Log12 "Boy Meets XXXXX"





 なんというべきか、転んでもただでは起きなかったというべきなのか。


「――おじいの頼み? フムフム、なるほどね、それでか」


 一人、納得がいったのかポンと手を打ち、

「あらあらまーまー、ばれてーら」と帽子を直しつつ、メイはつぶやく。


 そして次に嘆息すると、

「困ったもんだ。あれほど、乙女の部屋を決して覗かないようにと言いつけたというのに」


 やれやれといったポーズを取るものの、一体どのようなやりとりが行われたのかちっとも興味はわかなかった。


 だがまぁ、そこでどんなドラマがあったにせよ、目の前の人物こそがわざわざこんな訳のわからない場所にまで来ることになったきっかけを作ったのであり、


「あの、メイさん。……どういう事情でこのダンジョンまで来てるのかわからないですけど、僕と一緒に戻りましょう。ネンジさん心配してますよ」

 

 こうなったら、とっとと依頼を遂行するしかない。


「それはできない相談というやつぞな」

「えー……」


 そこで何故、首を縦に振らない。

 少しくらい、すんなりいってもいいじゃないかと思う。


「このまま手ぶらで帰ったらわざわざ、ここまで来た意味もないしね。とはいえ、まぁなんとなく、きみがおじいに何を頼まれたのかは察するよ」


 そこで、とメイはずいと進み出ると、

「その顔を見るに、早い所、ここからおさらばしたいみたいだねぇ? 」

「それは、……まぁ」

 嘘だ。本当はマッハレベルで帰りたい。


 そんな瞬の心情を汲み取ったと言わんばかりに、うんうん、それならこうしようと、メイは、


「よし、じゃ早速きみが私のギルドメンバー第一号だ」


 はいはいと半ば聞き流していたせいで、ろくに意味を取れなかった。

 今なんて言ってた? と耳に引っかかってないかを確かめるも成果はなく、


「すみません、あのもう一度」

「さぁ、それじゃあまずは探索を再開しよう」

「おかしい、それはおかしい 」


 さすがに腕を取ってメイを引き留めた。


「も、う、一、度、言ってください」

「さては意外と大胆で強引なタイプ?」


 話が進まないから、ふざけないでくださいと青筋を立てて訴えれば、

「冗談だよ。きみが私のギルドメンバー第一号だ、そう言ったんだ」

「……はい?」


 目が点になった。ぎ、る、ど、めんばぁ?


「ちょ、ちょっ、と待ってください」


 深呼吸してから、その意味を考える。ギルドメンバー、つまり、ギルドのメンバー。で、で、ギルドってのは、あれだ。冒険者の人たちが組む同業者団体、だから、つまり、


「勝手に、仲間にされてます? 僕」

「さよーう」


 澄まし顔で頷かれた。が、もちろん瞬も黙ってない。


「何でですか!? そもそも僕、冒険者じゃないですし!? 一般人ですよ!?」

「安心したまえ。ここにいる時点で、文字通り両足踏み入れてるよ。それに、」


 全然安心じゃない。適当なことを言ってるとしか思えない。やりたいなんて一言も言ってないのだから。個人の意思の尊重がこっちに来てからというものの無視されすぎている。


「それに。なんだっていうんですか」

「ピンときた」


 自信ありげに言われると頭がくらくらする。


「……つまり?」

「言うなれば、女の・カ・ン」


 うっわー……それ、前おじさんが女にこう言われても、いいか絶対信じるなよ!! 絶対だぞ!! って言ってたやつだと瞬は思う。


 急激にげっそりしてきた瞬の反応を楽しむように、けらけら笑うメイは、真面目な顔にようやく戻ると、


「もちろん。それだけじゃないけどね。おねーさん、これでも、見る目はあるつもりなんだなー」


 まったくもって理屈じゃない、苦手なタイプだ。これじゃ体力ばっかり使って、どうしようもない。長いため息を吐き出す。おまけに、


「おおっと、きみも入ってくれるのかい?」

「キキッ」


 メイに、なつく気満々で小躍りしているガンモに瞬はとうとう眼が据わった。こいつ、所詮オスだ。


 ガンモを抱き上げ、帽子の上に載せたメイは、

「――これなら一人じゃない、ね」


 瞬に聞かせるつもりのなかったであろう小さな声を、つい拾い上げてしまう。


 メイがどういう気持ちでこぽしたのかはわからない。出会って十数分程度の人だ。だけど、その素直な言葉は、不思議と、しみてしまった。


 一人のつらさは、わかるつもりだった。


 ふわふわしてて掴み所のない人だけど、こんな洞窟の奥まで単身進んできて、それはますます痛感したに違いないんじゃないか。


 そんなことを考え出すと止まらなくなって、ここでああだこうだ言ったところで仕方ない。無事に外まで戻れれば、後はきっとどうとでも出来る。


「ここの目的は、メタなんとかって草を採取するんですよね」

「――うん?」


 首を傾げるメイに、

「約束してください。とにかく、ちゃんと奥までたどり着いて、目的を達したらネンジさんに無事な姿を見せて上げてください。心配しながら待つ身は……大変なんです」


 一拍の間、


「取引成立だ。いいとも、ちゃんと奥までたどり着いたら、帰るよ」


 言質は取った。


 だから要するに、譲歩してもやってもいい。


「わかりました。なら、ここを攻略するまで付き合います……そのギルドメンバー第一号でいいです」

「ほほう。どういう心変わり?」

「とりあえずですよ。契約書にサインはしないけど、お試しでって感じで」


 気恥ずかしさをごまかす早口の後で、メイは顔を綻ばせると、


「よろしく、一号くん」


 手を差し出してきた。それを握り返せば、


 この時、一種の悪魔の契約書に署名をしたのだと思う。

 




