6.良香の成長、彩乃の成長

 良香と彩乃はまず、五体の巨大生命流転アモルファスの攻撃から逃れることを考えた。


 残機無限リスポーンにしても剛腕無双EXブーストにしても、トラック五体分のアメーバに真っ向からぶつかり合える類の能力ではない。そのままぶつかり合おうものなら待っているのは完全なる『詰み』だ。


 良香と彩乃はブーストで強化した脚力によって跳躍し、アメーバ達が破壊したことによって出来たセーフハウスの穴から離脱する。彼女達がその場を離脱するのと殆ど入れ違いで、五体の巨大生命流転アモルファスはセーフハウスの中に雪崩れ込み、家屋を粉々に押し潰してしまった。


「間一髪だったな……ん?」


 セーフハウスから離れたところに降り立った良香は、そこで初めて外の景色を見た。


「此処は…………港か?」

「みたいだな。大分遠くまで来たようだが………………お蔭で民間人は近くにいない。思う存分暴れられるというものだ」


 後から追いついてきた彩乃が、その言葉に補足を入れる。


 良香の言う通り、周囲は港だった。


 ただし、港と言っても漁港ではない。倉庫やコンテナが立ち並ぶ倉庫置き場のような立地だ。倉庫やコンテナとそれらを隔てる細い通路がまるで碁盤のように縦横無尽に張り巡らされ、その先に太平洋が広がっている。


 今の時間は特に使う用事がないのか、あたりには人っ子一人いない状態だった。


「ヤベーな……」


 あたりを見渡した良香は、そう小さく呟く。


 障害物が多いのは、この場においてアメーバ――生命流転アモルファスの回復要素を増やすことに他ならない。


「それに、彩乃からアルターをもらわないと、俺のオリジンはそこまで強い出力が出せねーし……」

「いや、大丈夫だぞ? 妖魔は巫素マナの塊みたいなものだからな。良香が殴って体組織を破壊すれば、アルターと同じように巫素マナを吸収できる」

「マジ……?」

「マジだ」


 突然の朗報に良香は少し浮足立ちかけたが、実際のところ状況はあまり変わっていない。


 向こうの弱点――火に弱く、良香に殴られると消滅する――は分かっているが、だからといってトラック五台分の質量は暴力的だ。長期戦に持ち込まれれば、残機無限リスポーンで実質スタミナ∞状態の彩乃はともかく良香はいずれバテてしまうだろう。


 いや――――それどころか、やろうと思えば生命流転アモルファスは地面を取り込むことでいくらでも回復することができてしまう。


 良香を一番初めに襲った個体は警報をおそれてギリギリまで妖魔化せずマンホールに籠っていた。閉所にいれば、巫素マナによる感知からは逃れられるからだ。

 それゆえに人間大のサイズのまま戦闘に入り、そのお蔭でここまで大きくなる前に彩乃が始末できたが…………これほど大きくなってしまうと、倒すのにも骨が折れるだろう。


『貴様……………………その黒いボディスーツ……データよりも若いが…………釧灘彩乃か…………!?』


 粘土で形作った人間のように不出来な人型の巨大生命流転アモルファスの一体が、彩乃の姿を認めて言う。


 一瞬、何故彩乃の名前を知っているのかと怪訝に思った良香だったが、すぐに納得する。彼ら――――『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の活動目的は大概とんでもない思想に基づいていたが、その方法論自体はただの狂人には構築できない――つまり一定の『知性』があった。


 言いかえると『研究者肌だった』ということだ。そして、彩乃の名はイカれたマッドサイエンティスト達の間ではそれなりに有名になっている…………。知っていてもおかしくはないということになる。


「だったらどうした?」


 名前を言い当てられた彩乃はしかし、毛ほども動じたりはしない。これもある意味では彼女らしい反応だった。学院の生徒が自分の正体を訝しんでいても気にしないのだから、悪党に対しても自分の素性を隠すつもりは毛ほどもないのだろう。


 尤も――――そこに込められている真意は、才加達に向けられた信頼とは程遠く、


「――――どうせ、此処でまとめて駆除されるのに」


 むしろ圧倒的な敵意に基づくものだったが。


 その挑発に応じるように、巨大生命流転アモルファスの身体の一部が触腕となって鞭のように撓り、彩乃を脳天から叩き潰す。衝撃で地面を舗装したコンクリートがまるでミルククラウンのように豪快に飛び散るが――彩乃はその時既に横に飛び退いて攻撃を回避していた。


