Log10 "First Step"







 歩幅の差もあれば、地理に対する明るさも違う。


 どちらも遙かに劣るこっちに配慮することなく、ずんずん進んでいく吾朗の背中を追いかけるだけで精一杯だった。


「だからちょっ、ちょっと兄ちゃん待って――あだっ‼︎」


 急に止まったため、背中に鼻をぶつけてしまった。半分涙目になりながら、


「うっし着いたぞ、ここだ」


 鼻を抑えながら見上げれば、万雷の喝采ライジンクラップに輪をかけて大きな建造物――まるで神殿が待ち受けていた。


 中は一目で異様な活気を呈していることがわかる。


 その明らかな要因は、ほぼ全員が剣や槍、はたまた斧や杖といった得物えものたずさえていることだろう。


 頰傷をさらす筋骨隆々の大男もいれば、身体の半分はありそうな帽子をかぶった魔女っ子、映画でしか見たことのないよう尖った耳に見惚れてしまうような美貌を振りまく金髪美女までいる。


 いずれも今までの人生経験で目にしたことがなかった人間たちだった。

 

 呆然としつつ、

「ここが……、ギルド連合ってやつ?」

「げっ、随分と賑わってやがんな、……よし今日はここまでっ。帰るか」

「いや早い早い、やる気なくすのマッハすぎだから」


 眉のあたりに手でひさしを作った吾朗へ、おめーがここまで引っ張ってきたんだろうがという非難の目をさすがの瞬も向けざるを得ない。


「ちっ、しゃーねーな。んじゃ行くぞ」

「うん‼︎」


 つい、声がはずんでしまった。


 あれほど断りたかったのに、この景色を見た瞬間、ワクワクしてしまったのだから、仕方ない。








 さながら銀行のごとく、受付は横にむかって伸びており、冒険者たちを次々とさばいていた。


「――この依頼はまだ受け付けてるか!!」

「ええ、あなた方で募集人数は最後です。これで受付を締め切らせていただきます」

「依頼主にすぐに報酬を用意するよう伝えておけ。このブラホック様の手にかかれば、斯様かような依頼など朝飯前だとな!!」


「――おめでとうございます。こちらが今回のギリヤマウス討伐の報酬になります」

「ありがとう。よし、これでようやくCランク試験に臨めるよ」

「クレスさん、試験も頑張ってくださいね。私は会場にはいけませんが、応援してますから」

「ありがとう。いい知らせを持って、必ずまたやってくるよ」

「はい……」


「ちょっとぉ、紹介してくれた魔術士のコだけどぉ、まだ若すぎじゃないかしら。たしかに顔はかわいいけどぉ……」

「本人も経験を積んだら必ず力になると仰ってますから、ここはどうかご納得いただけないでしょうか?」


 そんなやりとりがそこかしこから耳に飛び込んでくる。あまりキョロキョロしてたら、ただでさえガラがいいとは言えない連中に難癖をつけられるかもしれないと気を払いつつも、瞬は冒険者たちを目で追いかけ続ける。


「あ、兄ちゃん、あそこ空いたよ?」


 タイミングよく、ちょうど前にいた冒険者が立ち去った受付があったのを瞬は指摘し、吾朗は周囲を威嚇いかくし強引に確保しながら、悠々とその受付の前へと立った。


「こんにちは、デルフィ・リーシャと申します。本日は連合に何のご用件でしょうか?」


 リーシャと名乗る眼鏡をかけた若い受付嬢は、この繁盛っぷりから察するに激務に違いないのにも関わらず、すれた感じの全くない笑顔で迎えてくれた。


「あ、はい、ええっと」

 そんな丁寧な対応をされると思わず、頭が真っ白になり、代わりに顔が赤くなる瞬。


「おい当たりだぞ、瞬」

「当たりとか本人の前で言うな!?」


 デリカシーとかそういった概念はおそらく兄ちゃんの世界にないんだと瞬は思う。


 さすがにこの距離で聞こえなかったふりも出来ず、困ったような顔を浮かべるリーシャに、す、すみません……と謝っていると、隣では勝手に話を進め始める。


「うーす、どーも、あの認定ダンジョンへ挑みたいんですけど」

「はい。認定ダンジョンですね。どなたが挑戦されるんでしょうか?」

「俺と、こいつの二人で」


 吾朗があごでしゃくると、リーシャはその流れで顔を右から左へと向け、瞬は改めて一礼を返す。



 そこで間があいた。



 ――ん、あれ?


