5.成れの果てと成り損ない

 ザッ! と良香は一歩前へと踏み出す。


 彼女の言葉のどれほどが本心か。それもまた、本人にしか分からないことだろう。案外全部本心なのかもしれないし、本当は内心怯えているのに自分を鼓舞する為に無理やり言っているのかもしれない。


 だが、彩乃はどちらでも良いと思った。


 少なくとも、良香は此処で縮こまって彩乃の帰りを待つという選択肢を放棄した。


 なら、『良香の友人』として、『良雅を巫術師の道に引き入れた大人』として、やるべきことは彼女の能力を信頼せず後方に回すことではない。――――彩乃もまた、これまでの日々で様々なことを学んだ。


「…………なら、ついて来てくれ。水のアルターでアメーバどもを押しのけながら追跡する。罠があれば私が盾になる。私のオリジンは本来そういう使い方だからな。……しくじったら、その時の後詰めは頼んだぞ」


 そう言ったと同時、彩乃の足元から先端が平たく丸い形状となった水のアルターが噴き出す。ちょうど、歯科医療で使われる歯鏡のような形だ。


 彩乃に付き従うそれがアメーバの残骸を押し退けると、彼女もまたそれによってできたスペースへと飛び込んでいく。


 穴の大きさは、直径三メートルをゆうに超えていた。


 アメーバであるはずの強盗団に広さは必要ないはずだが、おそらく現金を運び込む為に必要だったのだろう。アルターだけでは押しのけきれなかったアメーバがはりついた外壁を気持ち悪そうに見送りつつ、二人は穴の中を進んで行く。


「…………にしても、『男らしく』、ね」


 先へ進みながら、彩乃はふとそんなことを呟いた。良香は彩乃の呟きを聞くと、眉をひそめて言い返す。


「なんだ? 今は女なんだから~とかって話かよ? オレが言いたいのはそういうことじゃなくてだなあ……」

「違うよ」


 彩乃はそこだけは力強く否定して、


「実を言うとな、私は良香が『男らしく』なろうとしたのはなってからだと思っていたんだ」


 そう、告白するように、あるいは懺悔するように言った。


「『身体が女になったからせめて行動だけでも』ということなんだろう……とな。だがさっき君の姉さんが言っていただろう? 『昔から男らしくと言って甘えてくれなかった』と」

「あ? あー…………そんなこと言ってたのか?」


 ちょうどその時、良香は着替えに忙しくてそれどころではなかったが。


「ああ。それで気になったんだ。私はこれまで何度も、どれほど強くたって自分のトラウマである『初めての妖魔』を思い出した途端に委縮してしまう巫術師を見てきた」


 そんなことを言う彩乃の脳裏には、おそらく何人もの級友達の姿が浮かんでいるのだろう。人に歴史あり。巫術師という特殊な業界に入ることになったということは、何かしらの重い事情を抱えているということの証左でもあると言える。

 そして彩乃は、いつになく真面目腐った顔で良香の目を見て、問いかける。


「無論プロにもなるとそういった者はいないが…………だが、良香だってそうなってもおかしくないと私は思っていた。だが実際には良香は迷わず前に進むことを決断した……。その君を突き動かす『男らしく生きる』こととはいったい何なんだ?」

「何でそんなこといきなり聞くんだよ? 道中何もなさそうで暇だからか? まあ……こうもアメーバの残骸が散らばってる地中じゃあ感知もなかなか厳しいだろうけどよ…………」


 良香は怪訝な表情を浮かべて逆に問い返した。彩乃は少し考え込むようにして黙り込んだが、やがてゆっくりと口を開く。


「いや。そうじゃない。…………多分、……純粋な好奇心だ。それに、討巫術師ミストレスが怪我したのを見て迷わず『オレのせいで』なんて言えるヤツは初めてだったからな……そういう意味でも、良香の考えのルーツには前々から興味があったんだ」

「大袈裟なヤツだな…………」


 良香は相変わらず真面目腐った表情で言う彩乃に呆れたように呟き、それから照れくさそうに笑いながら言う。


「……まあ、そんな大した理由じゃねェんだけどよ」


 そう言って、良香は話し始めた。


「オレの家は親がいなかったからさ……気付いた頃には姉ちゃんが一人で家を切り盛りしてた。親戚とかはいねェし……ホントなら施設に頼るところだったのかも知れねェけど、姉ちゃん一人で家のことはできちまってたからな」


