第十九話 黒幕の陰謀が明らかになりました


 避難が済み、人気の無くなった領都を歩いていた少女二人は、領主館から立ち昇る蒼い光と、黒炎となって消えていく大蛇の姿を見つけ、ほうと溜息を吐いた。

「やったのね、リイト」

 父が過ちに気づき、暴れていた怪人も倒された今、当面の脅威は消えたと考えていいだろう。少なくともマルティバのバランタイン家を乗っ取るという目的は、露と消えた事になる。

「怪人とリイトの戦いに巻き込まれる心配は無くなったけど、やっぱりドニさんが心配ね……」

「そうですわね、これだけの騒ぎが起きて戻ってこないというのも気になります。マルティバが連れ込んだ召喚術士達の事もありますし、急いだほうが良さそうですわ」

「そうね、あのニーズヘッグとかいう怪人が言っていた事も気になるし……」

 思い出すのはピルケの墓地で戦った怪人の言葉。

『これで『竜脈』の流れは掴んだ。後は源泉を辿って穴を開けるだけ、だ……』

『間もなくファブニール様はこの世界に顕現される。嬢ちゃん、テメェの故郷が聖地になるのサ』

 恐らく、邪竜帝国は源泉がバランタイン領の何処かにあることは感づいていたが、詳しい場所までは突き止められていなかったのだろう。だが、竜脈を辿ってクリム達がバランタイン領まで来たように、邪竜帝国も既に源泉の位置を突き止めている確率は高い。ミドガルズオルムとの戦いで時間を取られている事を考えると、既にファブニールの召喚は間近かも知れない。

「おーい! クリムさ~ん!」

 と、考え込んでいたクリムを呼ぶのは、気の抜けた男の声だった。

「ドニさん! 探したんですよ」

「あはは……。実は僕、迷子になっていまして」

 なんとも締まらない顔で言うドニに、クリムとブリュンヒルデは揃って肩を落とした。

「だから案内をつけると言いましたのに」

「いやはやお恥ずかしい……。と、そうですクリムさん! 召喚索引書サモナーズインデックスは持っていますか?」

「持っているけど……。もしかして何か見つけたんですか?」

「ええ、探索をしながら簡単な召喚術を使ってみたのですが、ある方角に近付くにつれ、効果が減衰していくんです。召喚索引書で調べて貰えませんか?」

 こんな時にも研究一筋なドニに感心しつつ呆れつつ、クリムは索引書を開くと精神を集中した。「これだから召喚術士は……」とでも言いたげな顔をしているブリュンヒルデの事は努めて無視をする。

「確かに、この辺りの魔力は薄いわね……もう少し深くまで調べてみます」

 更に意識を集中していくと、脳内にイメージされるのは、真っ逆さまに地下深くへと潜っていく竜脈の流れだ。おそらく竜脈と地表との距離が急激に離れていくことで、魔力の不足が起きているのだろう。つまり、

