第15話「約束」

 モルドレッドは、アーサー王に対して、複雑な思いを抱いていたらしい。

 偉大な王でありながら、自分を捨てた父であると。


 成長して騎士となったモルドレッドは、仮面をつけ、出自を隠して、アーサーに仕える。

 だが、アーサー王は、モルドレッドの正体に気づかなかった。

 

 石造りの城のどこかで。


 「アーサー王よ、私に気づいてくださらないのなら」

 仮面の下、くぐもった声に、誰かが影の中から応える。

 「だったら、あなたの思うとおりにするといいわ」

 影の中から現れたのは、モルガン・ル・フェイだった。


 モルドレッドは驚いた様子を見せることなく、モルガンにうなずいた。

 「私は、私の思うことをやってのける。そのためには、あなたの力が必要だ」

 モルガンは、微笑を浮かべた。

 

 モルドレッドは、宮廷を転覆させる決意をしたのだ。


 俺には、止める手立てはない。

 ただ、前世の様子を、見ているほかはない。


 やがて、モルドレッドは、グィネヴィアとランスロットの密通の現場を押さえる。

 二人の不義を、公に暴き立てるために。

 その影には、モルガン・ル・フェイの姿があったのだった。




 目覚めた時、俺は、自分の部屋に一人だった。

 マーリンはいない。

 (どうして、モルガンは、モルドレッドにあんなことを持ちかけたんだ?)

 本人に確認を取りたかったが、今は、そうすることはできなかった。

 

 そもそも、モルガンは、アーサー王に対して、敵か味方かわからない態度を取っていた。

 マーリンがモルガンだとわかった今になっても、不明なことは多い。

 

 (でも、あいつのことだから、何か理由があるんだろう)

 俺は、マーリンを信じたいと思う。

 

 そして、今、俺にできることは。


 俺を、前回、殺したのは、もゆるだった。

 キャメロットのメンバー全員と、聖杯の話がしたかったけど、なにもできなかった。

 

 美亜みあの言葉も気になる。

 だけど、また、もゆるに殺されるようなことがあるのは嫌だった。


 そのためには、モルドレッドとの前世の因縁を、しっかり断ち切らないといけないのかもしれない。

 

 (もとはといえば、アーサー王……俺が、海に捨てたのがいけないんだしな)

 いくら、自分を殺して王位を奪うという予言を受けたとはいえ、自分の子どもを殺していいはずがない。

 しかも、相手は、まだ、赤ん坊だったのだ。


 そして、もゆるとのことも。

 しっかり、もゆると向き合わないといけない。

 俺のことを好きだって言ってくれる、あいつのことを、放っておくことはできない。

 なし崩しにはできないんだ。


 美亜についても、向き合うのを避けることはできない。

 だけど、先に、こっちの決着をつけておきたい。

 もしかしたら、今、美亜と顔を合わせるのが怖いのかもしれないけど。


 今日は、学校は休みだった。

 時間の感覚が、かなりおかしくなっている。

 俺は、もゆるの家に向かうことにする。


 幸いにも、もゆるは、あれ以来、俺の家に押しかけてくることはなくなっている。

 マーリンがいるから、というのもあるかもしれない。

 もゆるには、マーリンは、相変わらず、うさんくさい存在のはずだ。

 親戚だというふうにごり押ししているが、まだ信じていないような気がする。


 でも。

 (いつかは、仲良くなってほしいよな)

 


 俺の家のすぐ近所に、もゆるの家はある。


 あいつの話では、一人で暮らしてるってことだった。

 (ちゃんと飯、食ってるのかな)

 そんな話をする暇もなかった。

 

 玄関のチャイムを鳴らすと、しばらくして、もゆるが現れる。

 

 「アーサー、どうしたの?」

 もゆるは、驚いていたが、うれしそうにはにかんだ。

 

 「なあ、もゆる」

 意を決して言った。

 「俺のことを殴れ」

 「え?」

 もゆるがきょとんとする。

 無理もないが、これは、けじめだと思う。


 「もゆる、これから話すのは、全部本当の事なんだ」

 俺は、もゆるに、前世の話を始めた。

 もゆるがモルドレッドで、俺がアーサー王であること。

 前世では、敵同士になってしまったこと、本当は親子だったことなど。


 俺の話を黙って聞いてから、もゆるは、苦笑を浮かべた。

 「なんだか、よくわからないよ」

 「信じてないのか?」

 「ううん、アーサーがする話には、意味があるんだと思う」

 

 もゆるは、真剣な表情で、俺を見つめた。

 「それよりも、私とアーサーの約束の方が、私には大事だけどね」

 「約束?」

 「アーサーって、いつも、そうだよね」

 あきれたように言われ、ようやく思い出した。

 「もしかして、結婚の話か?」

 そう、再会した時にも、もゆるはそう言っていた。


 「だけど、あれは、子どものころの話じゃないか」

 「でも、現実の話だよね。アーサーがしてた前世の話より最近のことだと思うよ」

 もゆるの言葉に、俺は返す言葉を失う。

 たしかに、そうかもしれない、だが……。

 

 (そもそも、なんで、俺はそんな約束をしたんだ?)

