第10話 信じる者は足を掬われる?

 「51900オーロンか。では頼むぞ」

 「い、いや、そうしたいところなんですが、持ち合わせが──」

 「無いのか?」


 シュヴェールに再び会い、保釈のために必要な金額を伝えた際のやり取りだ。この後に『それは大金なのか?』とも言っていた。これにはオレに付き添って一緒に拘留場に足を運んでくれたグルトンも、面喰った表情を浮かべていた。この世界でそれが大金なのかは正直なところよく解らないが、少なくともオレにとっては大金だし、そんな質問が出た事自体がグルトンには驚きだったのだろう。


 オレにしてみれば、そもそもお前は何で無一文で酒場なんかに入ったんだと問い質したい場面だったが、今はそんな事より先にするべき事がある。それに、そもそも人間界から来たオレに『それは大金なのか?』などと訊ねる事自体が謎である。いったいコイツは今までどうやって暮らして来たのだろうか。




 オレが拘留場までの短い道のりで、同行してくれた副所長のグルトンに、確認さてもらった事がある。それは、シュヴェールが魔物を呼び寄せて、酒場を滅茶悪茶にした件の目撃者についてだ。


 グルトンの話では、目撃したのはフードを深く被った三人組で、魔物が不自然ににシュヴェールの周囲から現れて暴れ出したと証言している。他の客にも話を聞いたが、何ぶん酔っ払いたちが集まる酒場での突然の出来事だ。混乱した酔っ払いに詳しい事情を求めるのは酷な話だ。結局、その三人組からしか有力な情報は得られなかったと言う。


「グルトンさん、酒場での一件を目撃したと言うその三人組の特徴を、詳しく教えていただけませんか? フードを深く被っていた事以外で何か解る事はありませんか?」

 「ああ。証言をした女は小柄で深紅のお面をしていた様だ。トゥータの祭りで着ける様なお面だ。後の二人はエルフにしては異様なほどに体格の良い大男だったらしい──」

 「深紅のお面ですか」


 


 オレには引っ掛かる点があった。オレはそれを確認するために、再び拘留場へと足を運んだのだ。




 「もう戻って来たのか」

  

 瞑想中だったのだろう。床に背筋を伸ばして座っていたシュヴェールは、静かに目を開けてゆっくりとオレの顔を見上げた。視線を合わせるためにオレは床に腰を掛けた。グルトンは険しい表情でオレの横で立ったまま、片手にランプを持ち、もう片手は腰から下げた刀剣の柄に掛けられている。隣で座るオレにまでグルトンのシュヴェールに対する警戒心が伝わって来る様だ。


 「シュヴェールさんに確認したい事が幾つかあります」

 「何じゃ?」

 「まず最初に、ここから釈放された後には、私を元の世界へ戻してくれる事を約束してもらえますか?」

 「出来る限りの事をしよう」


 シュヴェールが薄い笑みを浮かべながら答える。限りなく「YES」に近いが厳密にはそうとも言い切れない答えだ。しかし、少なくとも「NO」では無い。この微笑みが妖艶な雰囲気に拍車を掛け、加えて相手が魔女だという事で、保安委員たちが彼女に対して必要以上に警戒心を強めているようにも感じる。だが、今のオレに出来る事は一つだけだ。


 「解りました。信じます。シュヴェールさんを」


 その答えを聞いた彼女は一瞬、驚いた様な表情を浮かべたがすぐにどす黒さを感じさせる笑みを見せた。


 「それからもう一つ。シュヴェールさんを、ここから出すために必要なお金の大半が何による費用か知っていますか?

 「さてな。何じゃ?」

 「酒場の修理費用です。それだけで5万オーロン掛かります」

 「修理費用?」

 「ええ。保安委員の方たちはあなたが魔物を呼び寄せて、酒場を滅茶苦茶にしたと考えています」


  シュヴェールは一瞬、鋭い視線をグルトンへ向けるが、すぐに視線を逸らすとため息を一つ漏らして続ける。


 「あの魔物たちは妾が呼んだものではない。ここに入れられる前にその者たちにもそう申したはずだ──」

 「その件は、目撃者もいるのだ」


 たまらずグルトンが反論するように割って入る。

 

 「馬鹿馬鹿しい。やっていないのを見る事など出来るはずがあるまい」

 「シュヴェールさん、あなたが魔物を呼び寄せたのを見たと言う三人組がいるのです。フードを被った三人組で、一人は深紅の仮面を着けた女性、あとの二人は体格の良いエルフだそうです」