『…………ぐォおおおおおおッ!?』


 さらに回避のみならず、彩乃の掌から炎の剣が伸びて、今しがた躱したばかりの触腕に突き刺さる。直撃した触腕が蒸発し、巨大生命流転アモルファスが悲痛な叫び声を上げた。


 すぐさま返す刃で他の個体たちが彩乃や良香に攻撃を仕掛けるが……巨大とはいえしょせんは五体。思考も五つ分しかなく、手数自体は五対二でしかなくなってしまう。


 それでも通常なら『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』側の方が有利なはずなのだが、ブーストで身体能力を強化している二人の速度は五対二くらいの戦力差で埋められるものではなかった。


 良香達が五体に手傷を負わせつつ包囲を離脱すると、間もなく五体の生命流転アモルファスは寄り集まって作戦会議を始めた。


『チィ……! このままでは埒が明かん! !』

『何……!? 待て、これほどの敵を相手に別れたりすればが疎かになる!』

『だがこのままでは削られていく一方だぞ……!?』

『しかし…………!』


 そんな風に話している『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』から十数メートルほどの距離をとりつつ、彩乃は一人納得していた。


「…………別れる……なるほど、『分裂』も可能な訳だな」

「分裂だって……?」

「ああ、多分な……。最初からやって頭数を増やしていなかったところをみると、おそらく分裂しても最大体積は共有されていて、一体一体の耐久力自体は脆くなってしまう……みたいな制約があるんだろうが」


 彩乃はそこまで言うと、敵を嘲るように笑い、


「……愚かだな。ただでさえ妖魔の『結びつこうとする力』は強力なのに、分裂などした日には本格的に『成り損ない』になるぞ」


 だが、手数が増えるとなると彩乃としては問題だ。ただでさえ生命流転アモルファスは彩乃と相性が悪い。内部に取り込まれてしまえばいくら残機無限リスポーンがあっても逃げることが出来ないし、取り込まれたら大気中の巫素マナを利用することができないからアルターで逃げ出すこともできない。


 そんな状況で手数が増えてしまうと、彩乃は戦いづらくなる。良香は、体積が少ない方が却って一撃で相手を倒せる可能性が上がるが…………それでも多人数戦ではいつ不意打ちを食らうか分からない。


 確かに良香に触れれば生命流転アモルファスは消滅するが、だからといって攻撃手段がないわけでもないはずなのだ。たとえばコンクリートを間に挟むとかすれば、打撃攻撃は可能になる。


「さて、どうするか…………」

「なあ、彩乃」


 思考を始めた彩乃の横で、良香は背後――つまり海の方を気にしながらこんなことを言った。


「…………連中、もう『成れの果て』なんだよな?」

「ああ。おそらく、戻ろうとしても戻れないだろうな。既に人間ではないよ、アレは」

「…………、……なら、オレに良い考えがある。……だけど、その前に確かめなくちゃならないことがあるんだ。……だから、感知してもらってもいいか?」


 そう言われた彩乃は、良香が作戦を提案したことに驚きを感じつつ――素直に頷き、感知を始めた。


 そして彼女達が二、三言会話を交わしたタイミングで、『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の面々も動き出す。


 ドロォ……と五体の巨大生命流転アモルファスの輪郭が溶けだしたかと思うと、人型大の塊になっていく。そうして、その場には一五×五……総勢七五体もの生命流転アモルファスが集まった。


「…………!」


 その人数差を見て、彩乃が表情を強張らせる。彩乃が驚愕したのを察して気を良くした『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』達は口々に笑い声を上げる。


(人数が増えても、その思考パターンは共有している。同じことを考えるから優越感をおぼえるポイントも同じというわけか――)


 彩乃は苦々しい表情を浮かべながらもそう分析すると、隣で戦闘態勢を固めている良香に言う。


「この数は流石に分が悪い! 作戦会議した後で悪いが一旦下がるぞ!」

「は!? 待てよ彩乃、できるって! 此処で逃げても状況は好転しねーだろ!?」

「良いから、早く!」

『ククク……』『仲間割れか?』『だが我々は待たないぞ!』


 まるで一つの生命体のように生命流転アモルファス達が矢継早に口を開くが、彩乃は一切取り合わずに走り出す。


 一方、良香はその場に留まった。


『……ほう?』『貴様は逃げないのか?』


 一人留まった良香を嘲るように、生命流転アモルファス達は口々に言う。戦力差は七五対一――圧倒的不利な状況だ。しかし、その状況にあってもなお良香は不敵な笑みを浮かべていた。


「生憎、オレにはお前らに勝つ算段があるんでな……」

『……面白い』『やれるものなら試してみると良い』『見たところプロにもなっていない学生だが……』『その程度で勝てるほど、「妖魔遣い」が甘くないということを教えてやる!』


 言葉と同時に、七五体の生命流転アモルファス達が一気に突撃を開始する。


 ――実はこの時、良香は一つの作戦を練っていた。それは彩乃の行動だ。あの作戦会議の時、彼女に『感知』をさせていたのは周囲の巫素マナ――つまり生命反応の位置を調べてもらう為である。


 生命反応の位置を調べることができればどうなるか?


