第17話「騎士ガウェイン」

 円卓の騎士ガウェインは、実直で豪快なことで知られる騎士であった。

 ガウェインは、アーサー王の甥でもある。

 だが、単純に王の親戚だから重用されたわけではなく、武勲をあげる実力で評価されていたのである。

 ガウェインは、太陽の加護を受けていたという。

 ゆえに、午前中は、普段の三倍の力を出すことができたらしい。

 だから、正午までの間は、ガウェインは、間違いなくキャメロットで最強だった。

 

 そして、ガウェインは、アーサー王の盟友、ロト王とその妃、モルゴースとの息子だった。

 モルゴースは、アーサーの異父姉である。

 

 (アーサー王はガウェインに対してどう思っていたんだろう)

 アーサー王とモルゴースが不義の関係を持った後、ガウェインは、そのことを知っていたのだろうか。

 姉弟でもある、自分の母親と主君のあいだに、子どもまで生まれていたなんて、複雑すぎるだろう。


 ガウェインは、最後、ランスロットと対立してしまった。

 二人は良きライバル関係にあり、ともに、円卓の騎士のなかで、抜きんでた存在だった。

 しかし、最後は、戦うことになってしまった。

 

 キャメロットの宮廷で、アーサー王とガウェインが話している。

 「どうぞご心配なく、王よ」

 明るく屈託のない笑みでガウェインが言った。

 「私がついています。どのような窮地にあっても、アーサー王をお守りします」


 ガウェインと賀上がうえの顔が重なる。

 ランスロットと対立したのも、アーサー王を思ってのことだ。

 だったら、ガウェインとアーサーが、きちんと話をしていたら……。

 仲間同士で、戦わなくてもすんだんじゃないだろうか。


 


 目が覚めた時、俺は自宅にいた。


 槍多そうだは、前世のことを思い出している。

 そして、おそらくは美亜みあも。


 「なあ、マーリン」

 すぐそばで、俺が目覚めるのを待っていてくれた魔法使いに、俺は話しかける。

 「今回のこと、賀上に相談できないかな」

 「どうして?」

 マーリンが問い返す。心なしか冷ややかな物言いだった。

 「アーサー王が、ガウェインにも、自分のしたことを打ち明けられなかったのはわかる。でも、今回、俺たちの時代では、賀上は、ある意味では第三者の立場だろ」

 「ガウェインが、あなたの友達だから、助けてくれるっていうの?」

 マーリンの声音には、呆れが混じっているような感じがした。

 「無駄だと思うけど。このあいだみたいに、事態をひっかきまわすのがオチよ」

 俺と、美亜と、槍多の関係に、賀上が口出したときのことだった。

 賀上には関係ないと言って、美亜は反発した。

 美亜のあの言い方はよくないと思ったけど、賀上が関係ないっていうのは事実だった。


 「美亜のことは、俺がなんとかしなきゃいけない。でも、賀上は、俺のことを思ってくれていたんだ」

 「そうとも限らないと思うけど。『オタサーの姫』への嫌悪感じゃないの?」

 「マーリン、おまえ、どうしていつも、そういう言い方しかできないんだよ」

 「私は事実を言っているだけよ、アーサー」

 俺は、なるべく冷静になるよう、努めて言った。

 「だとしても、賀上だって前世のことを共有している仲間だろ。そして、俺たちのキャメロットの仲間でもある」

 だからこそ、と、思う。

 「聖杯に血を集めるときに、どのみち、賀上にも協力を要請することにはなる。それなら、早く、前世のことを説明したほうがいいと思うんだ」

 そして、今度こそ、行き違いで、賀上と槍多や美亜がもめないでほしいという気持ちもあった。

 

 「あなたの言いたいことは、だいたい、わかったわ」

 マーリンは息をついた。

 「ただ、無駄だとは思うけどね」

 「だから、なんでだよ」

 「ガウェインは、役に立たないわよ、アーサー」

 マーリンは、いつものように、答えにならないことを言う。

 

 「俺は、おまえよりは、ましだと思うけどな」

 つい、そんな言葉が口を突いて出る。

 しまった、と、思った時には、すでに遅かった。


 「じゃあ、勝手にすれば」

 マーリンは、一瞬のうちに、どこかに姿を消した。

 さっきまで、たしかにそこにいたのに、もう、彼女はいなかった。


 マーリンは、俺の周囲の奴らに冷たい。

 俺にだって、優しくはない……表面上は。

 でも、あきらかに、態度が違うのはわかる。

 

 (なんでなんだろうな)

 そのことを、悲しく思う。

 自分の友達や仲間には、仲良くしていてほしいと思ってはいけないのだろうか?