 良香の物心がついた頃――大体四歳くらいとして、その時清良の年齢は九歳くらいになる。まだ一〇にもならない少女が学校に通いつつ家のことを一人で切り盛りするのは尋常ではない苦労だと思われるが、まだ子供だった頃の良香――良雅にはそんなことは分からなかった。


「それより、昔のオレは姉ちゃんが家のことばっかりであんまり遊んでくれねェのが不満でさ……姉ちゃんに構ってほしくてよくイタズラしてた」

「外で……か?」

「家の中だと、姉ちゃんが片付けなくちゃいけねェって思ってたんだよ。姉ちゃんに構ってほしかったけど、別に困らせたかったわけじゃねェ……って昔は思ってたんだ。………………今にして思えば笑っちまう話だけどな」


 良香は当時の自分の浅はかさを恥じるように自嘲する。


「……姉ちゃんは騒ぎを聞きつけるといつもすぐに駆けつけてくれた。家事のことなんかほっぽりだしてな。それでオレのことをやんわりと叱って、一緒に迷惑をかけた人に謝ってくれて、それから先に家に帰っててねって言うんだ。オレは馬鹿だったから満足して家に帰ってた」

「…………」


 彩乃はその情景を想像してみる。先に良雅を家に帰した後、清良はおそらく……、


「んで、ある時先にオレを家に帰した姉ちゃんがいつも何してんだろうって思って、隠れてみたんだ。…………まあ当然だけど、一人でイタズラで迷惑かけた人にもう一度謝って、オレのイタズラの後始末をしてた。イタズラで迷惑かけた人も、姉ちゃんには怒ったりしねェ……逆に同情するんだよ。『アンタが悪い訳じゃないんだからね』って……遠回しに、オレが悪いって言ってるんだ。当然だよな。でも、姉ちゃんはそれが何よりも辛そうにしてた…………」


 良香はその時の記憶を思い返し、噛み締めるように言う。


「それってさ…………スゲェ格好悪りィー…………って思うんだ。だからもっと格好良くて男らしくて大切な人の笑顔を守れる……漫画のヒーローみたいにヤツになりたいと思ったんだ」

「だから『男らしく』か?」

「ま、そうだな」


 良香は言い終わってから恥ずかしさがぶり返したのか、少し頬を赤らめて頷いた。彩乃はそんな良香の顔を眩しそうに見て微笑み、


「………………尤も、今は『妹』になってしまったが……」

「うるせェェ――なッ! お前は一言余計なんだよいつも!」


 ぷすすー、とその笑みをちょっと皮肉っぽく歪めた。すぐさま良香の怒声が穴の中に響き渡り、良香は自分が出した声に眉を顰めるハメになった。完全に自爆である。


 なお、彩乃は怒鳴って来るのを先読みして耳を塞いでいたりした。


「…………しかし、妙だな」


 良香の怒りが収まったタイミングで、不意に彩乃がそんなことを言う。


「何故向こうはアメーバを回収するでも置いてきたアメーバで奇襲するでもなくただ放置しているんだ?」

「? どういう意味だよ?」

「そのままの意味だ。……連中のアメーバ型妖魔の能力は、触れた無生物をアメーバ化し取り込む能力だ。詳しく検証はしていないが前回の戦闘中の挙動からして間違いないだろう」

「…………なるほどな」


 自分でもあの局面を思い浮かべてみて、同じような結論に達したのだろう。彼女も既に、あのサバイバル演習のお蔭でそれくらいの判断はできるほどの経験は得ていたということだ。良香は頷いて先を促す。


「そして、取り込むことで失われた身体を修復したり、身体能力を強化することもできたようだ。見た感じでは、体積も増加させられるようだな。……もちろん限度はあるだろうが」


