Log6 "類=友を呼ぶ"




 夜の顔とは別の、歓楽街の昼の顔というのはそれはそれで賑やかなものだ。

 

 人の集まる所には必然的に商業活動が生まれる。大通りに軒を連ねる屋台では、おっちゃんもおばちゃんも声を張り上げ、自分たちの売り物がいかに素晴らしいものであるか、買ってくれたら色々おまけすることなどを力説している。


売り台の上では大小、球体から棒状、中には網のような奇天烈な形もある鮮やかな果物、塩漬けにされた魚、人だかりの向こうではブタとイノシシの合いの子のような動物が焚き火の上であぶられ、よだれを誘う香りを漂わせている。

 

 通行人の物欲をあおろうと必死の行商人たちが扱うのは、衣服及び反物、陶器、刃物、書物エトセトラエトセトラとまあ枚挙に暇がない。この通りを往復するだけで生活に必要な一通りのものが揃ってしまうだろう。



 そんな通りにあって、瞬はぶつくさとぼやきながら歩いていた。

「いったいどういうことさ……なんで僕が…………」


 小石を誰かに当たらない程度に小さく蹴りながら、

「……石神さん、いったい何考えてるんだろ……」


 ころころ転がる石ころがあらぬ方向へとそれていってしまい、瞬はあっさりと行為を諦める。


 ――理解不能だった。


 てっきり吾朗に回してきた依頼だと思ったら、ネンジから話を聞く限り、吾朗の名を出さず、あろう事か瞬の名前を出したという深二の真意はどこにあるというのか。まだ二三回、顔を合わせた程度の関係なのに無理を言わないでほしい。


 ただでさえ、まだこの世界はひょっとして夢なんじゃないかと思う時があるというのに。


 ため息は止まらない。


 瞬の足の向かう先は、石神深二いしがみしんじ主人マスターを務めるギルド、“万雷の喝采ライジンクラップ”の拠点であるという建物、ギルドハウスだ。

 

『とりあえず文句言いに行こうぜ』


 ――リノンとの話が終わったらそっち行くから、という吾朗に場所を教えられたものの一回でわかるはずもなく、シャノンに書いてもらった地図がなければどうなっていただろうか。


 まずたどり着ける訳もなし、迷子になり途方に暮れていただろう。


 シャノンさんにまた後でお礼を言わないとな。

 と、瞬は地図から顔を上げ、


「ここ、だよね……」

 四、五階はあろうかという立派な建物の前に立つ。

 

 暗い顔で入る人と、明るい顔で出る人で混み合う入り口の前に高く掲げられたエンブレムから読み取る限り、ここで間違いはなさそうである。


「着いちゃったよ……」

 まったく、追いかけるとか言ってたくせに全然来ないじゃないか――来た道を振り返っても、こちらに向かってくる影はない。


「あーもう、これだからなぁ」

 文句を並べ立てようとすれば、背後。


「我々に何か御用ですか」

 視界の端で金糸が揺れたと思った。


 すぐにかけられた声の方向へ向き直る。


「え、あ、はい」

 まばゆい光沢の金髪が美しい女がいた。


 遺伝子の都合でこちらは決して出すことのできない輝きに息を飲む。


 意志の強さが窺える凜とした瞳は、不躾さを感じさせぬまま、ごく自然に瞬の足元から頭までを縦にないだ。


「よろしければ私がお聞きしますが」


 そんな言を吐くということは、この繁盛しているギルドの関係者なのだろう。それはつまり、深二の関係者でもあるかもしれない。


「石神さんに会いたいんですけど、今いらっしゃいますか?」


 軽い気持ちで口にすると、女はスッと目を細める。


「失礼ですが――マスターとのご関係は」

「はい?」


 なんかおかしなことになったぞと瞬が思ったときには既に手遅れだった。


「答えてください。いえ、答えなさい」

「いや、その、」

 詰め寄られる。


 多分思ったよりも歳上なのだろうが、大して変わらない身長のせいで顔が近い近い。


「そこまで、だ。セラ」


 救世主は――今にもあふれそうなくらい中身の詰まった紙袋にはばまれて、正体がわからなかった。


 さすがに自覚はあったのか両手一杯に抱えていた袋をその場に置いて、


「い、石神さん……」

「そろそろ来る頃だと思って早めに戻ってきて正解だったよ。瞬くん」


 表情を緩めた深二と瞬を交互に見、セラと呼ばれた女は、

「お知り合いですか? ……いえ、お知り合いですね」

 

 二人から一歩離れ、その腰のベルトに下がった剣の柄へ伸ばしていた手に気づいた瞬の頬を、冷や汗が伝った。


 ――あ、あぶなかった……!!