 

 しかし、今回は、マーリンの協力は得られそうにない。

 賀上への説得は、俺が自分でするしかないのだ。

 

 賀上と二人で話すのなら、キャメロットの部室じゃないほうがいい。

 俺は、携帯を取り出した。



 待ち合わせ場所に指定したのは、賀上と初めて会った時、槍多と三人で行ったゲーセンだった。

 賀上は、1ゲーム終えたところだったようだ。

 スコアがゲームの画面に表示される。

 高得点と一緒に、騎士ガウェインが勝利のポーズを取っている。


 『七王国しちおうこくのエクスカリバー』のアーケード版。

 俺たちの「二次元同好会キャメロット」も、このゲームがきっかけで始まったのだ。


 「ひさしぶりに対戦するか?」

 賀上が言った。

 「いや、今はいいよ。それより、話なんだけどさ」

 「わざわざ、こんなところに呼び出して、どうした?」

 賀上には、二人で話そうと言って、ここに来てもらっている。

 

 いろいろと、言いづらいこともあったが、まずは、前世のことを説明しないといけない。

 俺たちが、それぞれ、アーサー王とガウェインだったというと、案の定、賀上は、すぐには信じてはくれなかった。


 「なんだそれ、どういう種類の冗談だよ」

 無理もないだろう。

 俺だって、最初にマーリンに会った時は意味がわからなかった。


 「本当なんだ。マーリンだって、実は本物の魔法使いマーリンなんだ」

 「女の子じゃねえか」

 「実は、それは」

 マーリンは、モルガン・ル・フェイでもあるってこと、言ってもいいんだろうか。

 「じゃあ、美亜はグィネヴィアだとでも言うのかよ」

 俺はうなずいた。

 

 「僕もランスロットだ」

 突然の声に、驚いて振り向くと槍多がいる。

 

 「槍多までどうしたんだよ?」

 怪訝な顔で賀上が言う。

  

 「槍多、なんでここにいる?」

 「ここは、僕たちが初めて一緒に遊んだ思い出の場所だよね」

 たしかに、その通りだった。

 だから、こいつがいるのも不自然ではない。


 「懐かしいね。『二次元同好会キャメロット』も、ここから始まったんだ」

 そう言って、槍多は、俺を見た。

 「アーサー。正直言って、君には、複雑な気持ちを持ってる。そして、賀上君にも」

 槍多……ランスロットの視点から見たら、また、違ったものが見えるのは確かだった。

 それに、俺の知らない記憶も、きっとあるだろう。

 

 「なあ、槍多」

 槍多は、俺には答えないで続けた。

 「ただ、僕は、賀上君とは、ランスロットとガウェインとして、もう一度、勝負をしたいと思っている。それさえ済めば、現世では、友達としてやっていけると思うんだ」

 

 「勝負か……。実は、俺も、おまえに負けっぱなしは嫌だと思って、ずっと練習していたんだ」

 ゲーム画面でガウェインが倒したのは、ランスロットだった。

 これは、よそのゲーセンにいる別の誰かの操作するキャラだけど、賀上は、槍多の持ちキャラのランスロットの戦術の研究をしていたんだろう。


 「前世とか、なんのことかよくわからないけどさ。勝負は勝負だからな。受けて立つぜ」

 「ありがとう」

 槍多は、賀上の隣に陣取った。


 「見ていてくれ、アーサー」

 俺が話しかける前に、槍多は宣言した。

 「君にも見ていてほしい。僕たちの戦いの立会人になってくれ」

 「決闘って、立会人も含めて犯罪になるらしいぜ」

 賀上は軽口をたたく。

 「でも、ゲームだから、問題ないよな」

 「ああ」

 俺はうなずいた。


 そうして、賀上と、槍多は、バトルを開始した。


 槍多は、『七王国』では有名な天才ゲーマーである。

 俺も、対戦して、勝ったことは、実は一度もない。

 