「この竜脈をたどっていけば、源泉の位置が分かるはずよ」

「ファブニールの召喚を阻止する為にも急がなくてはなりませんわね」

「その前にリイトを呼ばないと……」

 邪竜帝国にはまだ怪人が残っているかもしれない。また凶竜化された場合、リイトが居なければ対処不能になってしまう。

 そう思い領主館に向かおうとするクリムを引き止めたのはドニだ。

「事態は一刻を争います、ここは竜脈を辿るクリムさんと護衛として僕が源泉へ向かい、リイトさんへの連絡はブリュンヒルデさんにお願いするべきでしょう」

「……確かにそうね。ブリュンヒルデ、お願いできる?」

「分かりましたわ。リイト様の居場所は一目瞭然ですし、すぐに追いつけると思います」

「目印を作っておくから、それを追いかけてちょうだい。それじゃあ行きましょう」

 三人は頷き合うと、ブリュンヒルデは領主館へ、クリムとドニは竜脈を辿る事となった。

 竜脈は走り去るブリュンヒルデと反対方向、街の外れへと続いている。クリムは召喚索引書に精神を集中しながら歩き出したのだった。


                   ◆


「世界が危ないとはどういう事だ? ドニは何をしようとしている」

 グラムのコクピットを空け、巨人の掌に腰掛けたミネルヴァと対面したリイトの第一声はそれであった。

 ドミニク・ガーラントを捕まえる。

 ミネルヴァの発言は耳を疑うようなものだったが、仮面の下から覗く瞳は真剣そのもので、嘘や冗談を言っているようには聞こえなかった。

「彼の研究については知っているかしら?」

「…………何だったかな」

 複雑な召喚術の話になると、大抵の場合理解を放棄して別のことを考えていたリイトである。そんな話をしていた気がするが、全く覚えていない。

「彼の研究は『英霊の館ヴァルハラ』や『精霊界エレメンタリア』といった別次元を観測することよ。では何故そんな研究をしているのか……その真の目的が問題なの」

「ああ、それで竜脈の源泉を探していたのか。それで、その真の目的っていうのは何なんだ?」

「神降ろしよ」

 神降ろし――

 世界は薄い膜に覆われ、魔力の海である大断絶ギンヌンガガプの中に浮かんでいる。そして天国も同じように大断絶のどこかに浮かんでいるとされているのだ、ドニはその位置を観測し、パスを通してすることで神を降ろそうとしているということである。

 ミネルヴァは深刻な声音で言うが、リイトの理解が追いついていないことを悟ったのか、説明を続ける。

「ガーラント導師の神聖召喚術は見たでしょう? 神やその眷属というのは、分霊すら絶大な力を持つわ。そうした神の全てが現世に現れ、好き勝手振る舞うのよ? これは人類の危機だわ」

「だが、神なのだろう? 人類の味方ではないのか?」

 いまいちこの世界の宗教どころか、元の世界のソレすらよく知らないリイトにとって、神というのは善性の塊というイメージがある。むしろそれは良いことなのではないだろうか。

『私達の世界でも、神は背徳の都を燃やしつくしたり、堕落した人類を洪水で洗い流しています。データベースにある情報から判断するに、神とは勝手なものだと断定できます』

 答えたのはゲオルギウスだった。

 驚いた顔をしたミネルヴァだったが、リイトが自分の世界から来た仲間だと告げると、納得した顔で頷いた。この世界の人間は不思議に慣れているのだ。

「ゲオルギウスさんの言うとおりだわ。こっちの世界の神も似たようなものよ」

「制御はできないのか?」

「普通の召喚術で喚び出したなら、術者本人による制御は可能でしょう。でも、ガーラント導師にその気は無いでしょうね」

「……そもそもミネルヴァは何故、ドニの目的を知っているんだ? 今まで連絡がつかなかったことと関係があるのか?」

「ええ、クリムから送られてきていた研究の進捗がある日から届かなくなったの。暗号化されているし、紛失もままあることだからそこまで気にしなかったわ。それでも一応マルティバの関与を疑って、学院の人間を調べてみたの。そうしたら、ガーラント導師の研究室に不自然な金が流れ込んでいる証拠を見つけたのよ」

「まさか、マルティバからの賄賂か?」

「私もそう思ってガーラント導師の身辺を調査したわ。そしてある日、ガーラント導師とマルティバの密会現場を見てしまったの」

「なるほど、そこでドニの目的を知ったというワケか……待てよ、それじゃあファブニールを召喚しようとしてるのはどっちなんだ?」

 マルティバの目的はバランタイン家を乗っ取る事、ドニの目的は天国を現世に召喚する事。どちらも邪竜帝国と関係があるようには思えない。

「そこまでは分からないけど、どちらにせよガーラント導師を源泉に行かせるわけにはいかないわ」

『では、すぐに向かうとしましょう。迎えが来たようですから』

 ゲオルギウスに促されて見れば、コクピットに表示されるのはサブカメラが撮影した、必死に駆ける栗毛の少女騎士の姿。ブリュンヒルデだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

召喚術士ですが異世界の変身ヒーローを召喚してしまいました なみいちてる @tel731

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