第19話「アーサー王の子」

 アーサー王が、ランスロットとの戦いで、キャメロットを留守にした時のこと。

 モルドレッドは、ついに、反乱を起こした。


 モルドレッドの謀反は、計画的なものだった。

 多くの騎士が、モルドレッドに味方した。


 「もはや、アーサー王に、かつての力はない。私が新たな国を築く」

 モルドレッドの言葉に、多くの者たちが、耳を貸した。

 

 王妃グィネヴィアを、湖の騎士ランスロットに奪われたアーサー王。

 そんな王よりも、若く、武勲の誉れ高き、モルドレッドの強く新しい国を。

 騎士たちは、モルドレッドに大義ありと考えたのである。


 モルドレッドの謀反により、アーサー王は、国を奪われる。


 そして、やがて、決戦により、アーサー王とモルドレッドは邂逅する。


 「モルドレッド!」

 激しい戦いで、モルドレッドは多くの傷を受けていた。

 しかし、アーサー王も同じであった。


 モルドレッドは、黒い剣を振るい、アーサー王の頭へと、致命傷を与える。

 しかし、アーサー王のエクスカリバーもまた、モルドレッドを刺し貫いた。


 「アーサー王よ」

 モルドレッドは、死の間際になって、言った。

 「予言の通りになったようだ。やはり、私は、あなたの……」


 モルドレッドは、地に倒れ、アーサー王も、倒れたのだった。




 目覚めたとき、俺は一人だった。

 マーリンは、きっと、また、なんとかしてくれたのだろう。

 けれど、彼女の姿は、どこにもなかった。


 自室のベッドから、這い出して、窓の外を眺める。

 月が昇っている。


 どうして、このタイミングで、あの夢なんだろう。

 

 俺は、もゆるにも、前世のことを説明した。

 けれど、わかってくれたかどうか、わからない。

 

 もしも、前世と同じようなことを繰り返してしまうのであれば、俺は、また、もゆるに殺されてしまうのだろうか。

 だけど、それは、もう嫌だった。


 もう一度、会いたい。

 きちんと説明して、もゆるに、味方になってもらうんだ。

 賀上がうえだって、前世の力を発揮していた。

 少しずつ、思い出すことができるはずだ。


 聖杯に集めるべき血を、まずは、集めないといけない。

 もう、こんなことを、終わらせるためにも。


 携帯が着信した。

 とっさに身構え、見ると、メールの送信者はもゆるだった。

 

 『アーサーと話がしたい。明日の朝、公園に来て』

 そう、短く書いてあった。

 俺は、『了解』とだけ、短く返信した。

 

 朝になっても、相変わらず、マーリンの姿はなかった。

 (もしかしたら、また、反対したかもな)

 でも、俺の行動を無理やり邪魔することはないだろう。


 俺は、ひとりで、公園に向かった。

 もゆるの言う場所は、あの思い出の公園で間違いなかった。


 「アーサー」

 もゆるは、俺に駆け寄ってきた。


 「すぐに信じられなくてごめんね」

 もゆるは、今にも泣きそうだった。

 「私、思い出したよ。アーサーの言ってた、前世は本当だったんだね」

 「ああ、本当なんだ」

 俺はうなずいた。


 「ごめんな、もゆる。前世の俺が、おまえのことを……」

 どうしても、俺は、前世の自分の行動が許せなかった。

 まだ赤ん坊だったモルドレッドのことを殺そうとした、アーサー王のことが。


 「あのね、アーサー」

 もゆるは、優しい口調で言った。


 「私は、モルドレッドは、アーサー王のことを、王として慕っていたの。だって、みんなに愛されていた、尊敬されていた王様なんだよ。きっと、誇りにも思っていた。だけど」

 もゆるが目を伏せる。

 「でも、やっぱり、自分を捨てたことを、許せなかったの。モルドレッドは、父親であるアーサー王に認められるために、強引にでも、国を奪い取って、自分こそが、偉大な王の後継者としてふさわしいと、示そうとしていたの」

 「そのせいで、予言の通りになってしまったんだな」

 もゆるはうなずいた。

 「本当は、あんな結末、望んでいなかった。私はただ」

 俺を見上げるもゆるの瞳が揺れる。


 「私は、ただ、あなたに愛されたかったの」

 もゆるが、俺のことを抱きしめた。

 「ごめん。俺は、アーサー王は、あんなひどいことを」

 今、もゆるに謝っても、前世のことは消えない。

 それでも、伝えたかった。


 「ううん、もう、いいんだよ」

 もゆるは、俺の胸に顔をうずめて、首を振った。

 「だって」

 顔をあげて、従妹は、泣きそうな顔で言った。


 「きっと、あなたは、私を選んではくれないでしょうから」


 もゆるの手には、剣が握られていた。

 あの、アーサー王を斬った、黒い剣だった。


 「もゆる、よせ!」

 彼女の行動の意味に気づいて、俺は叫んだ。

 

 「私は、前世でも、現世でも、アーサーには、選んでもらえないんだよね」

 「やめろ!」

 俺は後ずさった。

 こんな時に、殺されているわけにはいかなかった。


 もゆるの剣が、大きく振り下ろされる。

 公園の地面がえぐれる。

 俺は、全力で、走り出した。


 「アーサー! 待って、アーサー!」

 もゆるの声が聞こえる。


 なんとかするしかない。

 もゆるを落ち着かせて、きちんと説得するんだ。

 そのためには、今は、逃げないとダメだ!


