「リスタート」3

力を振り絞って2人の名を叫ぶも、騒音に掻き消されてしまう。目を瞑り、腕で顔を覆いながら耐えていると、何処からともなく車のエンジン音が聞こえてきた。その音がどんどん大きくなってきたその時、誰かに体を叩かれ目を開いた。



「うっわ!」



思わずそんな声を上げてしまった。



「何してるの!?早くハンドル握って!」



運転免許を取っていないのに、僕は何故か猛スピードで走る車を運転していたのだ。助手席には、慌てた様子のユミさんが居る。



「ちょっとこれ、またもやどういう状況!?」


「分からない!」


「分からないって、ユミさんの記憶の中じゃないの!?」


「大体夢って意味不明だし、どうする事も出来ないよ!とにかく、分からないけど何かに追われてるから逃げて!」


「追われてるって、何に!?」


「だから分からないの!」



車の運転などした事がないので、辺りを見回す余裕など、微塵たりともなかった。体感するに、恐らく時速100キロ以上は出ているだろう。けたたましく響くエンジン音に、背後から数台のバイクが走る音と、パトカーのサイレン音が聞こえている。とにかくハンドルを握るのに必至で、どうしたら良いのか分からないでいたその時、何発もの銃声の音が響き渡った。弾丸は車の窓ガラスに当たる。



こんな非現実的な事態は、恐らく映画の記憶の中だ。



「ユミさん!この場面が出る映画って何?この後どうしたいい!?」


「ありがち過ぎて思い出せない!とにかく―― 流れに身を任せよう」



上空にヘリまで出現する。ハンドルを握る手は汗びっしょりだ。



「ハル、道がない!曲がって!!」


「曲がるって!?ハンドル回せばいいだけ!?」


「知らないけど、ゴーカートを運転してるくらいの気持ちで!」



タイヤが道路を擦り付けるように大きく曲がった時、建物に少しぶつかって車が大きく揺れる。ユミさんは大声を上げ怯えていた。好きな人を助手席に乗せるという憧れのシチュエーションが、まさかこんなカオスな状況で訪れるとは思ってもなかった。



何とか曲がり切って走っていたその時、前方に大きな橋が現れる。その時、爆発音と共に橋の中央部分から炎と煙が上がった。その光景に驚いているのも束の間、車は既に橋の上を走っている。



「ハルどうする!?このままじゃ落ちるよ!」


「どうするって!?こっちが聞きたい!」


「これは鉄橋だから、軍事用爆薬またはミサイルじゃないと、あんな風に爆破は出来ないと思うの!」


「 ――その情報、今必要!?」


「いらないよね!ごめん、パニックでつい!」



そんな言い争いをしている間に、車は爆破した橋中央部分に辿り着く。何もする事が出来ず、ハンドルを握ったまま煙の中に突っ込んだ。車ごと体がふわっと宙に浮き、急速に落下していく。ユミさんと共に恐怖の悲鳴を上げながら、咄嗟に手を握り合って目を瞑った。



そろそろ海に落ちるだろうと思っていると、水ではない何かに体が埋まった。



ユミさんとは手が離れ、目を開けたが暗くてよく見えない。どんどん埋まっていくので、苦しくなってもがいていると、明かりが見えてきた。そこを目がけてじたばたしていると、何処かに出た。



そこは、小さなボールだらけの広いテントだった。座り込むと、体の下半分がボールに埋まる状態。子供が遊ぶスペースのようで、テントの外からきょとんと僕を見る幼い子供達が居た。



少し離れた所でボールが崩れ、驚いた表情のユミさんが現れる。ユミさんの髪はぼさぼさに乱れていた。僕の髪も乱れていたのか、目が合うと吹き出すように笑い出す。さっきまでの喧騒は何だったんだと思うと、可笑しくなってきて一緒に笑った。



