「リスタート」4

                  ***




それから1か月半、僕は学校とマイ・レメディーを行ったり来たりする生活を送った。比較的マイ・レメディーの世界に居る事のが多い。体が慣れ、今では6時間入れる様になった。ウサミ先生曰く、これ以上は無理なようで、それでいて新記録らしい。



最初はユミさんの世界に戸惑うばかりだったけど、今では楽しくなってきていた。マイ・レメディーの世界で光が現れると、それがもう終わりの合図。光を見つける度、もう現実に戻るんだとガッカリさえしてしまう程だ。



現実と違い、の世界にはユミさんが居るし、イッタも居る。それに映画の記憶に入ると、自分が物語の登場人物になっている様で面白いのだ。



平日は放課後が楽しみで、日曜や祝日は、たっぷり6時間入れるので更に楽しみになる。それにやっぱり僕は、ちょっと可笑しなウサミ先生が気に入っているのだ。会う度に変な格好をしてるし、会話も面白い。そんなこんなで学校を休みがちになり、病院に寝泊まりもしょっちゅうだった。



イッタはそれが不満で仕方ないらしい。会う度に嫌味のように久しぶりと言われたけど、僕はマイ・レメディーでもイッタに会っているので、そうは思わない。もういっそのこと、イッタも一緒に入ればいいのにとさえ思う。



ユウダイはバイトを始めてから、ほとんど学校に来なくなった。たまに来ても少ない会話を交わすだけで、気付くと直ぐに居なくなる。だけど僕の頭の中はマイ・レメディーでいっぱいで、ユウダイも小さな子供じゃないんだし大丈夫だろうと考えた。そうやって楽しんでばかりいたけど、ユミさんと過ごすとデジャブの様な感覚に陥ることは相変わらず頻繁にあった。時にそれが頭を悩ませたけど、肝心な記憶は取り戻せそうもない。でも僕は、このまま思い出せなくてもいいと思うようになっていた。



ユミさんとの記憶を無くしてる事は気になるけど、もしも思い出してしまったら、ユミさんは死を選ぶのではないかという不安があったから。だから毎回起こるデジャブも、気のせいだと思い込むようにした。そんな中、気のせいだと流す事の出来ない、忘れていた重要な記憶に遭遇する。



それは、マイ・レメディーの世界に居る時の事だった。



どうやらアメコミ映画の世界にまた入ってしまったようで、見覚えのあるコスチュームを着た謎の人物がたくさん出てきた。その中で翻弄されていると、突然、黒尽くめの男達に拘束され、倉庫のような一室で椅子に座らされ縛り付けられた。隣に同じく誰かが拘束されている。頭から黒い頭巾を被せられているので、誰だかは分からない。



電気が付いてなく、辺りは暗かった。だが、なんとなく大勢の人が居る気配を感じる。そこで突然、バットのようなもので正面から腹を叩き付けられた。椅子から転げ落ちるも、数名が一斉に叩き付けてくる。ちなみに夢だから痛みは感じない。訳が分からず止めてくれと叫び続けた。



暗闇に徐々に目が慣れてくると、目だし帽を被ったスーツ姿の男達に殴られているのだと気付く。どこかで銃声が聞こえた。それから何人もがバタバタと倒れていく。恐ろしくなって逃げようとするも、椅子に縛り付けられているので何も出来ない。暫く銃撃戦が繰り広げられていた。



これは何かのスパイ映画なのだろうか。じたばたと動き回りながら考えていると、すんなりと縛られた縄が解ける。銃声が鳴り止んだので、側に落ちていた懐中電灯を拾い上げ、恐る恐る辺りを照らした。



すると、ボディースーツに身を包んだユミさんが現れた。まるで、アメコミ映画に登場するヒーローのようだった。



「何、やってんの」



そう問うと、ユミさんは満面の笑みで二丁拳銃を掲げる。



「すっごく楽しかった!このUSPコンパクトでマフィア達を撃ったの!それにしても、この銃を使えるなんて夢みたい。マガジンキャッチはトリガーの下にあるんだねぇ」


「え?ごめん、何の事だか」


「あ、この銃のこと。学校の勉強に飽きた時は、銃の勉強に走ってた事があって」


「何故、銃?ユミさんって、何でも知ってんだね」


「気になるとトコトン調べちゃうんだ。だから同級生に引かれちゃうのかも。とにかく、この銃に触れる事が出来て嬉しいなー。此処は夢の中のようなものだから、何もかもが思い通りで最高。経験のないことだって、こうなれと願えばその通りになる。この場所も、映画に出てきた場所だしね」


