第14話「円卓の会議」

 キャメロットの宮廷には円卓があった。

 アーサー王に仕える、すべての騎士が座ることのできる円卓である。


 あるとき、騎士たちのあいだで、席の順序について、争いが起きた。

 誰が一番、王に近い場所に座るべきか。

 名誉を巡った争いは、やがて、殺し合いにまで発展した。

 

 騎士にとって、名誉は、それほどに大切なものであったから。


 アーサー王は、そのことを悲しみ、全員が座ることのできる、円卓を作った。

 全員が、アーサー王の大切な配下であると。

 円卓の騎士は、こうして生まれたのである。




 目覚めたのは、自宅だった。

 今は、真っ暗な、俺の部屋のベッドの上にいる。


 「前世でも、俺たちは、あんなことしてたんだな」

 夜の闇の中、部屋の奥からマーリンが現れる。

 窓の外から、明かりが彼女の顔を照らす。


 「そうね。アーサー。さっきは、本当にバカみたいだった」

 「わかってるよ」

 自分でもうんざりしている。

 いきなり、血が必要だって言っても、理解に苦しむのは当然だろう。


 「あまり、いいやり方じゃなかったよな。全員が集まっている場所で、みんなに同時に、聖杯のことを説明しないと」

 そもそも、俺たちの前世についても、最初から説明しないといけない。

 「みんな、わかってくれるかな」

 「さあ、どうかしらね」

 マーリンの口調は、相変わらずだった。

 どうしてこう、かわいげのない言い方になるんだろう。


 「それと、繰り返しになると思うけど」

 マーリンは、俺の思考を読んだかのように、言葉に不機嫌さを強めて言った。

 「美亜みあには気をつけて。彼女は危険な存在……『オタサーの姫』なんだから」

 「おまえは、そう言うけど」

 どうしても、気になっていた。

 

 美亜は、俺に、「報い」だと言った。

 もしかして、俺が忘れている何か……。

 見落としていることが、まだあるかもしれない。


 「もし、美亜が、俺に不満を抱くのだとしたら、それは俺の責任だ」

 「また、そんなことを」

 マーリンがあきれるのを気にせず、俺は続ける。

 「もし、美亜を……グィネヴィアを、俺が傷つけたら、その『報い』を、受けないといけないだろ」

 「アーサー」

 マーリンは、ベッドの上にすとんと腰を下ろし、俺と目線を合わせた。

 「何も変わらないのね。あなたは。いいえ、前よりも悪くなったみたい」

 「どういう意味だよ」

 「前世のアーサー王は、優しかったけど、もう少し、賢明だったかもね」

 「だから、どういう意味だよ」


 マーリンは立ち上がると、言った。

 「あなたは、前世よりもずっとバカだと思うわ、アーサー」


 マーリンの言うことは、ムカつくが、反論する手段を見つけることができなかった。

 だから、俺は、聞き流して、翌日のことを考えることにした。


 

 俺は、二次元同好会キャメロットのメンバーを、全員、部室に呼び出した。

 しかし、槍多そうだには、朝からずっと、連絡がつかない。

 そして、部室には、美亜の姿もなかった。


 放課後、予定の時刻になっても、二人が現れない。

 「なあ、アーサー、改まって、俺たちを呼び出したのはなんでだ?」

 賀上がうえが、しびれをきらして俺に問う。

 「少し待ってくれ。全員、集まったら説明するから」

 

 美亜とは連絡はとれているので、来てくれると思うんだが……。


 「ねえ、アーサー」

 もゆるが、俺の袖を引っ張る。

 「あの二人って、どういう関係なの」

 「どう、って……」

 「私は、怪しいと思う」

 ぼそり、と、もゆるが言った。


 「やっぱり、そうなのか⁉」

 賀上が、椅子を蹴って立ち上がる。


 「おい、おまえら、何言ってるんだよ」

 「アーサーは、おかしいと思わないの」

 もゆるが、詰問するように言った。

 

 まさか、事実を答えるわけにもいかない。

 

 「そうだよ、絶対、あいつら、おかしいって!」

 賀上も、もゆるに同意する。


 ああ、なんで、こうなるんだよ。


 マーリンに助けを求めるように、視線を送ると。

 「アーサー」

 彼女は、注意を促すように、部室の入り口を指し示した。


 部室に入ってきたのは、槍多と美亜だった。

 「遅くなってごめん」

 連れ立って入ってきて、槍多が開口一番にわびる。


 「それより、おまえら、なんで一緒なんだよ」

 賀上が、槍多と美亜に噛みついていく。

 「なんで一緒って……」

 「そこで会ったのよ」

 口ごもる槍多に対し、美亜はなんでもないように答えるが。


 「いや、違うだろ」

 賀上は、さらに詰め寄った。

 「絶対、一緒にいたんだろ」

 「美亜さんと槍多さんはつきあっているんでしょう」

 もゆるがダメ押しする。


 「おい、おまえら!」

 俺が止めようとした時には、遅かった。


 「美亜は、前から、槍多とやけにベタベタしてると思ってたんだ。アーサー、おまえは、気にならなかったのかよ」

 「いや、俺は」

 「本当に気づかなかったのか?」

 「なんでおまえにそんなこと言われないといけないんだよ」

 

 美亜と賀上は、あんまり相性が良くないのは、なんとなくわかっていた。

 ただ、俺は、サークルのリーダーとして、仲良くやっていきたいと思っていたんだ。


 それなのに、どうして、美亜のことを責めて、吊し上げて……まるで、魔女裁判みたいなことをしないといけないんだ?