「さっきの何?すっごく怖かったのに、何で急にボールの遊び場なの?」


「ユミさんが分からないんじゃ、僕にだって分かんない」



暫く笑い合っていると、ユミさんの背後に光が見えてきた。眩しくて目を細めると、その反応を見たユミさんが振り返る。再び僕に目を移すと、寂しそうに眉を下げながら笑みを浮かべる。



「楽しかったよ、ハル。また遊ぼうね」



名残惜しさを感じてると、光が一気に辺りを包み込んだ。




――



――――




「おかえりハルくん」



ウサミ先生の声を聞きながら呆然とした。同時に物寂しい気持ちにもなっている。



扉が開かれ、眩しさで思わず目を瞑った。



「僕の脳波、異常出た?」


「いいや、出ていないよ。君は2時間きっちりこなした。優秀だよ。だけど何故そう思ったんだい?」



目を瞑ったまま、ゆっくり腕で顔を覆う。目を閉じていても眩しい。



「途中でアドレナリンが出るような出来事に遭遇したから、てっきり戻されたのかと思ったんだけど」


「アドレナリン?何だかよく分からないが、君はすっかりマイ・レメディーを堪能してるようだね。具合は大丈夫なのかい?」


「いやそれが――。」



会話している途中で気付いたけど、全く起き上がれそうもない。視界もぼんやりとしてて、頭も体もとても重く、腕は辛うじて動かせるものの他は機能しなかった。



「成る程、動けないようだね。休息が必要だ。だから明日は休みなさいって言ったんだよ。隣に病室が用意されてるから、今夜はそこに泊まるといい」


「いやでも、学校に行きたい」


「明日の様子を見てその時に決めよう。カルテも明日取るよ。僕が君の家に連絡を入れておくから。今日も動けそうにないってね、一昨日のように」


「一昨日?」


「不思議な事にね、一昨日ハル君のお母さんから連絡が入ったんだ。君が此処に泊まると言っているが大丈夫なのかと」



そうだ、一昨日はユウダイと一緒にイッタんに泊まったんだった。母親にはマイ・レメディーのせいにして、病院ここに泊まると連絡を入れた事をすっかりと忘れていた。



ぼやける視界でも、ウサミ先生がにやついているのが分かる。僕の肩に軽く触れ、小さく笑った。



「大丈夫。居ないとは言わずに、大丈夫ですと言って嘘を付いておいたよ。何か事情があると思ったからね。まったく、この色男」


「え――。」



何か勘違いされているようだ。だけど面倒なので、真相は告げずにお礼だけしておいた。



大人数人おとなすうにんに持ち上げられ、ストレッチャーでこの部屋の隣にある病室に移される。個室になっていて、ベッドとテーブル、冷蔵庫、大きな液晶テレビが置いてあった。ベッドに寝かされ、ナースコールのボタンの位置と、トイレとシャワールームの場所を説明される。此処で1人暮らしでも出来そうなほど豪華だ。



ベッド脇にある棚に、テレビのリモコンとスマホを置いてもらい、運んでくれた大人達は部屋を出ていく。あの家に帰るよりも、よっぽど此処のが落ち着く気がした。



昨夜見た父親と知らない女性、2人を思い出しため息を吐く。あの人達の事は忘れよう。どうだっていい。手を伸ばしてスマホを取り、イッタにラインを送る事にした。



【今日例のあれに長時間入って動けない。明日学校休むかも】



イッタは意外にも早く返信してきた。



【大丈夫なのかおまえ】


【全然大丈夫。むしろ楽しくなってきたくらい】


【なんだそれ。てか本当に学校来ねーの?】


【分かんない】


【やだ】


【やだじゃなくて、体が動かなかったら仕方ない】


【つまんねーからやだ】


【明日の朝また連絡するから】


【おう。てか、ユウダイと連絡取れない】



その返信を見て、ふと時計に目を移した。夜9時近くだった。もしかしたら、まだバイト中かもしれない。だけどバイトの事は内緒だと言われたので、イッタには何も返さずユウダイにラインを送った。



