1:処刑する者、される者Ⅷ

バンッ!―

化け物は左手を床に力強く叩き付けた。先程の攻撃では破壊出来たところを見ると、今回あえて床の破壊はしなかったようだ。


「で、それが何だ?」


 何をしているのか不可解だと、少年は問う。だが、それは少々気が早い。


「……!?」


 途端に、下から白いドリル状のものが突き上がってきた。一瞬のうち、大小合わせてその数二十を軽く超える。


「ちっ……」


 素早い身のこなしでそれらを避わしていくが、三発かわし損なった。どれもかすめたもので血が多少出るくらいだが、問題は其処じゃない。


「キシャアアアアア!?」


 まだまだ続く。攻撃は終わらなかった。

 致命傷には至らないもの、かすっていく傷が徐々に増えていった。一発でも喰らえば大きな風穴が空くことは容易に分かる。初撃の爪跡よりも軽々しくコンクリートを破壊しているのだ。

 早くも床は、足場がなくなるほど穴だらけになる。


「ドウ? そろそろ限界なんじゃないの?」


 またもや、キャップを被った少年と同じ声となった。今の姿からでは想像も出来ない幼い声だが、かえって不気味さは漂っている。

 対して、黒髪の少年は避けながら返答した。


「いや、もう見切った」


 下から突き抜ける攻撃は続いていたが、被弾した数は、いつの間にか、一つもなくなっていた。


「アアアアァ!」


 指令ともいえる中核を為していた左腕から一回、鼓動に似たものを響かせた。


ドクンッ!!―


 途端、ドリル状の物質はさらに数を増す。


 だが、当たらない。

 もはや一つも当たらない。それどころか、避けながら接近さえしていく。


「キシャアアアア!!」


 咄嗟の判断で突き上げる攻撃をやめ、左腕による近距離攻撃に切り替えた。黒髪の少年に対抗して、大きな左腕をなぎ払ったのだ。


「残念だったな。ハズレだ」


 だが化け物の決死の一撃をも、少年は軽くかいくぐることで避わした。


「ガッ……アッ!?」


 一閃。化け物はぐらりと倒れ込み、そのまま動かなくなった。



 


 空いた穴を通り抜け、黒髪の少年は再び屋上に飛び上がった。そして、屋上に取り残された紗希を確認する。こんなあからさまな手口にひっかかる奴を見ておきたかったのだ。

 まだ冬服のブレザーを着込み、学校帰りだったのは明らかだった。長年この世界に居続けたおかげで、この世界の制度、言葉を少年は、ある程度知っていた。

 小顔で目は大きく、綺麗な顔立ちをしている。何より目がいくのはやはりこの世界ではめずらしい赤髪だった。肩までかかる毛先まで、鮮やかに彩っている。赤みがかった茶色というのが正確な表現だが、それでも珍しいことには変わりない。

 そのおかげと言っていいのか、少年はふと思い至ったようだ。


「お前昨日も……」

「え……!?」


 少年とは逆に、紗希は少しばかり呆けていた。


「昨日? あ、あれは夢じゃ……」

「……現実だ」


 少年が返すと、紗希は何かを思い出したように急に身構える。


「あ、あなた何? ま、また殺す気……?」

「……あ? 何言ってんだ、お前。昨日はお前が勝手に気絶したんだろうが」

「……えっ?」


少年から発せられた言葉に、紗希はただただ驚くばかりだ。把握していないのか。覚えていないのか。いずれにせよ、少年にとって面倒と感じたのか。溜息をついたあとに、少年は再び言葉を紡いだ。


「昨日殺したんなら、今なんで生きてんだよ。……まぁ殺してほしいなら、今からでも殺してやるけどよ」

「い、生きたい。すっごく生きたい、です」

「そうか。残念だな……ちっ」


 い、今明らかに舌打ちした、と紗希は戸惑う。


「しかしまぁ、お前馬鹿だろ」


「なっ……!?」


 まさか昨日今日会ったばっかりの奴に、馬鹿呼ばわりされるとは思ってもみない。そんなこと言われる筋合いはないと、紗希は憤慨した。


「わ、私のどこが馬鹿だっていうの!?」


「あぁ? そりゃお前、あんな明らかに誘っていると分かるような手口に引っかかってるぐらいだからな。昨日も合わせて本当ならこれで二回死んでんだよ。馬鹿じゃなかったらアホだ」


 ぐっ…!?

 ほとんど初対面の相手に悪く言われ、紗希は絶対に怒っていいと言い聞かせる。


「あぁ? 何か文句でもあるのか?」


「い、いえ何でも」


 少年は、紗希が睨んでいたのを感付いたようだ。紗希は、下手すれば殺されるかも。そう感じて、態度を改めることにしようと考え直した。


「そ、それで、さっきのは何なの? あなたも何か普通じゃないし」


 ただ態度を改めるというより、正確には紗希は萎縮してしまい、どうしても声が震えてしまっていた。


「確かに俺は人間じゃねぇよ。さっきの奴もな。一応俺は処刑人なんて呼ばれてるが」

「処刑……人? それって……」

「んなことより、これに懲りて人間が夜中、馬鹿みたいにフラフラしないこったな」

「……っ!?」


 温厚な紗希も、さすがに頭にきた。馬鹿、馬鹿と何度も暴言を吐かれたのだ。本来なら、キレてもいいんじゃないかと感じていた。


「あ、あなたねぇ」


 抑えようと一旦うつ向かせていた顔を、ゆっくりと上げた。その時紗希の視界に入りこんだのは、少年の背後に迫る、先程の化け物だった。声を出して危機を知らせるよりも早く、自分で気付く頃には紗希は足を動かしていた。


「危ない!?」

「なっ……!?」

「キシャアアァァ!!」


 再び這い上がってきた化け物は、背を向ける少年に左腕を大きく振るった。少年は紗希に押されて態勢を崩す。倒れる形になったことで、化け物の一閃を回避出来た。かすりもしなかったのは運が良かったと言える。攻撃により生じた風は、紗希の恐怖を強く煽った。

だが、紗希に突き飛ばされて助けられたはずの少年の第一声は、思いもよらないものだ。


「この馬鹿。何やってんだ」


 助けたはずなのに、変わることなく罵倒が飛ぶ。むしろ、呆れるような言い様(いいよう)だった。


「何言ってんの! た、助けてあげたんだから礼の一つでも……」


 急に、機材でも運ぶかのように、脇にはさむ形で紗希は担がれてしまい、言葉が切れる。

 紗希はその扱いに文句を言おうかと思ったのだが、少年と共に倒れているところへ、化け物による不意打ちの二撃目が来ていた。それが分かると、さすがに紗希は納得した。

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