 そんな約束したら、もゆるが本気にすることくらいわかりきっている。

 なのに、どうして俺は無責任な……。


 「ついてきて」

 もゆるに言われ、俺は、公園へと向かった。

 よく、二人で遊んだ近所の公園だった。


 遊具はすっかり小さくなって見える。

 ブランコも、滑り台も。

 たしか、よく、二人で、あの滑り台に上って、周囲を見渡したっけ。


 「あっ」

 懐かしい場所に立ち、俺は、ようやく思い出した。



 引っ越しの当日のことだった。

 もゆるは、家を飛び出し、この公園にやってきていた。

 「どうせ、ここだと思ったんだ」

 そんなに遠くまでいけるわけないから、心当たりを探していたのだ。


 「アーサー、私達、もう、会えないんだね」

 泣きながら、もゆるが言った。

 嗚咽で、声がとぎれとぎれになる。

 「おおげさだな、二度と会えないわけじゃないだろ」

 でも、これまでみたいに、毎日会えるわけじゃないのはわかっていた。

 正直言って、俺だって寂しかった。

 でも、そんな態度は見せないほうがいい。


 「アーサー、約束して」

 幼いもゆるは、俺に言った。

 「いつか、私と、結婚して」

 「……うん」

 もゆるが泣き止んでくれるなら、と思った。

 「また、絶対に会えるからな。だから、もう泣くな」

 

 俺の考えに反し、もゆるはすぐには泣き止まなかった。

 かえって、激しく泣いてしまったもゆるに、どう対処していいかわからなくなった。

 でも、手をつないで、家に近づいていくうち、もゆるは泣き止み、最後は笑顔になった。

 そして、元気に引っ越しを見送ることができたのだった。

 


 その後は、いろいろあって、俺たちは、連絡もあまりとらずに過ごしていた。

 だから、約束のことも、ずっと忘れていた。

 「でも、俺たちは、親戚、従兄妹なんだぞ」

 「従兄妹でも結婚できるんだよ」

 「う……」

 それは、知っている。

 

 「困らせてごめんね、アーサー」

 もゆるは、笑みを浮かべた。

 「わかってるよ。子どものころのこと、本気じゃなかったことくらい」

 「ごめん、あの時は」

 「うん、私のためを思ってくれたんだよね」

 胸が痛い。


 「やっぱり、俺のことを殴れ、もゆる」

 でも、もゆるは、首を横に振った。


 「私は、今のアーサーを知りたいな。従兄のお兄ちゃんじゃなくて、今のアーサーを」

 上目づかいに見つめる従妹は、幼いころの面影を残している。

 でも、あのころのままじゃない。


 もゆるのことは、ほとんど、妹のように思っていた。

 だけど、今は……。


 俺は、自分の妙な気持ちを振り払うように言った。


 「実は、もうひとつ、大事な話があるんだ」

 聖杯の話をしないといけない。

 俺たちが、前世の呪いから解き放たれるための。


 だが、もゆるは、首を振り、俺に抱き付いてきた。

 「もゆる」

 「はなさないよ、アーサー」

 「ダメだって、俺には」

 美亜がいる。

 「わかってるよ」

 でも、もゆるは、いつも通りに頑固だった。

 絶対に、自分から離れようとしなかった。




 これは、全部、後から知ったことだが……。

 俺たちは、槍多そうだに見られていた。


 「どうするつもりなの?」

 マーリンが、槍多に聞いた。

 「決まってるじゃないか。美亜に知られるわけにはいかない」

 「へえ、意外ね」

 「騎士道にもとる行為をするわけにいかない」


 「あなた、もしかして……」

 「そうさ。ようやく思い出したんだ」

 驚くマーリンに、槍多は、告げた。


 「僕は、騎士の名誉に誓って、貴婦人を傷つけることはしない。美亜であればなおのこと。もゆるさんであってもだ」

 槍多の言葉は、ランスロットの、湖の騎士の言葉だった。

 「しかし、貴様だけは別だ。いつか、たくらみを暴いてやる。妖女モルガンめ」

 そう、言い捨てると、槍多は、マーリンの前から立ち去った。




 一方、俺は、この状況をどうすべきか悩んでいた。


 もゆるに応えることはできない。

 だって、やっぱり、もゆるは、もゆるなんだ。

 そのことを告げようと思った時だった。


 「アーサー」

 聞きなれた声に、俺が振り返ると、美亜が立っていた。

 「美亜、どうして?」

 驚く俺に、彼女は笑みを浮かべる。

 その表情は、いつもの美亜のものだったが。


 俺は、怖気を感じて、叫ぶ。

 「走れ、もゆる!」

 もゆるを突き飛ばして、俺は美亜の前に出る。


 「アーサー!」

 もゆるが、悲鳴のような声をあげる。

 でも、俺は振り返らない。

 いや、振り返ることはできなかったのだ。


 「ねえ、アーサー」

 美亜は、俺の身体に身を預けていた。


 「あなたは、優しいのよね」

 息ができなくなっている。

 美亜は、俺の胸を短剣で刺し貫いた。


 「それだけなのよね、アーサー」

 美亜に、聞きたいことがたくさんある。

 彼女が言っていた『報い』とか『罰』について。

 そして、他にも、いろいろなことを……。

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