「あ、やっぱり何かの映画だよね?何の映画だっけ」


「嘘、ハルがこの映画を忘れるなんて――。」



そう言うユミさんの後ろで、倒れていた目だし帽の男が起き上がる。危機を感じ、咄嗟にユミさんを引っ張り床に伏せた。ほぼ同時に銃声が響き渡る。危機一髪で、たまは僕達でなく何処かに当たった。ユミさんは横でけらけら笑っている。



「凄いねハル!その動き、正に映画みたい」


「何を呑気な事を――。」


「夢の中だもん。気楽にいこう」



そう言うと笑顔で立ち上がり、銃を撃った男に向かって発砲した。その姿は格好良くも思えたけど、笑顔で振り向くユミさんにゾッともした。



何処かから温かな灯りを感じ、辺りを見回す。僕の隣で拘束されていた男の居る方から、激しく炎が上がっていたのだ。



「ハル、早く逃げよう!」


「いやでも、あそこに居る人は!?」


「空想の人物だから平気だよ!」



それは確かにそうなんだけど、何となく放っておくことが出来ず、その男の元まで走った。



「ハル!」



炎がその人物を取り囲んでいく。夢の中なので、難なくその炎に入っていき、椅子に縛り付けられた縄を解いた。頭から被った頭巾を取ると、現れたのはユウダイだった。不敵な笑みを浮かべ、強い目力で僕を見る。



「俺を見捨てんのか?ハル」


「ユウ、ダイ――?」


「一緒に地獄に堕ちようぜ」



そこで炎が燃え盛り、爆風に吹っ飛ばされた。揺らめく炎の隙間から、じっとこちらを睨むユウダイが見え隠れする。いつもそうだ。この世界のユウダイは何故か、心底憎むような目をしていた。



ゆっくり立ち上がり再び近付こうとすると、またも爆風に体ごと飛ばされた。倉庫のような一室から体を投げ出され、床に思い切り叩きつけられる。痛くはないけど、体を押さえながら立ち上がると、場面が切り替わっていた。



この場は大勢の人でごった返している。通り過ぎる人が、呆気に取られる僕を邪魔そうにけていく。見る所、どうやら此処は映画館のようだ。チケットを買う人、ポップコーンを買う人、上映を待つ人達でいっぱいだった。



「ハル」



声を掛けられ振り返ると、制服姿のユミさんがこっちに向かって歩いてきていた。手にはかばんと袋が握られている。ふと自分の姿を確認してみると、僕もお馴染みの制服姿になっていた。



「ハルが買わないって意外」


「え?」



何の事だか分からずに固まっていると、ユミさんが袋から何かを取りだした。



「これ。映画のパンフレット」



ハッとした。そのパンフレットの写真は、僕が好きなアメコミ映画の最新作だったのだ。この映画を現実でユミさんと一緒に観た事を思い出した。



「イッタがこの映画を逃すなんて、よっぽど急用なんだろうね。これで完結らしいし、絶対に映画館で観たほうが良いのに」



頭痛がする。今までも何度か忘れていた記憶が蘇って、こんな風に頭痛がしたけど、今までの中で1番気分が悪い。頭を押さえながら、無言で座れる場所まで移動した。



「ハル?どうしたの?」



壁に沿って置かれた2人掛けのソファーに腰を落とす。ロビーの天井にふと目を移すと、大きな光の玉がゆっくり下りてきていた。



緊急措置だ。



だけどまだ戻りたくなかった。目を瞑り深呼吸して、何とか自分を落ち着かせようとする。ユミさんが心配そうに隣に座ってきて、背中を摩ってくれた。



「具合悪い?」



何も答えず、頭を空にして何も考えないようにする。何か別の事を考えようと、ユミさんに話を振った。



「ありがとう、平気。映画どうだった?面白かった?」


「うん。でも、ハルの言う通り前作の方が良かったかな。完結したって感じで楽しめはしたけど、今回は何がテーマだったのかな?一作目は、正義とは何かというのをテーマに掲げているようだったし、前作は人間の善と悪をテーマとしているようだったでしょ?今回は何だったのかな」



ユミさんの話を聞いていたら、映画の記憶が徐々に蘇ってきた。それと同時に、ユミさんと同じような事を考えていたので、つい嬉しくなってしまう。



「うん、もう1回くらい観ないと分かんないかもなぁ。やっぱり、前作の悪役の存在感が凄すぎたんだよ」


「出た、ハルの悪役贔屓びいき


「もちろん主人公も好きだけど、悪役にカリスマ性がないと盛り上がらないじゃん。前作の悪役は名言も多いし」


「確かに私も、前作の方が心に残ってるなぁ」


「でしょ!」



気付くと天井にあった光と共に、僕の頭痛も消えていた。好きな話をしていたお蔭かもしれない。



「具合悪いの治った。行こうか」


「うん」



歩きながらロビーを後にし、2人でアメコミ映画の話をして盛り上がった。そうやって話していたら、忘れていた些細な記憶を思い出してくる。僕はアメコミ映画が大好きだったってこと、ユミさんがそれに付き合って一緒に好きになってくれたこと、こんな風に僕達はしょっちゅう映画の話ばかりしていたこと。映画の話を通して、ユミさんの価値観を聞けるのも嬉しかった。