(…………この間の授業で、軍人っぽい先生が言ってた。港には排水口がある場合もあるって。もし排水口がこの港にあるんなら、その中には小さな生き物が住んでいる。それを感知すれば、排水口の位置や大きさも芋づる式に把握できる)


 既に感知によって此処の地下に港で出た排水と雨水を流すための巨大な排水口があることは分かっている。


 そして、逃げた風を装ってその場から離脱した彩乃は位置を把握した排水口の中に忍び込み、良香が戦いながらその真上まで『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』を誘導、彩乃が真下から奇襲をかけて一網打尽にする。


 しかも生命流転アモルファスと相性が悪い彩乃と違い、良香の剛腕無双EXブーストであれば生命流転アモルファスとの相性は最高だ。相手が策を弄してこない限り、まず『詰み』になることはない。


 そもそも現時点でアルターを覚えていない良香は地下からの奇襲ができなかった、というのもあるが。


 ――これが、良香の考えた作戦だ。


「っっっラァあ!」


 良香の右拳に直撃した生命流転アモルファスの一体が、木端微塵に爆砕する。


 その後ろから何体かの生命流転アモルファスがコンクリート片でコーティングした肉体を使い圧殺しようとするが、良香は慌てずに腕を振るった。それだけで纏わり付いていた生命流転アモルファス達は粉々に飛び散り消滅していく。


(彩乃の言う通り、剛腕無双EXブースト生命流転アモルファスのお蔭でフル稼働できる。いける、いけるぞ!)


 ――――奮闘の甲斐あって、七五体いた生命流転アモルファスは半数程度まで減少していた。


 だからといって、良香は自分が『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』を押しているとは思っていない。半数程度まで減ったにしても、地面や障害物を吸収すればすぐに数は戻せる。まだ相手には余裕がある。


 ただ、一方で良香の作戦も進行していた。殴り合いをしながらそれとなく目標のポイントまで誘導していたのだ。残る敵はおおよそ四〇。ここまでくれば良香の作戦は成就したも同然だった。


 と、


『知っていたぞ』


 不意に、『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の一人がそんなことを言った。


 彼らの言葉は、誰かが誰かの言葉を引き継ぐようにして一つの流れを作っていく。分裂体だから、さらには別個体だから――なんていうことも関係ない。まるでそれぞれが語っていく。


『お前の狙いは最初から分かっていたぞ』『喧嘩別れしたふりをして一人で戦っていたな?』『そして我々を此処に誘導していたな?』『此処で我々に奇襲を仕掛けるつもりだったな?』『もう一度言う』『


 …………知っていて、その通りに動いていたということは。


 そのことを考え、良香の顔色が一気に青ざめる。それを認めた『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』達は愉快げに身を震わせ、自らの策を開陳していく。まるで、手品の種明かしのように。


『我々は本質的には不定形だ』『今は人型だが、なろうと思えばどんな形にもなれる』『例えば――地面に薄く広がるように』

「!」

『クククク……』『理解しただろう?』『地面に潜って奇襲を狙っていたようだが、これで奇襲があった瞬間に我々なりのやり方で感知できる』『貴様の作戦は成立しなくなった』


 そう言って、『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』はそれぞれ地面に手を当て、自分の体積を増加させていく。


 圧倒的な物量を取り戻した『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の面々は、最後にこう言った。


『本来の目標は釧灘彩乃だったが…………』『仲間らしいお前も人質として機能はするだろう』『大人しく、物量に押し潰されろ』

「…………押し潰されるのは、困るな」


 この絶体絶命の状況で、良香は呟く。



 ――その表情には、不敵な笑みが浮かんでいた。


『な……、』『何を笑って、』

「だから、潰される前に、こっちがぶっ壊してやらなきゃ、なああ!!!!」


 ゴッッッッッ!!!!!!!! と。


 良香の全力の拳が、地面に叩き込まれる。


 掛け値なしに、地震が起きた。


 ズズン……! という地響きが生まれ、港に残っていた建造物やその残骸がぎいぎいと軋んだ音を立てる。


 その直後。


 地面が豪快な音を立てて


 跳躍して悠々と崩落から逃れる良香とは対照的に、ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべながら良香を取り囲んでいた『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』は一体と残らず落下していく。