 なにこれ、どゆこと? と瞬が戸惑っていると、やがてリーシャは苦笑いを浮かべながら、


「ええと、失礼ですが武器や防具などの装備をあまりしていないように見受けられますが……」

「あっ」


 誰あろう、吾朗が発した声で、


「ちょっと、今、あっ、て言ったよね!! 完全に忘れてたトーンだったよね!?」

「まぁ待て待て」


 両手で瞬をなだめつかせると、吾朗は受付嬢に向き直り、


「でも結構よくあることっすよね?」

「い、いえ……私も初めて見ますが。……認定ダンジョンの場合、ほとんどの方は真新しい装備に身を包んで挑まれるので」

「ほら!! ほら!!」


 道理で、僕らだけ浮いてるわけだよ!! とわめく瞬に、吾朗は舌打ちをすると、


「男の子だろ、我慢しろ!!」

「おい、膝すりむいたのとは訳が違うんだぞ!!」


 完全にごまかしに走っている吾朗に、瞬は頭を抱えた。


 ――そりゃそうだよ、だってゲームだって最初にひのきの棒もらってスタートするじゃん。僕、完全に手ぶらなんだけど、しいて言うならペットのサル一匹とかナメきってるでしょ!!


「いやいや軽装に見えるけど、こいつが着てんの凄い装備なんだって。汗かいてもすぐ乾くヤツだから。不快なにおいも防ぐし」

「それただの肌着が化繊かせんなだけだから!! 見るか、サラッサラだけど、ペラッペラだぞ!!」


 たぶん鋭い刃系が出てきたら、紙同然に違いない。


「ああ!? じゃあなんだよお前、なにダンジョンなめたカッコで来てんだ!!」

「オメーが連れてきたんだよ!! 流れだよ流れ!! 普通、山登んのにランニングで来る馬鹿いないでしょ!!」


「こほん」


 吾朗の逆切れによって兄弟喧嘩になり始めた矢先、咳払いが割って入った。


「――どうされますか。私としてはおすすめできませんが、認定ダンジョンに挑まれるのでしたら、手続きを進めます。ただ、あなた方は冒険者を冒涜ぼうとくしていると、そうとらえさせてもらいますが」


 言葉づかいこそ丁寧だが、そこには静かな怒気がこもっていた。おそらくはあまりにもふざけた態度が逆鱗に触れてしまったのだろうと、瞬は青ざめてしまう。


「冒涜ねぇ……」

「そうです、冒険者の皆さんは、この世界を守ってくれた方々なんですから。それを馬鹿にするような行為を私は許すことは出来ません」


 リーシャの言葉がいくつか瞬の胸の内に引っかかっていく。世界を守る。冒険者。いったいそれは何を意味している? 


 いったい、そこに何がある? 