 ゲームの中のランスロットは、滑らかな動きで、ガウェインを翻弄する。

 ダメージは一方的に叩き込まれて、ガウェインのHPが減っていく。

 そして、ランスロットの技が発動する。

 ガウェインが、剣戟とエフェクトに巻き込まれて吹き飛ばされる。

 対戦時間は、通常の半分程度で、ランスロットが勝利した。


 「もう一度だ!」

 賀上が言った。

 槍多はそれに応じる。


 ガウェインの連戦連敗が続いた。

 「ちっ、ランキングが下がっちまう」

 そう言いつつも、賀上は対戦をやめなかった。


 力の差が歴然としているとはいえ、賀上のゲームの腕は、上がっている様子だった。

 以前は、槍多のランスロットがノーダメージで勝つこともざらだったのだが、今日は、ガウェイン側からも多少の攻撃は通っている。

 

 「畜生め!」

 それでも、連敗する中、賀上は、突如として、猛スピードでボタンを連打する。


 あまりにも速くて、指先が見えないほどだった。

 「賀上、まさか……」

 ガウェインは、午前中は、普段の三倍の力を出すことができる。

 

 賀上のスピードは、人間離れしていた。

 もしかすると、これが、前世の力かもしれない。


 ゲームの中でも、ガウェインは、ランスロットの攻撃を防ぎきる。

 避けたりということはせず、全部、攻撃を剣で受けきっているのだ。

 

 これまで、見たこともないスピードの攻撃が、ランスロットを襲う。

 そして、ガウェインの大技が発動する。


 「よっしゃあ!」

 信じられなかった。

 ガウェインが、ランスロットに勝っていたのだ。


 だが、もうひとつ、信じられないことが起きていた。

 「賀上、それ!」

 「ん?」

 ゲーム機は、賀上の猛スピードのボタン連打に耐えられなかった。

 ゲームの筐体の一部が破壊され、中の機械が露出している。


 「うおお、あっちい!」

 賀上は慌ててゲーム機から離れる。

 壊れた機械がバチバチと火花を立てている。


 「お客様……」

 俺たちの背後には、店長とおぼしき人物が仁王立ちしていた。

 「に、逃げろ!」

 俺たちは、全員そろって、ゲーセンを飛び出した。


 「あのゲーセン、当分、出禁になっちまったな……」

 「学校を突き止められたら、ゲーム機の弁償させられるかもね」

 肩を落とす賀上に、槍多が追い打ちする。

 「ええっ!? 事故だろ、あれは! それに、俺だけのせいじゃねえよな!」

 「まあ、今回については、連帯責任だよな」

 俺は、賀上が騒いで、同人即売会を追い出された時のことを思い出す。


 「ともかく、これで、俺の勝ちだ。な、アーサー」

 「ああ、そうだな」

 賀上の一勝何百敗かわからないが。

 「今度は、負けないよ」

 槍多は、賀上と、しっかりと握手を交わす。

 

 槍多は笑っていた。

 賀上も、俺も、笑った。

 

 「おまえたちの言ってたこと、本当かもしれないな」

 賀上が、自分の腕を見つめて言った。

 「前世とか、厨二病くさいけど、やっぱ俺、ガウェインなのか?」

 まだ、記憶は戻ってきていないようだ。

 でも、賀上は、前世のことを信じ始めていた。


 そのまま、三人でキャメロットの部室に向かう。

 きっと、俺たちは、わかりあえる。

 そう信じていたのだが。


 緑色のローブが翻り、俺の彼女に、マーリンが刃物を突き付けていた。

 反射的に飛び出したときには、俺が代わりに刃を受けていた。

 そして、その後は、目の前の、美亜の驚いた顔しか、憶えていない。

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