Log8 "はじめてのごいらい"




 どうやら近隣の建物の屋根を飛んで、ここまでやってきたらしい。


 正気か。と思わなくもないものの、そうでもしないと三、四階くらいの高さはあるこの部屋の窓から侵入など出来まい。


「あだだ……ざけんな。なんなの、虫でも入ってきたから、やだもー言いながら閉めたの」


 首をコキコキ鳴らしながら、吾朗ごろうしゅん深二しんじに対し据わった眼で問いかける。


「いや、虫は今しがた入ってきた。ずいぶんとデカい虫だが」

「あの、喧嘩売ってます? 買います?」

「ここに入ってくる時は、入り口から入って来いと何度言っても理解できないお前は虫で十分だな。ええ、吾朗、俺のコレクションが万一傷ついたら命以外でどうやって償うんだ?」

「あ? えらく稼いでんのか知らねーが、てめーんとこ、いつも入り口が賑わいすぎてて、入る気なくすんだよ。つかお前のコレクションとかいう産業廃棄物で殺されてたまるか」

「ほう、いまだにこの価値がわからないとは、」


 いったん、言葉の応酬がやみ、



「――その節穴を交換してやらないといけないらしいな」

「――どっちが、節穴だ。どっちが。ゴミマニアが」



 互いに青筋を立ててガンを飛ばしあう吾朗と深二に対し、くそ、これ僕やんなきゃだめかとおそるおそる瞬が、


「あ、あのー、二人ともそこらへんに……ぃ」


 一触即発状態の二人がギロとにらむ。


「あ、はは……もう好き勝手やってくださーい」


 お前ら、仲いいんじゃねーのかよと内心、瞬も青筋を立てながら、もう付き合ってられんとばかりに部屋から出ようとすると。


「あ、おい待て瞬、お前ホラ」


 そうして吾朗がふところから取り出し放り投げてきたのは、


「え、えぇっ!? が、ガンモ?」


 ぐるぐる目を回しているガンモだった。


 吾朗がそんなとこから出したということは、さっきこの部屋に突入してきた時も、派手にクラッシュした時もいたということになる。


「お前のこと探してたから、ついでに連れてきてやったんだぞ。乗り心地が良すぎた結果だな、うん。――ところでお前、そいつに保険とかかけてる?」

「おい、計画的犯行か!?」

「待て待て、落ち着け」


 どうどうと瞬をなだめるジェスチャーを吾朗はし、


「不慮の事故じゃねぇと、もらえるもんも、もらえねーだろが」

 親指を立てる吾朗に瞬は一言。


「……ガンモ」

「――ゥ、ッキーッキー!!」


 意識を取り戻したのか、瞬の腕からバネ仕掛けのように飛んだガンモは、吾朗の肩に着地すると、仕返しとばかりにケツを向けて右頬側から放屁した。


 形容するならばプピという音と共に、それは風にのって吾朗の鼻まで届く。


「ぐお!? ぐっせ、ォエッ、バッカ、おいこら、テメェ。エテ公のくせに上等じゃねーか。お尻真っ赤になるまで百叩きしてやろうか!!」


 拳を鳴らす吾朗の肩より降りると、ガンモはまたもやケツを向けていわゆるお尻ぺんぺーんをして挑発する。


 堪忍袋が一瞬で破裂した吾朗が、不気味な笑みを浮かべて一歩踏み出した瞬間に、


「そこまでだ吾朗。本題に入ろう」

「ちょいタンマ、今から人間様の顔の前でくっせぇ屁かましやがった霊長類に業界の掟を叩き込むから」


 やれやれと深二はこめかみを揉む。


「今晩一杯、おごってやる、だから早く座れ」


 その言葉は効果テキメンで、不気味な笑みをご機嫌な笑みに変えると、そそくさと深二の対面の椅子に吾朗は腰掛ける。


 そして、その隣の椅子へと目をやってから、深二は瞬にも着席を促す。


 はぁ、逃げれないよなぁと溜息をついて、瞬もその席へと座った。


 深二は組んだ手の上にあごを乗せると、

「二人が来た目的はもちろんわかっている」


 何しろこちらに回してきたという張本人なのだ。むしろ知らない訳がないでしょうと瞬は思う。


「今回のマーロン氏の依頼だが、おそらく本人からも話があった通り、最初は我々のギルドに持ち込まれた依頼だった」

「それなら、なんで僕らに回してきたんですか? さっきも言いましたけど無理ですよ。そんな人探しなんて、こっちに来たばっかりの僕になんて」


 至極ごもっともな瞬の問いに、


「無理もない。だがまぁ、話を聞いてほしい。実はマーロン氏のくだんのお孫さんの目撃情報が我々のもとに入ってきている」

「ならとっとと探しに行って、引っ張ってくりゃいいじゃねーか」


 足を組み、ふんぞり返った吾朗は耳をほじり始める。


ことはそう上手くはいかない」

 深二は肩をすくめる。


「どういうことですか?」

「そのお孫さんを見かけたという場所が問題でね」

「マジか、どこだよ、いかがわしい所? それなら瞬じゃなくて、俺が潜入調査してきてやるよ。経費だけ頼む」

「馬鹿は置いておくとしてだ」


 瞬へと再び顔を向けると、

「瞬くんは、冒険者についてはある程度話を聞いているか?」

「はぁ、まぁその、……ざっくりとは」


 それこそRPGとかのゲームの中で冒険している人たちのイメージ+何でも屋みたいなものという認識だと伝えると、深二は首肯する。


「信じがたいだろうが、実際にマグナノードこっちの世界ではその職業が成り立っている。実際、俺が代表であるマスターを務めているこのギルド“万雷の喝采ライジンクラップ”はその冒険者の同業者団体だ」