 下手したら斬られていたかもしれなかった状況に肝が凍る。


 おそらく深二もわかっているのだろうが、なら何をおかしそうにしてるんだよ。笑い事じゃないよと心中で叫ぶ。


「失礼しました。マスターのお知り合いとは見抜けず。……クッ、私は己を恥じるばかりです。かくなる上は、」


 鞘ごと剣を差し出され、瞬は目を?にして硬直する。


「え。え、え? な、何を?」

如何いかようにも。髪を切られようと、服を刻まれようと、命を取られようと……私はそれだけのことをしようとした」

る気満々だったんかい!!」


 ついツッコみ、

「じゃなくてっ。ワケわかんないですから! ほんと勘弁して下さい‼︎」

「そ、それでは私の気が収まりません!!」

「収めて、ついでに剣も収めて、とにかくやめて‼︎」


 一度助けてくれたのだから、もう一度くらい頼ってもいいよね、お願いします、とすがりつこうとした瞬に、

「石神さん、た、助けてください!」


 すると、

「いいのかな? いやがる婦女子の服を無理やり刻むなんて、二度と味わえることのない経験だと思うが」

「アンタもかぁ‼︎」


 道理で、あの兄ちゃんと仲が良さそうなワケだ。とどのつまりは、類は友を呼ぶし、そして人を第一印象で決めつけてはいけないということだ。

 

 ――兄ちゃんの知り合いで、珍しくまともそうな人だと思った。僕がバカだった。


 しかも、ニヤニヤしながらこっちを観察しているあたりからして、わかってて場を引っかき回すことが楽しいと感じる性質タチの悪いタイプだ。ただ存在するだけで場がしっちゃかめっちゃかに乱れていく兄ちゃんとは、また別のベクトルで非常に面倒だ。


 かくなる上は、

「もうギブです。石神さん。許して下さい」

 

 降参一択だった。


 素直さに免じたのか深二は一つ手を叩くと、瞬に、

「何か、何かないのですか⁉︎」

 と再び詰め寄っていたセラに、

「じゃあ、」

 

 こう提案した。


「俺のいた世界にはこういう言葉があった。“一日一善”。つまり一日に一回は善い行いをしようってわけだが、これじゃあ罰にはならない」

 

 何を言い出すのかと瞬とセラは聞き入っている。


「罰にするにはどうすればいいのか? 答えは簡単に言えば、苦しませればいいわけだ。この場合は、達成を容易じゃなくせばいい。つまり……そうだな、まぁ、百倍がキリがいいか」


 セラは怪訝な顔をしているが、瞬にはなんとなく予想できるものがあった。

 げっそりする、予想、である。


「一日百善。で、どうだろう。瞬くん」


 やっぱりこっちに回すのかと。

 というかちょっと待ってほしい。簡単に言うけど、百善っていうのはほぼ不可能に近い。たとえば電車の足の悪そうなお婆さんに席をゆずったりしたらそれは定番の善行だろうが、それを要は百回繰り返すわけだ。


単純に無茶なことを言ってるよ、深二この人は。

 

 そんな意見が内なる心から具申されるが、

「じゃ、もう、それでいいでーす……」


 疲れた瞬はただ頷き返し、満足そうに深二は、

「聞いたな、セラ?」


「そ、それは、マスター……⁉︎ し、しかしっ」

「ん? どうした? 罰を受けるんだろう? 何か、問題が?」


 苦い顔のセラを、あえて深二は無視しているのが容易にわかる。わ、悪い人だ、この人、と瞬も引き気味である。


「…………ゃだなぁ……いえ、わかりました」

 小声だったが思い切りか細い声で嫌がっているセラに、瞬はどうすりゃよかったのさと思いつつも、罪悪感が募る。


「それじゃ行くといい。エドガー・セラ、“万雷の喝采ライジンクラップ”のギルドマスターとして命じよう。百善を達成するまで帰ってくるな」


「了解しました……」

 しまいには目に涙をためて瞬をにらんだセラは、ダッと逃げるように駆け出していった。


 ――え、なんで、睨まれたの。


 何ともいえない顔で立ちつくす瞬の肩をポンとたたいた深二は、


「なかなか面白い娘だろう? まっすぐなのはいいことだが、少々、他人とのコミュニケーションに難あってね」


 さて、いい薬になってくれればいいんだが、どうだろうと軽く続けた深二に空恐ろしさを覚えつつも、心の底からの言葉を瞬は吐いた。



「あの……もう帰って、いいですか…………?」






     ◆ Log6 〝類友を呼ぶ〟 ◆






 広々とした深二専用らしい部屋の中で、瞬は肩を狭め縮こまっていた。

 