 だが、と彩乃はさらに付け加え、


「このアメーバの量……いくらなんでも多すぎる。先程のATMと併せて、アメーバ化した無生物を一切吸収していないかのようだ」

「事前に全部吸って来てるんじゃねェの?」

「だとしたらアメーバ化も行えないはずだ。何せヤツらの能力は『アメーバ化して取り込む』ことだからな……以前の戦闘でもその兆候は見られたから間違いない」

「………………となると……」


『アメーバ化』と『取り込み』をそれぞれ取捨選択できるように能力が進化したか、あるいは『アメーバ化』は出来ても『取り込み』ができないように能力が劣化したか。どちらにせよ、敵の能力が変質しているということになる。


「でも、劣化とか進化とか有り得るのか? 妖魔の能力だと成長したりは…………」

「しないな。妖魔遣いの能力というのは基本的に特殊な儀式によって妖魔の死体から巫素マナを吸収することで得られる。だから、吸収した巫素マナの量によって能力のスペックが高くなったり低くなったりすることはあるが……しかしそれはスペックの『強化』や『弱化』であって能力の『進化』や『劣化』とは違う。考えられるとすれば――――」


 と、そこで彩乃は足を止める。ゾバァ! と土のアルターが眼前のアメーバを勢いよく押しのけ、一気に開けた空間に出たからだ。


 そこは――――ちょっとした教室くらいの広さのボロ屋の中だった。


 少し離れたところに事務机のようなものが置いてあり、その上に札束が置かれていたが、彩乃のアルターによって押し流されたアメーバの残骸に流されたのか、机の隅の方に追いやられている。


 どうやら二人は空き家を利用した強盗団たちのセーフハウスの中心に出てきたらしい。穴を中心に周りにはアメーバの残骸が床一面に広がり、それを取り囲むように一五人ほどの男が佇んでいる。


『UUUUUUUUUUUUUhhhhh…………………………』


 しかし、その姿は異様だった。


 確かに、色や形は普通の人間のものだ。だが、その輪郭はところどころ液状化し、足に至ってはどろどろと半透明のアメーバそのものになってしまっている。


 彼ら自身の表情も焦燥感に埋め尽くされており、およそ知性というべきものが感じられない。良香と彩乃の二人に対しても今にも飛びかからんばかりに獰猛な表情を浮かべていた。


 あの日出会った妖魔遣いも彩乃曰く『成れの果て』らしかったが、これは最早――、


「――――中途半端な儀式によって生まれた、哀れな『成り損ない』……といったところか」

『UGEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!!!』


 憐れむような彩乃の台詞が皮切りとなったのか。


 一五人の妖魔遣いの強盗集団が良香と彩乃目掛けて襲い掛かる。人間大の大きさとはいえ、その物量は人間一五人分。重さにすればトラック一台分ほどの超重量だ。


 しかし。


「彩乃!」

「OK、任せろ」


 その殺人的な物量攻撃は、彩乃の火のアルターを一身に受けた良香の右拳の一振りで全て吹き飛ばされた。


 剛腕無双EXブーストの名は伊達じゃない。アルターの一発分の巫素マナがあればトラックの一台くらい、吹き飛ばすのは訳ないのだった。


(いや――これは、『吸収』している?)


 それを真横で見ていた彩乃が、異変に気付く。殴り飛ばされたはずの『成り損ない』が、飛沫のようにして飛び散っているのではなく、そのまま消え失せ、あるいは砂のような小さな塵になっているのだ。


 おそらく、良香の拳の衝撃によって体組織が破壊され、それによってむき出しになった巫素マナがアルターと同じように吸収されているのだろう。


(そうか…………妖魔の肉体は巫素マナが大部分を占めている。それを吸収されれば、あんな風に小さなカスしか残らないというわけだ……)


 尤も、良香の方はそんなことお構いなしに殴っているが。


 しかし、となると良香の妖魔との相性は最高、ということになる。


 剛腕無双EXブーストはアルターがないとただの少し強力なブースト程度の出力しかなく、良香自身はアルターをまだマスターしていないので出力には少し不安があったが、これで対妖魔相手ならそれも解消された。