 そこは排水口だった。深さ三メートル程度の排水口が、彼らの真下にちょうどあったのだ。


 しかも、それだけでは終わらなかった。


 彼らが落下する先には、めらめらと燃え盛る、大量の炎があった。


「…………なあ、お前ら」


 罪人を地獄に引きずり込む手のような炎を見ながら、良香は静かに言った。


「これもか?」



    *



 良香の作戦は確かにあの場に『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』を誘導して地下から奇襲を行うことで、それは完全に相手に読まれていた。ただし、奇襲のトリガーが良香自身にあったことまでは読まれていなかった。


 ――結局、それが勝敗の分かれ目だったのだろう。


討巫術師ミストレスを相手に『戦っている間も地形が変わらない』と思い込むのは少し油断がすぎるんじゃないか――とは、彼らには言わなかったが」


 排水口に潜り込んで『仕込み』をしていた彩乃は、地上に戻ってそんなことを言っていた。


 思い出すのは、『あの日』の彩乃だ。彼女も同じように、地の利を利用して(生み出して?)戦っていた。


 良香も同じだ。排水口の上で戦うことであえて地面を回復に使わせ、地面全体の強度を下げたところで全力の拳を叩き込む。


 そうすることで、より広範囲の地面を崩落させ、確実に『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』の面々を火炎地獄に放り込んだ。


 良香の考えていた『不意打ち』というのは、単純に地面から飛び出て奇襲を行うというものではなく、目標のポイントの地面を崩落させ、その下に予め準備していた火炎地獄に『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』を落とすというものだった。 


「しかし、まさか本当に一網打尽にできてしまうとはな……」


 あたりのコンテナや倉庫がぐしゃぐしゃになり、三割くらいが更地になってしまった港の一角、ちょうどセーフハウスがあった跡地に戻って来た彩乃は、そんなことを言う。


 しばし慎重に辺りを感知していた彩乃だったが、完璧に妖魔の反応が消えているのを確認してようやく肩の力を抜いたのだった。


「どういうことだよ? オレの作戦じゃ連中を倒しきれるとは思ってなかったってのか?」

「それはまぁ、な。だって向こうが安全策を立てて総攻撃の際に再生用の保険を残していれば、いくら罠にかかったってまた同じことの繰り返しだった訳だし」

「うぐ…………じゃあなんでわざわざオレの提案に乗ったんだよ?」

「……駄目だと分かっていても、最初から跳ね除けては良香の成長にならないだろう、とね」


 あの日良香に言われたことを思い返しつつ、彩乃は肩を竦める。あの時は結果的に彩乃が間違っていて良香が正しかったが、今回はまるで立場が逆だ。良香としてはひたすら肩身の狭い思いである。


(……ま、好きにやらせてみて失敗したらその尻拭いをするのも大人の務めというもの――という訳だ。それを、は小さい頃からやっていたのだし……私もこれくらいはな)


 尤も、彩乃の方も清良の話を聞いたからこそこの決断が出来たという事情があったりするのだが。それがなければ、効率だけを考えて理詰めで提案を拒否していただろう。


「一応失敗した時の為の保険は用意しておいたんだが……必要なくなってしまったな」


 自らの掌に視線を落とし、彩乃は何でもなさそうに呟く。だが良香としては、自分の提案を受け入れた上にサブの作戦も平行して準備していたという彩乃の手腕に舌を巻かざるを得ない。やはりプロはプロなのだと思わされる。


 それに言われてみれば、今回はたまたま――というか迂闊にも――敵が保険を残していなかったため再生せず根絶やしにできたが、相手が用心深かったら罠だと分かっている以上再生用の個体を残しておくのが当然なのだ。敵の不注意で拾えたラッキーだったかもしれない。


 ちょっとオレって凄いかもとか思っていた良香は、現実を見せられて凹んでしまった。


「…………」


 彩乃はそんな良香の様子を少し見ていたが、あまりの落ち込みように少し不憫になったのか、困ったようにこう言った。


「ま…………たとえラッキーだろうと、この結果は良香が拾った勝ちだ。……そこのところは誇って良い。なにせ七五対二の絶望的状況からすべてを覆したんだ。学生がこんなことをやってのけたんだから、はっきり言ってとんでもない業績だぞ」