    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×





 かくして二人と一匹がお仲間として行動を共にすることを決めた所で、


「メイさんって、ここで何してたんですか?」

「もちろん冒険者になるために……ってのもあるんだが」


 メイは帽子をいったん外し、髪を整えると、

 

「少し噂話うわさばなしの真偽を確かめたくてね」

「噂話?」


 いったいどんなと、続く言葉を待つ瞬にメイは帽子のつばを持って、鼻先に向けてくる。


「ダーシュンは、この認定ダンジョンを連合がわざわざ作ったと思うかね?」

「……え?」


 改めて、そう問われると考えてしまう。


 入口からここまでだけでも、相当巨大なダンジョンだ。罠はあるわ、モンスターまでいるらしいわで一通り取り揃えられている。


 はたして連合は冒険者認定のためだけに、そんな代物を作り上げたのか。


 こんな物を作り上げるとしたら、まだまだ想像力が及ばない魔術とかを用いたとしても、コストがかかりすぎるはずだ。


「いえ……思わないです」

「ですよなー、だとしたら考えられるのは?」


 ゼロから作りあげるのは労力がかかり過ぎる。なら、


「元からあった物を……使った?」

「ピンポーン」


 メイは拍手をすると、

「ここは認定ダンジョンと称されてはいるが、その実態は普通のダンジョンであり、しかも――未攻略だ。そんな他愛もない噂話さ」


 極めて、面白そうにニヤリと笑う。


「あの……聞いてた話と全然違うんですけど」


 当然、嫌な汗が背中から吹き出てきた。










 ――話はこうだ。

 

 メイ曰く、認定ダンジョンには2つのルートが存在しているらしい。


 一方は、認定ダンジョンを認定ダンジョン足らしめる、連合がある程度の安全性を担保しているルート。これが従来の言ってみれば通常ルートである。


 そして、もう一方は認定ダンジョンが認定ダンジョンになる以前より、内側に有していたルートだ。安全などという言葉は欠片も存在せず、全てが自己責任で片付けられる。


 現在、連合によって後者はその存在をなかったことにし、冒険者志望の連中が普通に攻略する限りは関係がなくなっている。


 言ってみれば、登山の際に初心者用コースと上級者用コースが存在するように、この元野良ダンジョンは異なるルートを持っており、おまけに一方はその存在にすら蓋をされているのである。


 こんなややこしい事になっているのも、調では、そもそもダンジョンが通常ルートで攻略が完了したと錯覚させる二段がまえの構造になっていた可能性が高いという。


 ほどほどの難易度でもって挑戦者を迎え、その深部へとたどりついたという手ごたえを感じさせて帰還させる。その実は、ダンジョンはまだ奥が続いていることを知らずに。


 とはいえ、ダンジョン攻略の経験豊富な冒険者ならともかく、そんな仕組みを中には昨日までクワを持ってましたーなんていうのもいるらしいペーペー冒険者志望者が悟れるはずもない。


 真の奥まで行けないのならば、志望者にもちょうどいい塩梅の難易度であるこのダンジョンを使わない手はなく、かくして認定ダンジョンは爆誕した。








「――というわけだね」

「は、はぁ……」


 いやいや、どうするのこれと瞬は思う。


 自分に言われた所で、ということもあるが、何より先ほどメイが真偽のほどを確かめたいと口にしたその対象が今の話なわけである。


 もしかして、吾朗が忘れたという深二の発言も、その事なのだろうか。

 だとしたら、何が面白い話だ。1ミリたりとも面白くない。


「あのー……じゃ、それをもしもですよ。一応……聞くんですけど、その本当のルートを見つけたらどうするんですか」

「もちろん進むよ。そこに道があるならね」


 どこの登山家だ。という気持ちを抑える。かといって、この場で行く気満々の彼女を完璧に説得できそうな自信も、ない。


 いや待て、ここだけは命がかかっている。

 安全性が保障されていないようなルートへと進み、今度こそ、絶対生きて帰れるという保証がない。


 ダメだ。これは、こればかりは毅然と主張しなければ、マジで死にかねない。


「前言撤回します。僕は行きません」

「そうかい。それじゃ」


 あっさりだった。


 にわかには信じがたく前のめりになる瞬に対し、メイは、

「ちなみに入口に戻るなら、さっき近くにケイヴウルフの群れがいたから気をつけた方がいい」

「ちょちょ、ちょっと待ってください。それって牙鋭い系でお腹すかせてる系の猛獣ですか」


 何も言わず微笑むメイ。


「お供します」


 あっさりだった。


 自分が近所のコンビニに買い出しに行くのと大差ない装備であることを思い出したのだから仕方ない。日常における衣服のチョイスで重視すべきは、1に防御力、2にレアモンスターから剥ぎ取る素材、3、4がなくて、5に毒耐性だ。なぜ、ウニクロはドライウェアやフリースを売れるのに鎖かたびらは売れないのかが恨めしかった。なんかもうこの世全てが恨めしかった。


「よし、そいじゃ出発だ。諸君、ちゃんと付き合ってもらうよ」

「キキーッ」

「ここを――本当の奥を攻略するまで、ね」


 どうしてこうなったと思わず天を仰ぐも、


 そこには、気のせいか悪魔が笑っているような岩壁があるだけ。

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