 だが、如何に『成り損ない』といえど、これだけで全滅するほど妖魔遣いも甘くない。


「………………なんだ?」


 そこで、良香と彩乃は『成り損ない』達の様子がおかしいことに気付いた。


『脆、イ…………弱、イ………………モッ、トォ…………OOOOhhhhh…………』


 見ると、『鳴り損ない』のうち比較的ダメージの少なかった個体が、逆に重傷を負った個体に食らいついて吸収していた。


「…………これは、『回収』か…………? 一人一人が持っている巫素マナの量が少ないから、それを補おうと妖魔の『元に戻ろうとする意思』が強く表出してるというのか…………!」


 妖魔遣いになる為の儀式には手間がかかる。その為、妖魔遣いは組織立って行動することが多く、また節約の為に一つの組織で一つの妖魔を分けて構成員に分配することがままある。しかし、この手法はを生みかねない。その『リスク』が――これだ。


 妖魔は死んでバラバラになっても、巫素マナが完全に霧散し大気中に溶け込むまでは死亡した訳ではない。


 人間の体の中に入って定着した時点で巫素マナに主体を置くある種の情報生命体のようになり、その人間の中に『封印』されているような状態になっているだけなのだ。


 それでも、人間に妖魔の負の想念の影響がかかる程度で即座に妖魔に取り込まれてしまう訳ではない。しかしそんな状態で、身近にバラバラのピースがあれば…………当然、各々の巫素マナは磁石のS極とN極が引かれ合うように『完全体』に戻ろうと一つに集まる強烈な意思を持つ。


 そうなれば段々と妖魔遣いは一つに戻ろうとする妖魔の意思に負け、やがて人間に戻ることすらできなくなり、良香が初めて会った個体のように『成れの果て』と呼べてしまうただの妖魔に身を堕とすことになる。まして儀式が不完全な『成り損ない』ともなれば、その度合いは桁違いだろう。その結果が、アレだ。


「チィ、何にしてもこのままやらせるのは良くないな。良香、早めに叩くぞ! 遠慮する必要はない、アイツらはもう!」

「……分かってるよ、悲しいことにな!!」


 もう人間に戻ることが出来ないのであれば、良香にできるのはせめてその苦しみを終わらせてやることだけだった。剛腕無双EXブーストによって極大激成された拳が、『成り損ない』のうちの一体にめり込む。


 直後、水風船が弾けるように『成り損ない』の身体が弾け飛び、その残骸が塵となる。トラック並の重量に打ち勝つほどの威力だ。人間程度の体積の水など、それこそ水風船のように弾き飛ばすことができる。


 彩乃も火のアルターを突き刺し、素早く迅速に『成り損ない』達を狩って行った。


 ――戦闘は、正味五分とかからなかった。


 全ての『成り損ない』を蹴散らす頃には、セーフハウスはところどころ焦げ、床一面に広がっていたはずのアメーバの残骸も消し飛んでいたが……その他は無事に事を収めることができた。


「…………腑に落ちないな」


 言いながら、彩乃は押し流された事務机の方まで歩み寄る。


 良香は周囲の警戒の為に聴覚を剛腕無双EXブーストで強化して備えながら、なんとなしに問い返した。


「何がだ?」

「コイツらの技術力だよ。良香を助けた時に戦ったヤツは『成れの果て』だったが此処までお粗末ではなかった。ただ、アレがリーダーだったかといえばアレはそんな器ではなかっただろう? 大体、一番最初に出張るリーダーなど三文映画の中にしかいない」

「…………ってことは、コイツらはこの前のヤツよりももっと浅い下っ端でしかない、と?」

「というより、下っ端どころか組織への参入も済んでいない外様だろうな。……この事務机に何かしらの手掛かりがあれば良いが…………、っと」


 そう言いかけたところで、彩乃は顔を上げて良香を手招きする。


「どした?」

「ビンゴだ」


 歩み寄って来た良香にも見えるように、彩乃は手に持ったものを広げる。それは何の変哲もないプリントの束だった。ただ、それはレポートやデータというよりも論文か何かのようなものに見える。


 しげしげと読み進めようとした良香だったが、幸いにもその前に彩乃がレポートの音読を始めてくれるようだった。


「なになに…………」


 彩乃はレポートを机の上に大きく広げ、目立つ部分をかいつまんで話していく。


「『今の世の中は、「神楽巫術学院」による一極集中で支配された歪な権力構造に支配されている』」


 ――――レポートの内容は、そんないつか聞いたようなことから始まっていた。


「『学院の権力が届く場所は今や巫術や妖魔の垣根を越え、マスコミにちやほやされ始めた討巫術師ミストレスを通してメディアにまで及び始めている。このままでは学院の権力は従来の範疇を越え、さらにその利権を抱えて醜く肥え太っていくだろう』」