 携帯が鳴った。

 驚いて、取り落としそうになる。

 「美亜みあ⁉」


 「すぐに来て、アーサー」

 美亜の声は落ち着いていたが、何かが起こっているのはたしかだった。

 「どうしたんだ、いったい!」

 「キャメロットに助けに来て」

 電話は切れた。


 もゆるは、振り返っても、姿が見えない。

 うまく、まくことができたのかもしれない。


 そのまま、俺は、キャメロットの部室に、全力疾走した。


 

 キャメロットの部室の近くについたとき、すでに、怒鳴り声が聞こえてきていた。

 男二人のものだった。


 「賀上がうえ! 槍多そうだ!」

 急いで、部屋に入ると、美亜の前に、槍多が立ちはだかっている。

 賀上の背中に、俺は話しかける。


 「どうしたんだ、賀上」

 「どうもこうもねえよ、アーサー! 俺は、美亜のことが許せないんだ」

 「君には関係ないと言ったはずだ」

 槍多が、厳しい口調で言う。


 「そんなことねえ。俺は、友達を裏切るような女を放置しておけないだけだ」

 賀上は、美亜への強い怒りを口にした。

 こいつ、また、このパターンか⁉


 「こいつは、王妃グィネヴィアと同じなんだ。自分の夫である、アーサー王を裏切ったように、美亜は、おまえを裏切ったんだよ!」


 「ねえ、アーサー。あなたが賀上君を止めて。このままじゃ、槍多君が……」

 美亜が、俺に訴えてくる。

 

 美亜は、もはや、槍多と自分のことしか考えていないのだろう。

 俺の気持ちなんて、考慮していない。

 だから、この場に呼ぶこともできたんだ。


 でも、俺は、賀上の腕を引く。

 「落ち着けよ、賀上!」

 それでも、美亜のことを傷つけられるのは嫌だった。


 (俺だって、アーサー王だって、きっと、王妃グィネヴィアを傷つけたんじゃないか?)

 モルドレッドは、アーサー王の不義によって生まれた子だった。

 アーサー王だって、グィネヴィアを裏切ったと言える。


 モルゴースの姿が、記憶に蘇る。

 その時、あの金色の髪が、美しい顔が、見慣れた人物のものと重なる。

 (マーリン⁉)

 以前の夢で、モルガン・ル・フェイが、関わっていたような気がした。

 でも、今、はっきりとわかった。

 (彼女はマーリンで、モルドレッドは、俺とあいつの娘、なのか?)


 「放せ、アーサー!」

 賀上の声で、俺は、白昼夢から、現実に引き戻された。


 「美亜が悪いんだ。槍多だって、悪いけど。でも、一番悪いのは美亜だ」

 賀上がわめき散らす。

 「俺たちを、俺たちのキャメロットは、こいつのせいで、壊されたんだよ!」

 「いや、俺たちは……」


 賀上の……ガウェインの視点から見たら、モルゴースとのことは知らないはずだった。

 だけど、もしかすると、あれは、マーリン……モルガン・ル・フェイで、モルゴース本人じゃなかったのかもしれない。


 「美亜は、二股をかけていたことを、前世でも現世でも悪いと思ってない。こいつは、心底、見下げ果てた女だよ。追放すべきだったのは、ランスロットじゃない。グィネヴィアだったんだ」

 「やめてくれよ、賀上」

 「アーサー、悔しくないのか! また、裏切られるのに! こいつは、また、俺たちのキャメロットを潰しちまう!」

 

 賀上は、俺を一瞬で振りほどいた。

 突き飛ばされて、俺は、よろめいてなんとか体勢を立て直す。

 「賀上、もしかして……」

 ガウェインは、午前中は三倍の力を発揮する。

 だから、その力を、今、賀上が使っているのだとしたら。


 「美亜に手を出すな!」

 先に動いたのは、槍多だった。

 槍多の手に、握られていたのは、あの剣……エクスカリバーだった。

 美亜が持っていたのと同じ、本物のエクスカリバーであった。


 「どけよ、槍多」

 賀上の手にも、剣が握られている。

 「俺は、今なら、おまえを倒せるんだぜ。太陽の力が、俺に宿っているんだ」

 「だから、よけいに、君を通すわけにいかない」

 

 「美亜、なんで、槍多にエクスカリバーを渡したんだ! これじゃ、まるで」

 「ええ、そうよ」

 俺の問いに、美亜はうなずいた。

 「きっと、これも、避けられないことなのよ」


 「うおおおっ!」

 賀上の動きより、槍多のほうが、はるかに洗練されている。

 槍多のエクスカリバーが、賀上の剣を防ぎ切った。

 けれど、賀上も、まったく負けていなかった。


 「剣を捨ててくれ、賀上君。君は、友達だ」

 賀上は、聞かなかった。

 そのまま、剣を振りかぶって、前に進む。


 俺は、槍多のエクスカリバーの動きを、はっきりととらえることができた。

 でも、あいにくと、俺の手には、剣はなかった。


 「アーサー! どうして!」

 槍多が、驚愕の表情を向ける。

 「もう、おまえたちの、争いは……見たくないんだ」

 俺は、賀上の前に出て、自分の身体でエクスカリバーを受けた。

 

 「アーサー!」

 賀上が叫んでいるのが聞こえる。


 身体が、前のめりに倒れる。

 一瞬だけ、美亜と目があった。

 彼女は、表情を変えなかった。

 

 そのまま、俺は、真っ暗な、奈落の底に向かって、落ちていった。

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