【お疲れ。初日どうだった?イッタが連絡取れないって心配してる】



まだぼやけていて視界がハッキリしない。スマホを置いて両目を擦った。天井を見つめていると、どんどん霞んでくる。



ユミさんはまだあの世界に居るのだろうか。死にたいって、どうしてだろう?おまけに僕も同じ気持ちだろうと言っていた。確かに僕は、何にも卑屈で悲観的な所がある。だけど死にたいと思った事はないはずだ。考えている内に、少しずつ意識が遠のいてくる。



気付けばそのまま眠ってしまっていた。



どのくらい眠っていたかは分からないけど、突然の金縛りで目が覚めてしまう。病院で霊を見たという話をよく聞くから、とうとう僕も霊体験デビューをしてしまうのかと思った。そっと目を開いた時、ドクンッと心臓が大きく音を立てる。



テレビの前に、人が立っていたのだ。



暗いので顔はよく見えないけど、うちの学校の制服を着ていた。長ズボンであることから男子だ。その人物が、少しずつ近付いてくる。



恐怖で心臓が止まるかと思った。だけど顔をよく見てみると、その人物はカシワギだった。



なんでカシワギが此処に?そんな疑問を抱き、目を大きく見開いて見つめる。だけど体は金縛りで動けないし、声を発する事も出来ない。カシワギは感情を無くしたかのように無表情で、じっとこっちを見ていた。



隙間なく真っ直ぐに揃えた前髪の下は丸い眼鏡。カーテンを閉じてない窓から入る微かな月明りが、その眼鏡を光らせていた。暫く見つめ合っていると、カシワギがやっと声を出す。



「僕は助けて欲しいとは一言も言ってない。だけどイッタと中津君が勝手に――。」



何を言ってるのだろう?問い掛けようにも声が出せず、もどかしかった。



「あり難く思ってはないけど、一応アドバイスをしておくよ。変な詮索はよすんだ、中津君」



うめきの様な声がやっと出て、そこから何とか言葉にしようと悶える。カシワギは無表情のまま、そんな僕を見ていた。



「これ以上首を突っ込めば、君が苦しむ事になる」



そこで、押さえつけられていた何かがなくなり、勢い良く起き上がった。

それと同時に、カシワギは消えてしまう。



幻覚を見てしまったような感覚だ。もしかしたら、脳を酷使するマイ・レメディーのせいかもしれない。だけど気になったので、慌ててスマホを手に取った。再びイッタにラインを送る。



【カシワギ生きてる?】



ふと画面に表示された時刻を見ると、深夜2時過ぎを回っていた。当然の如くイッタから返信はない。恐る恐るベッドから下りて辺りを確認した。誰も居ないし、怖い程に静まり返っている。恐怖感を拭えず、思わずテレビの電源を入れた。お笑い芸人が通販番組をやっているのを観て、妙にホッとした。



少し心が落ち着いてきた所である事を思い出し、もう一度スマホを弄る。



既読になっているのに、ユウダイから返信がない。バイト初日だったし、疲れて寝てしまったのかもしれない。特に気にもせず、スマホを棚の上に置いた。そしてぼーっと通販番組を観ながら、再び眠りにつく。



そのまま長時間眠ってしまい、朝の10時頃にウサミ先生に起こされた。時間も時間だし、体は動くものの気だるくて、やはり学校を休む事にした。



午後にもう一度目覚め、ウサミ先生に昨日の出来事を話した。もちろん、ユミさんが死を望んでいるという事は伏せた。カシワギの事を聞いてみたけど、予想通りマイ・レメディーのせいで幻覚を見たのではないかと言われる。ウサミ先生に話したら気持ちが楽になったのと、イッタからカシワギは普通に学校に来てるという返信があったので、この事についてはあまり考えなくなった。



ユウダイからは相変わらず返信がない。それに、学校にも来ておらず、連絡もずっと繋がらないとイッタに聞いた。心配になったけど、連絡が取れないんじゃどうする事も出来ず、僕は迎えに来た母親と共に自宅に帰った。

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