 「!?」


 シュヴェールは怪しさ満載で全面的に信じて良い相手かは微妙だ。しかし、オレは思う。あの上から目線で世間知らずな彼女が、魔物を呼び出して酒場を破壊したとしたら、自分では無いなどと言う嘘を付くだろうか。それは無い気がする。きっと彼女なら『何か問題でもあるのか』と堂々と言い放つはずだ。


 「魔物を呼んだのがあなたで無いとすれば、誰の仕業なのか思い当たる相手はいますか?」

 「それは──無い」


 改めて確認しても彼女は酒場を荒らした魔物は、自分が呼び寄せたのでは無いとはっきりと否定した。オレは彼女を信じる。ただ、フードを被った三人組の件や、魔物を呼び寄せた真犯人について問い掛けた際の答えだけは、何故か歯切れの悪いいものだった。彼女は何かを感じていながらもそれを隠している。いったい何のために。


 いずれにしろ、まずは目撃者に会い、話を聞いてみる必要がある。そして、もし酒場を滅茶苦茶にした魔物がシュヴェールの手によるもので無いとなれば、酒場の修理代を支払う必要が無くなるはずだ。そうなれば、釈放代金と無銭飲食代金だけならオレにもどうにか出来る。


 「シュヴェールさん。私はこれから酒場での一件を目撃した方を探して、話を聞きに行って来ます。絶対に戻って来るので待っていてください」

 「サトウ──。いや、解った」


 何かを言い掛けて止めた様にも思えたシュヴェールは、オレから目を逸らすと『一刻も早くここから出せ』とだけ言い残し、興味を無くしたように目を閉じて瞑想を始めた。


 「グルトンさん、ありがとうございます。退室します」

 「了解した」


 グルトンは重々しい扉を開くとシュヴェールから目を離す事無く、先にオレを部屋から出すと続いて自分も速やかに退出し扉に鍵を掛けた。


 


 オレは所長室に戻りながらグルトンに問い掛けた。


 「グルトンさん、フードを被った三人組はまだ街にいるでしょうか?」

 「うむ。可能性はある。試しに宿屋を当たってみてはどうだろう。この街の宿屋は多くは無い。宿泊した形跡があるかも知れない」

 「なるほど。ありがとうございます」


 オレは急いで所長室へ戻るとシュヴェールとの話の内容を伝えた。そして、目撃者に会ってもう一度、その時の話を詳しく聞いてみたいと伝えた。話を聞いたナーゼは訝しげにオレを見ると、続けてミュルに視線を向ける。そして、酒の入った器を机に置いて『よしっ!』と一つ頷いた。


 「解った。もし、酒場を滅茶苦茶にしたのが本当にあの魔女でないと言うのなら、真犯人を見つけ出せ。そうすれば、釈放代金も無しであの魔女を放免する事を約束しよう!」

 「ありがとうございます!」

 「ただし、期限は明日の夕刻までだ。いいな?」

 「はい。解りました!」


 オレが頭を下げて部屋を出ようとすると、ミュルが徐に席を立ち背伸びをした。


 「どれ。少し酔を冷ますのに、儂もその辺を散歩がてらに付いて行くよ」

 「え? 所長とは久しぶりに会われたのに、いいんですか?」

 「久しぶりのノルイドだ。何なら今夜は宿を取るのもいいだろ。その方がナーゼともゆっくり飲み明かせるしな」

 「がはは。そう来なくちゃな。オレはここで待ってるから早く行って来い。追加の酒も用意しておく」


 ナーゼはそう言って豪快に笑うと、器に入った酒を一気に飲み干した。




 オレとミュルは街の入り口付近の何軒かの宿屋が建ち並ぶ場所を訪れた。ノルイドには三軒の宿屋と幾つかの民宿がある。宿屋にはランクの違いがあり、一軒はそこそこ高めの宿屋で、ほとんどが個室になっている。一階には品の良い食堂があり、宿泊客もどことなく品の良い客が多い。残りの二軒はいわゆる安宿で部屋は四人部屋と大部屋のみ。一階の酒場では軽い食事も提供しているが、あくまで腹が膨れるだけの食事だ。民宿については看板などがある訳では無いが、普通の民家の軒先にトゥータの祭りで使われる仮面をぶら下げているのが、客を受け入れる準備があると言う印になっていた。


 「よし、この辺から一軒ずつだな」

 「はい。じゃあ手分けをして当たりましょうか」


 オレとミュルは手分けして、安宿から一軒ずつ順に当たってみる事にした。

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