「そ……そうかなあ?」


 フォローするように彩乃が良香の事を褒めると、現金なもので良香はにこにこと笑みと自信を取り戻して行く。


 色々と単純な子だなぁ……と彩乃は少し良香の未来が心配になった。良香はそのあたりの機微については少し疎い部分がある、というか、端的に言ってノせられやすい。まあそのあたりの教育については追々やって行くとして……なんてことを考えていると、


「でもさ」


 フォローによって気分を持ちなおした良香は、不意に表情を真面目なモノに変えた。


「だとすると妙じゃないか? 相手だって馬鹿じゃないんだし……『再生用の保険を残さない』なんて凡ミスをするなんて、オレ達に都合が良すぎないか? それにアイツら、最後に目標はオレじゃなくて彩乃とか言ってたし……」

「……、ああ。それは私も考えていた……。生命流転アモルファスの能力的にも可能だったはずだし、考えられるとすれば――『そんなことをいちいち考えていられないほど余裕がなかった』……というくらいだが」

「どういうことだ?」

「…………、……さあな。私にもまだ分からん」


 結局、敵を始末することはできたが謎は残ってしまった。だがとにかく、今彼女達にできることはない。良香はもちろん彩乃も今はただのいち学生なのだし、これ以上は彼女達ではなくプロの討巫術師ミストレスの出番だ。


 と、


「二人とも~、元気~?」


 良香達が通って来た穴から、聞き慣れた声が届いた。


「ね、姉ちゃん!?」

「清良さん……!? 何故此処に……」

「う~ん、二人のことが心配になっちゃって~」


 てへ? と可愛らしく微笑んでみる清良に、良香はダッシュで近づいて頭をペシンとツッコむ。ツッコミというより殆ど癇癪じみたスピードだった。


「『てへっ?』じゃねーよ馬鹿! いくら姉ちゃんが常識知らずの化け物とはいえ入ってきていい領域とかあるだろ! 此処は駄目! 姉ちゃんは一般人枠なの! 分かるか!?」

「分かる分かる~。要するにお姉ちゃんは一般人だと思ってたら実はかなりの強キャラだったという設定の……」

「寝言が言いたいならオレがッ今ッ此処でッ寝かせてやるッッ!!」


 強烈な打撃音が響き、清良の身体が宙を舞った。


「………………良香、アレは流石にやりすぎじゃあ……?」

「……大丈夫。ほらアレ見てみろよ、気絶したフリして両手を胸の前で組んでる」


 見てみると、本当に白雪姫みたいに両手を胸の前で組んで、そして唇を少し尖らせている。完全に目覚めのキス待ちの状態であり、明らかにノーダメージだった。そのあまりに浅ましい姿に、彩乃も思わず目を逸らしてしまう。


 そんな彩乃を横目に、良香はスタスタと清良の横まで行くとその脇腹に蹴りを叩き込んだ。


「オラ、姉ちゃん起きろ」

「ああんっイケズぅ~」

(実の姉にツッコミとはいえ暴行っていうのは『男らしさ』的にはどうなんだろうなぁ)


 平和な光景を見ながら、彩乃はそんなどうでも良いことを考えていたが……まあ清良はかなり幸せそうな表情をしているので、アレはアレで需要と供給のサイクルが成り立っているのだろう。


 愛の形は色々だ。部外者がとやかく言うまい……と彩乃は(ダメな)大人の寛大さで色々なアレに目を瞑った。


「……ったく」


 良香は呆れた様子で、肩の力を抜いた。ともあれ、これで銀行強盗から始まる一連の事件に関しては決着がついたので、身体中を巡る巫素マナを意識して変身を解こうとする。


 ――――ところで、良香は一つを忘れていた。


 変身を解除すれば当然ながら巫素マナによって塗り替えられていた装束は失われ元着ていた服が復元されるのだが……変身する前、良香は一体どんな格好をしていただろうか?


 それは、半脱ぎ状態。


 つまり、此処から導き出される一つの答えとは――――。


「ぶぼばはぁっ!?」

「ね、姉ちゃん!?」

「…………良香……服、服」

「……あ゛っ! ………………きゃっ、きゃあああああああ――――――っ!?」


 鮮血に包まれた、少女の悲鳴。


 ハッピーエンドを迎えたはずの物語は、そんな血みどろの結末で塗り替えられてしまったのだった…………。血みどろの根源はなんか幸せそうな顔をしていたが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る