Log11 "転んだ先には"
中はやはり肌寒かった。
それが単純に年がら年中温度を一定に保っている洞窟内と外気の温度差によるもの、だけではなく、物陰から今にも何かが飛び出してきそうな雰囲気によるものだということは瞬も薄々気づいている。
実際、いきなり飛び掛かられたら、反応できる自信はない。
吾朗が一歩先を歩いてくれているのだけが救いである。
「ねぇ、兄ちゃん。さっき聞かなかったけど、ここが認定ダンジョンって事は、やっぱその例のネンジさんの孫以外にも、色んな人が挑戦してるってことなのかな?」
「まぁそういうこったろ。――ほれ、あれとかよ」
え、どれどれ、と吾朗が指さす先にご同類がいるのかと思えば、
理科室に飾ってある奴そのままの、そう、確実に頭蓋骨がいい具合に岩壁に矢でもって展示してあった。
「ちょっと待て難易度難易度ッ!? ここ初心者向けでしょ!? あれ挑戦者だったやつでしょ!? 聞いてた話が食い違いすぎて、お腹痛くなってきたんですけど‼︎」
恐慌状態に陥る瞬に対し、吾朗はケツをぼりぼり掻きながら、
「入り口入ってすぐに、あんなんがこれみよがしに置かれてんだ。
「そ、そうだよね!! これ、わざとだよねッ」
動揺を無理くり自分で抑えるために、まんまと引っかかっちゃたぁ~などとアホ丸出しな反応をしておく。
「あ、あははは……」
――でも、骨だ。遊園地のアトラクションで出てくるような
ゴクリと喉を鳴らせば、
「おら、とっとと行こうぜ」
「わ、わかったよ。待ってよ。な、南無……」
とりあえず両手を合わせて、お構いなしに再度進み始めた吾朗を瞬は急ぎ追いかける。
しばらく無言のまま歩き続け、
「それにしてもさ、やっぱさっきのあれが本当かどうかはともかくとして、リーシャさんが言ってた通り、罠ってやつのせいだったのかな……?」
「だろ。
ミスるようなレベルだからああなったという可能性もなくはないが、考慮の外に置いた方がいいだろう。
「そうなると……やっぱり初心者用じゃないよ」
いくら危ない世界へ足を踏み入れる覚悟を試す。仮にそんなお題目を掲げ、試験を行っているにせよ死者を出すような真似をしてもいいのか。
どういうことだろう。何か勘違いしてるのか、
「あーでも、でもなんか昔深二がここについて何か面白れーこと言ってた気がすんな」
「ほんと!? 何て言ってたか思い出せない?」
「んー、あれだ。たしかこう水着のギャルがだな……」
「絶対嘘だ。百億パーセント嘘だ」
苦しげな顔をしながら、思い出してるふりをしてるが確実にダウトである。
くそ、要するに思い出せないってことなんだろうと瞬は内心毒づいて、
「とにかく、気をつけていかないと……」
今一度、戒めて、進むために言葉を吐く。
「あ、なんなの、お前それ俺にも言ってる?」
「え? いやまぁ、兄ちゃんもだよ」
気をつけるのは、一緒だろうに。
「お前な、誰に対して言ってやがんだ」
敏感に反応してきた吾朗は、
「さっきのアレだってわかってんだよ。あれ、実は矢の射線上に穴が開いてたのだってちゃーんと気づいてっからな。お前、凄いんですよ? この吾朗さんは」
「そうだったの?」
いや、それならそれで、そういう危険につながりそうな気づきがあったら、すぐ共有しろよと思う。
「当たりめーだろが、この吾朗さんは罠に引っかかったことなんて――」
カチッという音がした。
吾朗の足下がへこんでいた。
ここからの流れをスローで描写しよう。
まず、瞬の脳内で嫌な予感センサーが爆発四散した。すぐさま360度どこから矢が飛んできてもおかしくない可能性に至り、地獄を垣間見たかのような表情(スローのせいです)で悲鳴を上げる。
やらかした当の本人である吾朗は冨士屋のベコちゃんのように舌を口の横から出すと、ティヒ♪ という顔をしている。ついでに自分の頭をコツンとしている。
あの顔に矢でも槍でもとりあえず突き刺さればいいのにという考えが一瞬よぎるも、
「兄ちゃん、早く――」
そこから逃げ――と最後まで言い終わる前に、
「――――へ?」