 疑問は鎌首をもたげ、


「――いや、そりゃどうかって思うけどよ」

 吾朗の発言で現実に戻される。


「なぜですか、先輩方にお聞きした先の大戦に加わったギルドの皆さんは特に立派な方々ばかりだったとお聞きしています」


 自身の観念に疑問を呈され、表情を強張らせるリーシャへ、何かを思い返すように吾朗は腕を組む。


 それに対し、

「私もいつか……ビジターズの皆さんのような方々のご担当になって、少しでもお力になれればと「そっか」


 さえぎるように、


「そいつは悪かった」


 ――嘘でしょ。


 瞬が呆気にとられてしまうくらい、吾朗は素直に謝った。明日はきっと槍の雨でも降ってくるに違いない。短い生涯だった。


 口をあんぐり開ける瞬を脇に、そんな態度を取られれば、


「えっと、ご理解いただければいいんです」


 リーシャもそれを受け入れざるを得ない。


 謝罪の受け入れに雰囲気が和らぐと、


「んで、どうすんだ?」


 話はやるのかやらないのかという問題に立ち戻るのだ。しかも、判断をゆだねられているのは、


蚊帳かやの外かと思ったら、そこで僕に振るんだ……」

 若干のトゲも混ぜつつ、結局の所、と瞬は思う。


「いやだから、僕普通にパーカーとかなんだけど、これでダンジョン攻略なんて大丈夫なのかって話だよ」


 この世界にやってきた時に着ていた(もちろん洗濯はしている)、たった一着しかない普通の布の服でしかない。たぶん防御力換算したら2あるかないかぐらいだ。


「安心しろ。――俺がついてる」

「キメ顔で言っても不安しかないから……はぁ」


 ため息をつきつつ、

「あの、申し訳ないんですけど、その認定ダンジョンってどんな感じになってるとか、概要って教えてもらえませんか?」


 そもそも認定ダンジョンの内容を掴み切れていないからこうなっているのだ。まずはそこから理解しないことには始まらない。


 わかりましたとリーシャは、手慣れた様子で説明を始める。


「認定ダンジョンは、その名の通り、我々アルファドールのギルド連合所属の冒険者として認定を受けるために合格が必須な一種の試験のようなものです」


 耳慣れていなさ過ぎる単語があった。

 これを聞いたら、また地雷を踏んでしまう気がして、瞬は小声で吾朗に尋ねる。


「兄ちゃん、今のアルファドールって何さ」

「んなことも知らねーの。俺らがいるこの国の名前」

 

 そうだったのか。ろくすっぽこちらの知識が固まっていないのだから仕方ないとはいえ、この情報はもう少し早く聞くべきだったかもしれない。というか知らねーのじゃない、知らねーよ。


 さておき、


「試験、ってことは合格するためには条件があるんですよね?」

「はい。その条件は、認定ダンジョン最深部にのみ叢生そうせいしているメタモ草を採取し無事に帰還することです」

「なるほど……」


 要は入り口から一番奥まで行ったというその証拠を持ってこいというわけだ。

 条件はわかった。だが、それを達成するためには、


「やっぱいるんですか? あの、……モンスターとか」

「はい、もちろんダンジョン内にはモンスターたちが生息しています。ダンジョン内部にはその他に罠もしかけられていますから、そう簡単に攻略できるようにはなっていません。とはいえ、本来のダンジョンとは違い、ある程度は連合側で管理してますから、想像を超える強さや数のモンスターたちがいたり、即座に死につながってしまうような悪質な罠はなくなっています」


 話を聞く限り、新人冒険者として適正があるかをふるい分ける、本当に試験として存在しているダンジョンのようだ。

 しかし、だからといってナメてかかると、痛い目を見るどころではないのは自明の理である。


 ……なんだか、説明を聞いてますますこれ本気でやらないとダメなのか問いたくなってきた。


 ――そもそも僕、いらなくない? その冒険者の資格が宙吊り状態みたいになってるなら兄ちゃんだけでネンジさんのお孫さんを探しに行けば十分じゃないか。


「やっぱり――」


 しょうがないよ。







 ――俺がこっちにいた間、何してたかだ?










「やります」

 

 瞬は、言い切った。


 

 てっきり考え直して帰ると思っていたのだろう。リーシャも驚いたように何度か瞬きをし、


「……本当によろしいんですか?」

「はい、ある人が言ってたみたいに」


 あえて、隣の存在には目を向けず、


「僕だって、世界とか救ってみたいんです」


 ――もう帰ってこない、諦めなさい。


 周りの皆にはそんなことばかりをさとされた。でも、絶対に諦めなかった。だから、今こうして


 まさか異世界にいたなんて、あの時の自分に教えることが出来たら頭の心配をされるに決まってるけど、なんか世界とか救ってらしいとか伝えたら救急車呼ばれるに違いないけど、あの時の言葉を聞いた時に思ってしまった。


