Log9 "ダンジョンでいこう!!"




「――瞬くん、君にそのダンジョンに向かってもらいたい」


 死の宣告と同じように、深二のその発言はエコーがかって瞬の脳内に響き渡った。


「だから待ってくださいって!!」


 身を乗り出し、

「やだからその、そもそもダンジョンとか訳わかんないですし!!」


 ここで精一杯否定しておかないと、とんでもない目に合わされると本能が告げている。


「ふむ、ダンジョンを知らない、か。……地球の流行はやすたりは早かったが、今はRPGは下火なのかもしれないな。吾朗」

「え、瞬、つうか今ラストファンタジアとかナンバリングどこまでいってんだよ。ラストといいつつ、ラストじゃねーじゃんっていうツッコミはまだ通用するよな?」


 いや、そうじゃない。そういう斜め120度の受け取り方をするのはやめろと瞬は思う。


「いやだから、そんなことどうだっていいでしょ!! 儲かる限り出るんだよ。いい大人なんだからわかれよ‼︎ ダンジョンだよ‼︎ ダ、ン、ジョン‼︎ なに、罠踏んで大岩でも転がってくんの、あ、骨じゃーんとか思って通り過ぎたら勝手に組み上がって骸骨剣士の出来上がりか⁉︎ ダンジョンの1番奥には宝を守るとんでもないサイズのドラゴンでも出てくるってわけ⁉︎」


 一気にまくし立て肩で息をする瞬。言ってやった、僕は言ってやったぞと手応えを感じた矢先。




「――よく知っているじゃないか」




 本当に驚いたような顔で深二はあっけなくそう言った。


 いやだから‼︎ これは物のたとえだっつうんですよ‼︎ と叫びたいのを辛うじてこらえる。


「思えば、あのエルダードラゴンにもかわいそうなことをしたな」

「ガメオンのメダル取ってこいって時か? いや、ありゃあ、あのドラゴンがかがりの帯にブレスなんか吹っかけっからだろ。あの後は見てらんなかったよな。今でも時々思い出すと玉がヒュンってなる」


「は……はは……」

 とてもじゃないが、冗談を言ってるように思えなくて、瞬も口元をひくつかせる他ない。


「あのぅ、ホントにそういうダンジョンなんです……?」


 話聞く限り命いくつあっても足りない気がマックスです。


「気持ちはわかる。我々も最初は皆同じ気持ちを抱いたよ」

「つーか。瞬、お前さ」

「………………何さ」


 こんなことがまかり通っていいのか。いやいや、どう考えても許されざる――




「早いところ受け入れとけ。どうせ戻れねーんだし」




 はい? と思った。

「戻れないって、何に?」



 片手で掴んだ赤い果実を宙に放り上げてはキャッチするのを繰り返しながら、吾朗は、



地球もとのせかい














 ――そうだ。思えば、自分の中で出来る考えないようにしていたのかもしれない。


 その、可能性を。


 どうやってこっちの世界にやってきてしまったのか。それは謎に包まれたままで、来た道をたどって帰ることが出来ないのなら、途方に暮れるしかないじゃないか。


 吾朗もどうやってこっちの世界にやってきたのか。そして、どうして今まで帰ることが出来なかったのか。


 それは、手段がなかったからではないのか。


「やっぱり、そうなんだ…………」


 自分でも驚くぐらいあっさりと受け入れてしまった。本当なら、パニックになってもおかしくないはずなのに。


「7年も帰って来れなかったんだもんね。そりゃそう――「今なんつった」


 いつの間にか目の前に二人が立っていた。


「へ、いや、あの」

 突然、見下ろされる形になりたじろぐ。


「7年。瞬、それ本当か」

「それは、間違いないけど……」


 むしろ間違えようがない。それぐらい1年1年を指折り数えていたのだから。


 視線を交わし合う深二と吾朗に訝しげな顔を向けていると、


「いや……、今は置いておこう。それよりもだ。瞬くん、先ほどの話、受けてくれないだろうか」


 思わず視線をずらしてしまう。こればかりは、はいと、すぐに頷くことは、


「もしも引き受けてくれるなら、今回の報酬は私からも上乗せして出そうじゃないか」

 