「…………なんだ、それ……?」

「よくある反体制派の陰謀論だ。ワイドショーだのバラエティ番組だのが勝手に美女揃いの討巫術師ミストレスを持て囃したのを、学院からメディアへの干渉だと騒ぎ立てるのが主なやり口だな」


 彩乃は辟易したように溜息を吐いて、


「『こうした歪な社会構造は、ただでさえ女性にしか適合しないという歪かつ少ない「供給」を学院が支配しているから起こる』」

「『供給』…………巫術師の育成ってことか……?」

「『だが、「供給」は必ずしも「巫石」によってのみ行われるわけではない。「妖魔」から力を得る我々「妖魔遣い」の方式でもそれは可能になるはずだ。そして、それは女性にしか適合しない巫石と違い、妖魔による力の「供給」は男女ともに平等な結果を齎す』」

「………………!」


 つまり、巫石の代わりに妖魔を力とする時代の到来。…………だが、良香はその先にあるものを知っている。そんなことをしてしまえば、妖魔を植え付けられた者同士が勝手に惹かれあい、一つの妖魔として復活してしまう未来が訪れる。


 だが、彼らの組織はそこをさらに踏み越えて行ってしまう。


「『我々の操る妖魔、生命流転アモルファス。能力として無生物の同化吸収による増殖能力を持つこの妖魔を用いることで、学院も制御できない「供給」を大量に生み出す。それだけで、元々一極集中により業界に歪みを生んでいた学院の独裁体制は崩壊することができるはずだ』」


 ――――つまり、現体制の転覆。


 この敵の目的は、そんな途方もないものだったということだ。


「『ついてはその狼煙とする為、貴殿らに我々が用いる「新式」の儀式を授けて犯罪行為を行ってもらう。成功すれば晴れて貴殿らは我々「万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター」の構成員として認められるだろう』――――なるほどな」


 そこまで読み上げて、彩乃は納得したような表情で頷いた。


 結局は捨て駒にされていた彼らが受け取ったレポートの内容をどこまで信じれば良いのか不明だが、少なくとも『部外者に妖魔遣い化の技術を提供する』という方向性から考えて、『供給』を大量に生み出すことで現体制の転覆を狙っている……というところはそこまで遠い目的ではないだろう。


 となると、仮にも学院所属の巫術師として彩乃も黙ってはいられなくなってくる。


「…………『万象受け入れる生命流転ワールドアシミレイター』、か」


 これから潰し合うことになる組織の名前を呟き、彩乃は横に立つ良香のことを見る。おそらく、彼女を襲ったアメーバの男もこの組織の末端だったのだろう。そうなると、良香とも因縁のある組織ということになる。


(この子を妖魔遣いの組織との戦いに巻き込みたくはないが…………)


 思い返すのは、サバイバル演習の時の啖呵。そして先程見せた気概。


(確かに危険ではある。しかし、此処で立ち止まらせていては………………)

「……あの強盗団はあくまで末端。ソイツらに『新式』なんて適当なことを言って、出来損ないの儀式を施した黒幕連中がいる…………そういうことなんだろ?」


 と、彩乃が考えていると、良香は不意にそんなことを言う。顔を上げた良香の瞳には、既に戦意の光が灯っていた。


 ただそれは、彩乃の心を察して自分の意思を示す為に向けた光――――ではない。


 もっと、現実的な脅威によって引き出されたものだ。


「……なら、強盗団が戦っている間も一応『新式』がどう動くかの観察はしてて、オレ達っていう敵対戦力をいち早くブッ潰す為に向かってくるのが筋じゃねェか?」


 つまり。


「――来るぞ彩乃! 読書の時間は終わりみたいだぜ!!」


 直後、セーフハウスの外壁をボロボロと崩しながら、トラック程の大きさのアメーバの塊が五体、襲撃を仕掛けてきた。

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