 ――ずるいやそれ。


 こっちはありふれた生活を送りながら、ずっと帰ってくるのを待っていたっていうのに。


 吾朗はといえば、異世界で世界を救ってたという。なんだそれ。ずるいったらないのだ。


「だから、おねが――――だっ!?」


 背中を思いっきり叩かれた。

 

 いったい誰がと思うが、容疑者は一人しかありえないことに気づき、


「何すんのさ!!」

「冗談だって、思わなかったか?」


 え? と一瞬で胃の底が冷え切った。


 じょう、だん。信じてはいけない類の、


「う、そ、……なの?」

「そう思うだろ? 普通なら」


 なんだ、からかわれた、の、か、


「なんだよそ――い”っだ!?」


 もう一回、背中をぶっ叩かれた。


「んなわけねーだろうが、安心しろ。全部本当だよ。嘘にしてたまるか」

「ごほっ、なら、紛らわしいことしないでよ!! 家庭内暴力だって子供相談室に電話してやろうか!?」


 電話ないけど!! と付け加える瞬の頭を押さえながら、 

「っつーわけで、進めてくれるか」


 今度、呆気にとられる番だったのはリーシャだったようで、


「……あ、……はいっ、ええと、すぐに案内してもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 え、ちょ、もういきなり? やるって言ったけどちょっと心の準備が、という瞬の動揺も空しくリーシャは建物の奥へと先導し始めた。


「さっきお前が言った言葉。本当にしてぇなら、試しでもなんでもいい。やってみろよ。じゃないと、わかんねーからさ」


 そんな言葉を残して、吾朗は先を行く。


「…………まぁ、やってみるよ」


 その背中を瞬は追うのだった。









 

 かくして、案内されたのは、先ほどまで瞬たちのいた連合本部と呼ぶらしいあの建物の裏手である。


 手入れのされた裏庭でもあるのかと思いきや、そこは荒れ地といってもさしつかえなく、ゴツゴツした岩や、乾燥した土地でも強く育ちそうな植物が点在していた。


 そんな広大な土地を突っ切れば、切り立った岸壁がそびえており、その足下で口を開ける洞窟が三人を待ち受けていた。


 入り口の手前まで来ると、リーシャは歩みを止めて、

「こちらが認定ダンジョンの入口になります」 

 

 この先からが例のダンジョン……と瞬は思わず喉を鳴らす。

 

 だがもう、ここまで来たのだ。腹をくくって進む他ない。


「お気をつけて。無事に帰還されるのをお待ちしております」

「は、はい……ありがとうございます。そ、それじゃ」


 無事を祈られてしまうと足が重くなるのを感じるが、ええいままよ!! と瞬は一歩を踏み出す。


「んじゃま行くか」

 面倒くさそうに緩慢な足取りで吾朗も続こうとすれば、


「――あの、」

 

 リーシャに呼び止められる。すでに歩き始めてしまっている瞬を一瞥いちべつし、手短にと言わんばかりの態度で振り返る。


「本来なら、無事に攻略を終えて帰還してから聞くべきなのですが……お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんで?」


 すぐさま端的に理由を尋ねられ、

「それは……、あなたの先ほどの口ぶりと……その、雰囲気が有名なギルドの方々に特有なものに似ていらしたので」


 認定ダンジョンに挑む方が……ありえないはず、なのですけれど。

 と語尾は小さくなり、


 次第に漏れ出した吾朗のくっくっくっという笑い声に上書きされる。口端をつり上げると、人差し指を立て、


「ひ、み、つ。でもま、あんた、この仕事向いてるんじゃねーかな」


 憧れてついた仕事について適性があると褒められたリーシャは、あ、ありがとうございますと頭を下げる。しかし、それがこちらの質問に対するはぐらかしであるということにすぐさま気づき頭を上げた時には、


「――1つ教えてやるよ。理想のイメージにゃ悪ぃが、実際はロクでもねーヤツばっかの連中だったぜ」



 気になる言葉だけを残して、


 小さな背中に追いつく後ろ姿だけが見えた。





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