だ。それに奴らにしてみれば、同胞が殺られてきた憎き敵(かたき)ともいえる俺が絡んでいるんだからな。ここ一帯に潜む奴らには、もう確実に知れ渡ってるだろうぜ」


 どうしようもなく、嫌な汗が頬を伝った。それが酷く実感できた。何か黒く嫌なものが、体の奥から沸き上がってくる。そんな気がしてならなかった。それは、一つの予測が、私の頭の中で成立してしまっていたからだった。

 それでも信じたくはなかった。だって、私が今思い描いているその予測は、これ以上ない最悪なものとして、その姿を見せていたからだ。そうではないという、淡い期待を募らせ、改めて訊いた。


「……そ、それって……?」


 ギルは、妖しく笑いながら言った。


「はっきり言ってやろうか? 昨日今日はただの偶然だが、お前はこれから本格的に狙われる」


「……!?」


 何も言えなかった。ただ、その言葉を聞いていた。


「そんで、俺は処刑人だ。こっちの世界に来ることは、魔界では禁じられてる。それでもごまんと来た奴を殺すのが、処刑人の、俺の役目なんだよ。だから、俺はお前を殺さない代わりに、利用させてもらう。お前を狙って出てきた奴らを殺す。わざわざお前に説明してやったのも、この為だからな」


「で、でもそれって、また私を護ってくれ……」

「…勘違いすんなよ」

「…っ!?」

「昨日今日は襲われたのも、助かったのもただの偶然だ。俺は元々護る気なんてさらさらねぇよ」


 ……私は……どうすればいい。

 

目撃なんてのもただの偶然だった。

 偶然がきっかけになって、殺されるなんて……そんなの……。


「奴らが出て来るとしたら、大抵は夜だ。明日の夜になるか、かなり先の夜になるか。とにかく、死ぬまでは体よく利用させてもらうからな」


 そう平然と言い残し、闇夜へとギルは姿を消した。


 ……私は……どうすればいい。


 窓を閉めても入ってくる緩やかな冷たい風。それが、いつもよりも、ずっとずっと、身に凍みた。

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