 俺は、こんなことのために、みんなに集まってもらったんじゃないのに。


 「アーサーはどう思ってるのか、聞いてるんだよ」

 賀上に、もゆるも、うなずく。

 

 「それは……俺は、そのことについて、気にならないわけじゃない。だけど、今は、もっと大切なことを話さないといけないんだ」

 わかれよ、おまえら!

 今は放っておいてほしいんだよ!


 「私のことよりも大事なことがあるの?」

 口をはさんだのは、美亜だった。

 「もしかして、マーリンちゃんとのこと?」


 美亜の発言に、一瞬、答えに詰まる。

 「違うよ、マーリンは、関係はあるけど」

 そういう意味じゃない。


 「それとも、もゆるちゃんのこと?」

 美亜は、冷静に、続けた。

 そして、彼女の傍らには、槍多がいた。


 槍多は、顔面が蒼白だったが、美亜を守るように前に立っている。


 俺自身も、怒りとも、悲しみとも、混乱ともつかない感情でいっぱいだが、今はこらえないといけない。


 「あと、私、前から、賀上君に言いたかったの」

 ダメだ、美亜。

 「賀上君って、まるで、小姑みたいね。私とアーサーとのこと、最初は、嫉妬してるんだと思ってた。友達同士でも、そういうことってあるもの。大切な友達を、恋人に取られたって思うって、よくあることだから」

 「そんなんじゃねえよ、俺は、おまえがアーサーを傷つけてるから」

 賀上が、唾を飛ばして反論する。

 「じゃあ、賀上君、女の子とつきあったこともないのに、どうして、こんなことばかり気にするの?」

 

 「美亜、てめえ!」

 賀上が、椅子を蹴って立ち上がる。

 「待て!」

 槍多が、賀上を止めようとして、立ちはだかる。


 賀上の拳骨が、槍多の整った顔にぶつかる。

 槍多は、すぐさま、賀上に反撃する。

 そして、そのまま、二人は殴り合いを始める。

 

 「美亜」

 彼女は、笑みを浮かべていた。

 信じられなかった。

 賀上を挑発したのも、そうだが、なんで、笑っていられるんだ?


 マーリンは、美亜に近寄り、思いきり平手打ちした。

 美亜は、マーリンをにらみ返し、平手を返した。


 その間、ずっと、俺は、棒立ちで、何もすることができなかった。


 「あなたが、アーサーをたぶらかしたのね。この淫売!」

 美亜は、マーリンを罵倒した。

 信じられないような言葉で。

 俺が、今まで見たことも聞いたこともない剣幕で。

 「あなたにだけは、言われたくないわ!」

 マーリンは、負けずに言い返した。


 やめさせないといけない。

 俺が、ケンカをやめさせないと。


 だけど、俺の袖が引っ張られる。

 「放してくれ、もゆる」

 「いや」

 俺は、強引に、従妹を引きはがして、美亜とマーリンのほうに近づく。


 でも、足が動かない。

 違和感を覚えて、振り向くと、もゆるは、俺にしがみついている。


 俺はさっき、もゆると離れたはずだ。

 それなのに……。

 

 天地がひっくり返る。


 俺は、床に倒れていた。


 「アーサー、もしも、誰かに汚されるなら」

 もゆるは、泣いていた。

 「だったら、私が、殺したほうがいい」

 もゆるの手には、剣があった。

 モルドレッドの、あの、黒い剣が。


 起き上がろうとして、滑ってうまく動けない。

 床に自分の血が、流れているのに気づいたのは、ばたばたと無様に暴れてからだった。

 

 「ごめんね、アーサー。でも、私」

 もゆるが、泣きじゃくっている。

 「できないの、アーサー」

 もゆるは、昔のままだ。

 俺が、守ってやらないといけない。

 「私は選ばれない、それでも」

 泣かないでほしい。

 それが、俺の本心からの願いだった。


 だけど、もゆるが、剣を振りかぶって、さらに、俺に突き立てようとする。

 床を転げて避けようとするが、うまくいかない。


 もゆるの剣が、モルドレッドの、あの黒い剣が……俺の脳天に直撃する。

 

 (どうしてだよ)

 声が出せない。

 

 どうしてこんな、悪夢みたいな状況になってしまうんだ。

 いや、もしかして、俺のせいで、こうなっているのか?

 

 美亜が言っていた、『報い』っていうのは、こういうことなのか?

 俺が傷つけたことに対しての、『罰』だっていうのか?


 美亜が、叫んでいる。

 おそらくは、マーリンに向かって。


 「だから、私は、あのとき……を使って……」

 言葉が途切れ途切れにしか聞こえない。

 マーリンが、何かを言い返している。

 「そんなの、理由にはならないでしょう!」


 (美亜とマーリンに、何かあったのか?)

 重要なことのようだが、なにもわからない。

 そして、そのまま、なにも聞こえなくなった。

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