エピローグ

エピローグ

 アーサー王とマーリンは、キャメロットの宮廷で、言葉を交わす。


 「どんな方法でも構わない。私は、必ず、皆のことを、救い出してみせる」

 アーサーの決意の言葉に、マーリンがうなずいた。


 「ええ、私は、そのための努力を惜しむことはありません」

 彼女が、恭しく言うと、アーサー王に向き直った。


 「では、そろそろ、お別れと参りましょう」

 「マーリン」

 アーサー王は、魔法使いの手を取った。

 

 「俺は、おまえのことも、きっと、助けてみせる」

 「ふふ、英雄らしい答えね、アーサー」

 マーリンは、俺の知っている笑顔で応えた。


 「では、また、会いましょう」

 マーリンは、すっと、身をひるがえした。

 すぐに、彼女の姿は、いずこともなく、かき消えた。


 「あの海を越えた、ずっと西の地。常若とこわかの国で待っているわ」




 桜の花びらが、一気に舞い散った。

 あの、いつかの夢で見た、アヴァロンのように。


 二次元同好会キャメロットの部室の窓から、風が吹き込み、カーテンがたなびく。

 金色の髪が揺れる。

 緑色のローブの少女が、俺を見つめる。


 「アーサー」

 マーリンが、微笑とともに、言った。

 「おかえりなさい」


 彼女の姿は、すでに、くっきりとしている。

 半透明になっていた時とは違う。

 この世界に、たしかに彼女はいるんだと、はっきり感じられる。


 それでも、俺は、彼女の手を取らずにはいられなかった。

 小さな手は、はっきりと実体を持っている。

 

 「やった!」

 俺は、つぶやくと、マーリンの身体を抱きしめた。

 「やった! やったな!」

 「ちょ、やめなさいよ、バカ!」


 しかし、俺は、聞く耳を持たなかった。

 彼女は生きている。

 聖杯の儀式は成功して、俺たちは、ついに、自由になれたんだ。


 キャメロットの部室の中に、みんながいる。

 俺たちの、大切な、二次元同好会キャメロット。

 趣味の話をして盛り上がる、大切な、仲間たちの場所だった。


 「アーサー」

 もゆるが、俺の袖をぐいっと引っ張る。

 「アーサー、マーリン、離れて」

 そして、俺たちのあいだに、無理やり割り込んでくる。

 

 従妹ににらみつけられ、俺は、思ったより長い時間、マーリンを抱きしめていたことに気づいたのだった。

 

 「まだ、私との話は終わってない」

 もゆるが言った。

 「約束したでしょう」

 「あ、うん」

 俺は、すでに、答えを伝えたけれど、もゆるは、なおも、そう言ったのだった。


 「それと、マーリンにも、話があるから」

 もゆるが、マーリンを険しい表情で見て言った。

 「ええ。そうね」

 マーリンは、肩をすくめた。

 おそらく、モルドレッドとして、モルガンの娘として生まれた前世と、現世でのこと……かなり、ややこしいことになるに違いない。


 そのことに思い至り、俺がどうすべきか、声をかけるべきか、迷っていると。


 「ありがとう、アーサー」

 槍多そうだが、美亜みあと手を取り合って言った。


 「幸せになりましょうね、私達」

 美亜の言葉に、俺は、うなずいた。

 「ああ、今度こそな」

 美亜は、あの、柔らかな笑みを浮かべた。


 「なあ、アーサー! 俺には、伝説のすげえ美人の彼女とか、できないのかよ!」

 賀上がうえが、俺にしがみついてくる。

 「そんなこと言われてもなあ」

 「なんでだよ! どうして、俺だけ、一人なんだよ!」

 絶叫する賀上は、相変わらずうるさい。


 「そうだ、もゆるちゃん!」

 もゆるは、マーリンと一触即発になりそうな感じだったのだが。

 賀上は、もゆるのほうに、なにも気にしない様子で近づいていく。

 

 「もゆるちゃんって、実は、俺の好みなんだよ!」

 「え……?」

 もゆるが、警戒するように後ずさる。

 「最初はマーリンちゃんも、『ようじょもるがん』たんに似てると思った。だけど、幼い感じが、より似てるのは、もゆるちゃんだ!」


 そうだった。

 賀上は、『七王国しちおうこくのエクスカリバー』の、「ようじょもるがん」というキャラクターが大好きなのである。

 それに加えて。


 「ガーターベルトをつけてくれ! こうなったら、もゆるちゃんが、ガーターベルトをつけてくれさえしたら、俺はもう、それだけで満足する!」

 ガーターベルトフェチで、常に持ち歩いているのであった。


 もゆるは、迫りくる賀上から、ガーターベルトを奪うと、思いきり、スナップをきかせ、ひっぱたいた。

 「ああ、もっとだ、もっと! ガーターベルトで、俺を殴ってくれ……ぐはっ!」

 今度は、もゆるは、グーでパンチした。

 賀上はぶっ飛ばされて倒れる。


 従妹の貞操は、俺が心配しなくても、守られるみたいだ。

 よかった。


 マーリンは、その様子を冷たい目で見つめる。

 「本当に、バカね、あなたたちは」

 けれど、言葉とは裏腹に、その表情は優しかった。


 「なあ、マーリン」

 俺は、そっと、魔法使いに聞いた。

 「これから、どうするつもりなんだ?」

 俺たちの、前世の呪いは、解くことができた。

 だから、マーリンの使命は、これで果たされている。

 

 「さあ……」

 マーリンは、首を振った。

 「特に、何も決めていなかったわ」

 「そうか」

 俺は、安堵した。

 自然と、笑みがこぼれる。


 「なんで、笑ってるの?」

 「いや」

 もう、彼女と、離れ離れにならなくてすむ。

 そのことが、実感できたからだ。


 「じゃあ、改めて」

 俺は、背筋を伸ばす。

 そして、マーリンに手を差し出した。

 「もう一度、来てくれないか? 俺たちの宮廷……キャメロットへ」

 

 マーリンは、いつも通りの、底の知れない笑みを浮かべた。

 そして、俺の手を取った。

 「私は、あなたとともにあるわ。これからも」

  

 オタサーの姫。

 魔性の女と呼ばれ、コミュニティに崩壊をもたらすとされる存在。

 だけど、俺は、彼女を愛するだろう。

 アーサー王が、不滅の王と言われたように。

 ずっと、いつまでも。


(終わり)

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アーサー王とオタサーの姫 森水鷲葉 @morimizushuba

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