 ――ってことは、あのセラって人もリヒトって人も冒険者なのかな。そういえば、確かに剣持ってたし。


「だが、その冒険者もいわゆる堅気かたぎの仕事ではなくてね。遺跡のようなダンジョンの攻略、調査、凶悪なモンスターの討伐。各国の重要人物の護衛といったような依頼が持ち込まれるが、正直な所、命の保証はされていない」


 モンスター、という単語でよぎるのは忘れもしない、あのヘビのバケモノだ。

 仮に、あれを倒してくれと頼まれたとしたら、たしかに命の保証はされていないというのも頷ける。


 そして、同時に湧き上がってくるのは、そんな危ないことやってんの、この二人というドン引きの感情だ。


「そんな冒険者に要求されるものが何かわかるかい?」

「顔の良さ」


 無言で吾朗へ親指を下に向けると深二は瞬の返答を待つ。


 しばし考え込んでから、

「…………しぶとさ、とか」


 瞬の答えに、最初は深二もなるほどと口にしただけだったが、徐々に喉の奥でくつくつと笑い始めた。

 

「いやすまない。……しぶとさ、か悪くない答えだよ」


 特にと指差し、

「君の隣の男は、その点においては超一流の男だ」


 指差された当の吾朗といえば、耳をほじっていた指先に息を吹きかけ、


「あ、ワリ。聞いてなかった。なんか言った?」

「ゴキブリみたいな奴だと褒めていた」

「お前の顔めがけて飛んでってやろうか。膝から」


 またじゃれ合いそうになるのを阻止するべく瞬は割って入り、

「あ、あのっ、悪くないってことは、じゃ正解ってあるんですか?」


 もちろんだと人差し指を立てて、

「しぶとさも含めて、「ここだよ、ここ。んなもんわかりきってんだろーが」


 二の腕を叩いてみせる吾朗に言葉を奪われてしまう。


 顔を覆い、やれやれという態度を隠そうともせず深二は、

「まぁそこのチャバネの言う通り、結局のところ腕っ節が要求されるのが現実だ」


 想像はつかないこともない。結局危ない仕事というのは実力が要求されるのだろう。たとえば自分が護衛をしてもらう存在だとしたら、そりゃ出来る限り強い人に守ってもらいたいと瞬も思う。


「逆を言えば、要求されるのは実力のみであって、それ次第で裸一貫で名を上げることも可能だ」

 

 だがね、と前置き、

「ある意味誰でも冒険者になることが出来る。しかし、だからといってそれで命を落とすものが続出したら大問題に発展してしまうことは想像にたやすい」


 そういう文脈でいくと、

「なんかあるんですか? こう、テストみたいな」


 正解、と深二は指を鳴らす。


「どっかのクロゴキと違って、瞬くんは話が早くて助かるよ」


 石神さんもそんなにあおるなよ……と思いつつも、吾朗は深二が先ほど買い物に行ってきたらしい袋をあさり、見つけた果実を勝手にもしゃもしゃ食っていた。


 なんか否定も出来なくなってきていて、そっと瞬は視線をずらしておく。


「ご明察の通り、現実には冒険者として正式に認められるにはギルド連合が指定する認定ダンジョンを攻略する必要がある」

「はぁ……そうなんですか」


 ——ずいぶんと地球の方と似通った試験制度だなぁ。というかそこからどうやって今回の話に関係するんだろう。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、

「長くなったが話を戻そう。くだんの孫の目撃情報があったのは、つい今朝の話でね。その冒険者認定ダンジョンの中という訳だ」


 説明が一区切りついたとばかりに静けさが訪れ、え、これで終わりじゃないでしょと、たまらなくなった瞬が口を開く。


「あの……それで?」


 居所に目星がつくのなら、吾朗の台詞ではないが、とっとと探しに行ってくればいいはずだ。


「事が上手くいかないのはそこでね」


 再び手を組むと深二は、

「冒険者もその実力と実績によって上はSからEまでランクに分けられているんだが、その認定ダンジョンに挑む者の他にランク付きの冒険者の付き添いは認められない。そして、認定ダンジョンを無事攻略出来れば、挑戦者はすぐにEランク冒険者として認められる」


 ふんふん、なるほど。

 実力を試すダンジョンを攻略して初めて冒険者の端っこに加われるということか、




 ————ん? と、




 非常にイヤな予感がしてきた。


「認定ダンジョンに入れるのはだ。これに違反すれば連合の方から、違反した冒険者の所属ギルドに対し厳しい処罰が待っている。そして……残念ながらうちのギルドにはそういった人間を抱えていない」

「いや、あの……いや、ちょっと待ってくださいよ、まさか」


 勘弁してほしい。その最悪の想像が、








「——瞬くん、君にそのダンジョンに向かってもらいたい」



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