気づけば視線が下がっていた。
あれこれもしかして見た目は子供、頭脳は大人みたいな感じになってる? 縮んでる? 真実はいつも、
脳が現実を拒否しても、身体は正直だった。
物理法則に。
――いや、普通さ。あれじゃない。罠のスイッチ踏んだら、その人に降りかかるでしょ。ね、自己責任、そういうルールじゃん、そういうもんじゃん、ね、ホント、
つかの間の浮遊感を味わうことも出来ずに、
「そんなのありぃぃぃぃぃぃいいっぃぃぃぃぃいいぃぃ!!」
絶叫しながら、瞬は突如パカッと開いた穴へ消えていった。
主に下方向に吸い込まれていった。
そして、残ったのは、5メルトル四方くらいの穴だけである。
そう、スローを解けば、まさに一瞬の出来事であった。
× × × × × × × ×
――キーッ
てちてちと頬を叩かれている気がした。どこか覚えがある感触の果てに何が待っているのかを思いだし、
「うわぁっ!?」
爪を構えていたガンモを寸前で瞬は食い止めた。危なくまた痛いやり方で起こされる所だったと息を吐きつつ、身を起こすと、現状把握に努める。
頭上を見上げれば、二階建ての建物の屋上あたりにある穴が口を開けており、そこから自分が落下してきたのだとわかる。
――え、あそこから落ちてきたの。
とりあえず身体を動かしてみて、エラいことになってる部位がないかを探す。
「骨とかは折れてない……か、よかった」
幸いにも腕が半回転ひねりしてたり、足が上を向いてたりしてるようなことはなかった。
これで大怪我してたら、まさに一巻の終わりだったに違いない。まったく運がいいのか悪いのか、自分を信じられなくなる。
それにしても気を失っていたとはいえ、よくもまぁ、あの高さから落ちて無事だったものだと瞬は思う。
「…………」
マグナノードにやってきたと時と異なるのは落下地点が柔らかくないことだ。普通に
妙な違和感を覚えつつも、これからどう動くべきかへと考えを進める。
「兄ちゃんが助けに来てくれるを待つか……それとも、」
さすがに見捨てることはないだろう。さすがに。
「う、うん? ……大丈夫、だよ、ね?」
自分で言ってて不安になり、否定できないのが悲しすぎたが、ここはそれ以上その可能性を検討しないでおく。
服を払いつつ立ち上がると、ズボンの裾を引っ張られる感触がした。顔を下に向ければ、それはガンモの仕業で、
「キキッ」
何かを指さしていた。
「――おや、お目覚めかい?」
女の声に、瞬はそちらへと
「えっと、誰、ですか?」
年の頃は、少し上くらいだろうか。シャノンと
特徴といえば、頑固なくせ毛によるものか所々
警戒して身構えてしまう瞬に、少女は臆すことなく近づいてくる。やや身長で負けているせいか少し見上げる形になり、
「ふむふむ」
彼女は帽子のつばを持ち、クイと上げると至近距離で身体検査でもするかの動きで瞬の全身を上から順に眺め回す。そして、膝のあたりまでくると、
「あ、あの……?」
「おんやおや。これは完全にくっついてますなぁ」
むんずと掴まれた。太ももを。
「ちょちょちょああッ!? ななな何をするんですか?」
思わず飛びのき、下半身をタッチされたのにも関わらず、瞬は胸を隠した。
「おっと、こいつは失敬」
その反応をさせたという自覚はあるのか。少女は、なはーと笑いながら手のひらを立てて謝罪の気持ちを表する。
乱れた心拍数を整えつつ瞬は、
「くく、くっついたって、一体何がですか」
さきほどの発言の意味を問う。
「その、きみの2本の脚だよ」
「はい?」
それはどういう――、
「さっきはひどいもんだったなぁ。ねじれてたわけだよ、きみのそれ」
ぐるんぐるんって、足を回してみせる少女に、
「え、……ど、どゆ意味でしょう。それ」
物騒な表現によって喚起されたイメージ。
落下し、着地した自分の姿。
吹き出した冷や汗が頬を伝い、
「治癒魔術ってご存知?」
「へ……………………へ?」
彼女の言わんとするところ。無事じゃない。それどころか、
ねじれてた。
ね じ れ て た。
ね じ れ て た
わざわざ反響して聞こえたそれに、