 その一言で、吾朗の目の色が変わった。


「瞬、やれ」

「ええっ、ちょっと!?」


 現金すぎる兄に抗議するも、


「よーく考えろ。お前、自分を変えたい、変わりたいって言ってたろ」

「まったくもって言った覚えがないんですけど」

「今がチャンスだろうが!!」

「いやぜんっぜん聞いてないよね。勢いだけだよねそれ」


 アイドルのオーディションじゃないんだからさと、むしろ冷静になってしまう瞬に、業を煮やした吾朗は、


「深二、お前もなんか言え!! 冒険者になることでマンション買えましたとかそういったエイキチ的ファンタジー語れ!!」


 吾朗に従うのは癪だがと前置いてから、

「おそらく瞬くんはたった一人で危険なんじゃないかと思っているだろうが、何、心配することはないさ。さすがに君ひとりをいきなり送るわけにもいかないのは承知している」

「え、じゅあ誰か一緒に行くってことですか?」


 でもさっき、冒険者は付き添いとして一緒に攻略することが出来ないと言っていたはずなのを思い出し、瞬は、


「いったい誰……なんですか?」


 くいくいっと親指で示すのは、


「――は? おいおい、ちょけたこと言うなよな。なんで俺が今更認定ダンジョンになんか行かなきゃなんねーんだよ。なんなの、とうとうゴミを集めすぎて頭が夢の島になったの、この野郎」


 吾朗はすぐさま食ってかかる。すると、深二は青筋を立て、

「一つ、教えてやろう吾朗。これは親切だ。お前がサボっている間に連合は戦後の冒険者の整理を進めていたのを知っているか?」

「知らねーよ。お役所仕事なんて。どうせあれだろ。刺身の上にタンポポ載せるみたいのだろ」

「そうかそうか、それは好都合だ。ならついでにサービスで教えてやろう。その整理の際に連合は、生死不明な冒険者の登録を一括で破棄した」


 ここで、瞬は吾朗の表情がピキッと固まったのを見逃さなかった。


 正反対に、深二の顔は笑みが深まっていく。

「もしもそいつがどこかしらのギルドに所属していたならば、そこのマスターが報告してくれたかもしれないが、フリーでプー太郎をやっていたどっかの馬鹿は生存報告を怠ったらしい」

 

 肩をすくめてみせる深二に吾朗は半分白目を剥きかけながら、


「ち、ちなみに……その誰かさんの登録ってどうなった?」

「もちろん綺麗さっぱり抹消だ」

「あ、そう、ふ、ふーーん」


 強がりつつもブリキ人形みたいな動きになっていく吾朗に、

「そのはずだったらしい。……が、今は預かり状態だそうだ。そうそう、連合のお偉方は言っていたぞ」


 深二は蜘蛛の糸を垂らす。


「まじでか、何々、なんつってたんだ。早く!!」


 ツバを飛ばす吾朗を手で制し、


「連合側に協力すれば、以前の状態のままで再登録を考えてやらないこともない、とな」

 

 そこからは早かった。

「おし、瞬行くぞ。やだつっても簀巻すまきにしてでも引きずってく!!」

「ちょあっ、ほ、本人の意思は!!」

「ガンガンいくんだよ!! ガンガン!!」


 すぐさま瞬の首根っこを掴むと、オメー、ラスファン派じゃねーのか!! とわめく瞬を華麗にスルーしながら扉の方へと引っ張っていく。


「――吾朗」

「あ?」


 扉を開きかければ、名を呼ばれた。


「……いや、すまん、気にしないでくれ」

「呼んでみただけ、とかほざいてたら反射的にブン殴ってたからな。つーかお前、報酬の件忘れるなよ、絶対だぞ、頼みますよ!! 嘘ついたら厘子りんこに針千本飲まさせるからな」


 荒々しく閉めると、室内はようやく静けさを取り戻す。一人残った深二は椅子の背もたれに身体を預けると、



「さて、どうなるかな」



 遥かな王樹は、窓の彼方で相も変わらずそびえている。

 

 


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