映画館は大型ショッピングモールの最上階にあった。盛り上がりつつもショッピングモールを出ると、外はもう真っ暗だった。駅がある方へ歩いて行こうとすると、ユミさんがピタッと足を止める。



振り返ると、なんだか気まずそうに僕を見つめていた。



「この後、どうしようか」


「え?」


「お腹、空かない?」



再びズキッと頭痛が襲う。ショッピングモールの明かりを背に立つユミさんの姿、表情、場面、台詞、それらを目の当たりにして、瞬時に前に体験した事だと気付く。そういえば僕は、この日の今この時を、一生後悔していたはずだ。



この後に何が起こるかも思い出した。どんな会話をしたかって事も全て。覚えている台詞を、試しにそのまま口に出してみた。



「帰ろうと、思ってたけど、お腹空いてるの?」


「ううん――。ハルがお腹空いたかなって、ちょっと思っただけ」


「お腹空いて、ないかな。それに、もう夜遅いし、こんな時間まで男と2人で居たら、彼氏に怒られるよ」



ユミさんは途端に顔を俯かせる。



ドキドキした。僕の記憶が正しければ、この後ユミさんが発する言葉に驚いて戸惑うんだ。言葉を待ってじっとしていると、ユミさんはゆっくり顔を上げ、気まずそうな笑顔を見せた。



「ショウとは、別れたんだ」



やっぱりだ。ユミさんが記憶通りの言動をするので、それに合わせて僕は驚いた振りをした。この後どう言葉を返したかは思い出せないけど、流れに身を任せてみよう。



「何で、別れたの?」


「皆が―― イッタとハルが、反対するから」


「僕はイッタみたいに、直接的な事は言ってないけど」


「そうだけど、何であんな男と付き合うのって何度か聞いてきたし、反対してるのかと思った」


「ああ、まあ、そうだよね」



ユミさんは落ち着きなく目を泳がせ、再び俯いてしまう。お互い無言になり、何も話し合ってはないけど、僕とユミさんが望むものは同じなのではないかと思えた。なのに、いつもの癖が現れる。



ユミさんみたいな才色兼備が僕なんかを好きになるのだろうか?どう考えても不釣合いだし、仮に付き合うとかになっても、彼氏として満足させてあげられる事は何1つとしてない。それにただの思い上がりだったら?モテない僕が思い上がってフラれるなんて、そんな恥ずかしくて惨めなものはない。そんな風に全てをネガティブに考え、心をどんどん冷ましていってしまったんだ。



今後こんなチャンスは二度となくて、僕は現実で酷く後悔した。なのに、今もそのネガティブ感情が溢れ出ている。自分でもどうしようもない程に。



「あのさ、イッタもう帰ってるかな?」


「――え?」


「イッタが帰ってきてたら、3人でどっか食べに行こうよ」


「うん――。 そう、だね」



ユミさんは悲しそうな表情で口角を上げ、無理に笑顔を見せている。現実でどういう風に断ったか事細かな事は思い出せないけど、恐らく今みたいに理由を付けて僕は逃げた気がする。



ユミさんは駅に向かって歩き出した。その後ろ姿を見て、終わったと落胆する。マイ・レメディーに入れたからこそ訪れた、ずっと後悔していた記憶の再来。普通ならあり得ないセカンドチャンスを、僕はあっけなく棒に振るってしまったのだ。



この世界で記憶と違う行動を取ったらどうなるんだろう?前はユミさんに「記憶と違うことをしないで」と止められた。それは恐らく、僕がユミさんとの記憶を思い出すのに、現実と違う行動は邪魔だからという意味だと思う。だけど僕はここ最近、このままでいいと思ってる。別に記憶を取り戻さなくても、こうしてユミさんに会えるし。



でも僕がそれを望んでしまうと、ユミさんは一生昏睡状態だという事だ。そして更に難しい事に、ユミさんは目覚める事ではなく死ぬ事を望んでいる。



色んな疑問や考えで頭がパンクしそうだった。でも考えた所で答えは出ないし、意味がない。この世界でまた巡り会えたから、現実ではないこの世界だからこそ、想いをぶつけられるのではないだろうか。そう考え、慌ててユミさんの後を追う。



だけど不自然な程に通行人が増えてきて、どんどん姿が見えなくなってきた。



「ユミさん!」



そう叫ぶも、人にぶつかってゆくてを阻まれる。



それでも力いっぱい走って追いつこうとした時、今度は勢い良く人にぶつかった。

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