「あの……それは、あの、僕が思うになんですが……ここでぐるんぐるん状態になっていた僕を、あなた様が魔術で治療してくださったということで……よろしいでしょうか?」
「ご明察~」
膝をついてしまった。
治癒魔術。
そういうものが存在していることはこの世界に来た時、あの兄弟との一連の騒動で知っている。たとえば切り傷だったならば、時間でも巻き戻すかのように傷跡がどんどん短くなっていく。火傷だったら、赤くただれた範囲が小さくなる。
そんなトンデモなのだ。
だから、骨が折れていても治せることはそりゃそうだろうとも思うが、しかし、しかし、である。
さっきまで何とも思わなかった両脚が急に、偽物のように思えてきて、力が入らなくなった。
「思うに、きみ、トラップに引っかかった、かわいそうなワンちゃん?」
頭上を仰ぐ少女に、表情筋が引きつったまま、瞬はうなずき、
「ええ、ええ、引っかかったのは、僕じゃないんですけど、ね、ひ、ひひ」
壊れたように言葉を漏らす。一体、誰のせいだ――これは、
――安心しろ。俺がついてる。
「どこがじゃあああああああああああぁぁっ!!」
脳裏に浮かんだキメ顔に頭がフットーし、瞬はエアボクシングを繰り返す。ジャブ、ジャブ、ガードを崩し、ボディ、そして渾身のストレート。
気のすむまで兄に似た幻影をボコボコにし、肩で息をしている瞬に、
「よくわからないけど、気はすんだ?」
少女は首を傾げ問う。
「はぁっ、はぁっ、ええ、とりあえずは……」
額に浮かんだ汗をぬぐい、
「とりあえず、怪我を治してもらったみたいで、ありがとうございました」
本当に、そう思う。
たぶんその状態で、激痛に起こされてたら、もう壊れてたと思う。主に心が。
「さすがに見かねちゃったのだよ、うんうん。こちらの良心に訴えてくるオブジェクトだったもんでね、実に」
笑えない。どんな有様だったのか知りたくもない。
「改めてありがとうございました。僕、
礼を述べてから、自己紹介すると、
じっと見つめられ、
「つかぬことお聞きするけど、」
鼻先に指を突き付けられた。
「おたく、
目をぱちくり。
「あ、はい、そうです」
こっちでは異国の地を訪れた旅人にまずどこの国の者であるかを尋ねるかのように、きっと当たり前のことなのかもしれない。
ただ違うのは、異国どころではない異世界という話だが、
「ほっほぉ~~~~~、へぇ~~っ」
親戚のおじさんのような感心の仕方で頷かれ、
「だからか……なるほどね」
一人で勝手に理解を深めていってる様子の少女に、瞬は、あの、と口を出すと、
「おおっと失敬失敬。私は、フェドラ・メイナー。美少女ギルドマスター目指して
「び、美少女、ギルドマスター……?」
やっべ、これ近づいちゃいけないタイプの人だ。と瞬は、白くなった目と、心持ち身体の重心を後ろにずらす。
が、肩を掴まれ、
「どうぞ、一つ、ここはメイちゃんと呼んでくれたまえ!!」
「は、はぁ……」
ちょっと
「は、はは、よろしくお願いします。メイちゃん、さん」
「ふふん、それでそれで、ダーシュンは、
なんだ、ダーシュンて。袴《《田瞬》》だからか。そんなギョーカイ人みたいに呼ぶなと思う。
「あーそれなんですけど、まぁ成り行きというか……知り合いに頼まれて、ある人を探しているついでなんです。ここにいるかもしれなくて」
ちょうどいい、もしかしたらこのメイという人から情報を得られるかもしれないと、
「それなら、おいちゃんでよければ、相談にのるよん?」
渡りに船の申し出。
「それじゃあ……探してる人なんですけど、ええと、マーロン・ネンジさんっていう人のお孫さんらしいんですけど……」
思えば、手がかり少なすぎないかと思いつつ、依頼者であるネンジの名前を口にした時だった。
最初に耳がピクと反応してから、頬に人差し指を当て、思案してから、
もしや、とメイは、
「おじいの頼み?」
聞き逃せない単語だった。
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