 ここに通されるまでで、忙しそうなギルドの職員たちが深二に挨拶する度に、引き連れている小さな客人を物珍しそうに眺め回すので非常に気まずかった。


 これでようやく一息つけると思いきや、お茶でも淹れてこようとすぐさま深二は退室し、


 現在、絶賛放置プレイ中である。


 暇をつぶす術もなく、しばらく瞬は何もせずにいたが、やがて、そもそもこちらは待たされている身だと立ち上がると、先ほどから気になっていたソレへと近づいた。


 壁の一面を埋め尽くす棚は半分を本が占め、もう半分をカラフルな小さい何かが並んでいる。


 棚の前に立つ。


「これ……」

 近づかなければわからないわけだ。


 ――それは、ミニチュア模型の数々。


 ある屋敷は斜めに切り取られ、庭で犬と遊ぶ兄妹と室内でそれを見守る両親と思しき存在、屋敷を掃除している使用人などが一目でわかることができる。


 本物の水が入ってるらしい湖の中には本当に小さな米粒大の魚がおり、隣に

浮かんだ小舟の上の釣り人はそれ目がけて竿を振るおうとしている。


 他にも、近未来的な都市や学校などなど、まさしく小さな世界がいくつも存在しており、そのどれもがこれまた息を飲むくらい見事なデキだ。


「うわ、スゴい……!!」


 特に見事なのは人の造形かもしれない。小指の先もないというのに、なんとなくこんな人間たちのこんな情況なんだろうなという想像力をかきたててくれる。


 目を輝かせ、次々に作品を眺めていく瞬はあるものを見て動きを止めた。 


「あれ……?」


 丘、だろうか。


 綺麗な緑に染まり更には草の流れまでが精緻に描きこまれているその丘に、数十体の人形がまるで集合写真でも撮るかのように集まっている。

 

 その中の二体がどういう訳だか気になる。

「触らなければ、大丈夫かな……」

 

 急き立てられるように、瞬は棚を開け放ち、顔を近づける。


「やっぱり……」

「何がかな?」


 完全に不意をつかれた瞬は飛び上がってその声に驚いた。

 

「い、石神さんっ!?」

 し、心臓に悪いですよと胸を押さえる瞬に、


「すまない。凄く熱心に見てくれていたみたいだったからね」


 息を整えつつ、

「……このミニチュアって、全部石神さんが作ったんですか?」

 鷹揚おうように頷くと、

「ああ、ちまちましたもの作るのが趣味でね」

「あの、全部、スゴいと思いました」


 頬をかきながら、

「一人でえつに入っているだけなんだが、どうやら他人様ひとさまに見せられるものだったとはね」

 

 気恥ずそうに目を窓の外にやる深二に、

「訊いてもいいですか?」

「ん? さっきのそれかな?」

 深二が指差すのは、やはり瞬が気にかけていた集合写真のミニチュアだ。


「はい、これなんですけど……もしかしてこの中に、兄ちゃんと石神さんそっくりの人形があるような気がしてるんですけど……」

 

 あくまで勘だ。確信まではいかない。


 しかし、ピクと深二の眉が反応した。


「何故……そう思うんだい?」


「なんとなく……似てるなって思って、」

 瞬の横からその作品を棚から出すと、


「実はこいつだけ、まだ未完成なんだけどね」


 どこか遠い目をしながら、


「その通りだ。この中には俺も吾朗もいた」

 

 過去形なのは――どうしてなのか。

 疑問はそのまま口をついた。


「いた、っていうのは」


 肩をすくめ、

「そのままの意味さ」


 過去――それは、瞬の知らない吾朗の姿だ。


 自分の幼かった頃に見ていた背中と現在の吾朗を結ぶ線は七年という年月が空白となって途切れてしまっている。


 その線を結んでくれる手がかりの一つが、これなのだろうか。


 深二はゆっくりと元の位置にそれを戻すと、

「ちなみに、」


 笑顔なのに底冷えのする顔で、

「俺が戻るまで、こっちは触ってないだろうね?」


 こっち――瞬が視線をズラすと、ミニチュアの段の上に、気持ち悪いぐらい整然と並ぶ、二三十センチ前後の石彫のコレクションがあった。


「さ、触ってないですけど、……ってか今気づきましたけど……」

 

 瞬の返答に、深二はほっと胸を撫で下ろすと、

「よかった。こいつに触られていたら瞬くんといえど、消し炭にしていただろう」


 冗談と思えないその声音に、


「ちょ、ちょっと待ってください! そんなに大事なものなんですかコレ!?」


 瞬には到底理解できない、もしも元の世界にあったらゴミか現代美術の両極端のどっちかだったかに違いない、前衛的すぎる石彫の数々に声が上擦る。


 どう見ても深二の作ったミニチュアの方が素晴らしいと思うのだが――、

「それは趣味、こっちは生き甲斐がいだ」


 豪語する深二はどう見ても食いかけのソフトクリームのような石彫コレクションの一つに放送できない顔で頬ずりし、しかも鋭い箇所があるのか微妙に切り傷を作っていた。


「は、はぁ……、いい趣味してますね」

 社交辞令的に言ってしまったそれが問題だった。


「瞬くん! もしやわかってくれるのか!!」

「へ?」


 スイッチを押したことに気づいても後の祭り、もう遅い。


「実はこの一連の芸術品は全てホッデンという作者が彫っていてね。好事家こうずかの間では非常に高い評価を得ているのにも関わらず、市井しせいの人々はその価値をまっっったくといっていいほどわかっていない!! 芸術というものが、わかっていないッ!!」


 ツバが顔に当たった。

「わかるか、瞬くん!! アートだよ、アート!!」

 

 ――うざっ!!


 肩を揺さぶられ、本気でそう思いつつ、瞬はひたすら深二の感情の高ぶりが収まるのを願う。窓の外で高く上りつつある太陽を見ながら、小声で、


「やっぱり帰ればよかった……」

 

 ぼやくのだった。


 

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