「疑心暗鬼」3

2階に上がり、扉をノックしてから中に入った。イッタは何事もなかったように、テレビゲームをしている。



「イッタ、どうして本当の事言わないの?」


「何が」


「僕が金巻き上げられてんの、見てたんだろ?だから――。」


「あ!ヤベェ、うちの大将がやられてる!」



またしてもゲームに夢中で聞く気がない。さきほどかばんに入れられたゲーム機を取り出し、そっと机の上に置いた。



「ハル、ぼやぼやしてないで手伝えよ!こっちの戦闘要員少ないんだって」


「いや、僕はもう帰るから」



そう告げると、ゲームを一時停止してやっとこっちを見る。



「ええ!?おまえ泊まってくんじゃないの!?」


「は?そんな事言ってない」


「飯食ったら泊まるだろ普通!」


「それ普通じゃないから。これ以上、人様の家で迷惑は――。」


「駄目だ!おまえは今日泊まるんだよ!」



そう言って足元にしがみ付かれた。



「えええ、ちょっ、その小学生みたいなテンション、本当止めて」


「泊まれよー!そんで一緒にゲームやろうってー!」


「勘弁してってば」



すったもんだを繰り広げていたら、イッタのお母さんがやってきた。部屋に入ってきて僕達の様子を見た後、直ぐにイッタの頭を叩く。



「あんたはいつまで子供のつもりよ!ハル君を帰してやりなさい!明日また学校で会えるでしょ?」


「今日は友達と遊びたい気分なんだってー!明日じゃ遅い!」



足を拘束されているのを解こうとしている内に、疲れてそのままよろける。



イッタは頑固で全く聞く耳を持たなかった。イッタとお母さんのやり取りを見ていたら、正直どうでも良くなってくる。今断っても、いつかまた今日の埋め合わせをしろと言わるような気がした。聞き分けのない子供を持つ親って、こんな気持ちなのだろうか。ぐったりしながら、諦めの境地で口を開く。



「もういいです、泊まります。あの、もちろんご迷惑じゃなければ」



イッタのお母さんは、心底申し訳なさそうな表情で肩を撫でてきた。



「ごめんねハル君、バカには今度きちんと言い聞かせておくから」



そしてイッタのお母さんが僕の家に連絡してくれ、晴れて?此処に泊まる事になった。お風呂に入った後ゲームに付き合わされたけど、ものの数分でイッタは寝てしまう。本当に何なんだこいつと思い、ぽかんとした。



「イッタ、ベッドで寝ろよ、ほら」



揺すっても全く起きそうになく、気持ち良さそうにイビキを掻いている。ゲームをセーブしてテレビを消すと、イッタがのそのそっと動き、ベッドの下に敷かれた布団に潜りだした。



「それは僕の寝床なんだけど」



そう伝えても、寝ぼけてるのかうんうんと頷きながら、そのまま再びの爆睡モードに入る。諦めて電気を消して、窓際にあるベッドに入った。人の家とか眠れない。おまけに、下からガースカピースカとイビキが聞こえてくる。



窓の外をじっと見た。隣の家の外壁しか見えない。



体を起き上がらせ、空を見ようと見上げてみたが、酷く曇っていて何も見えなかった。素敵な夜空を見れるとでも思ったのか?と、自分を責めてみる。



考えてみれば今までの人生、綺麗で心地良い環境などに巡り会った事がない。おまけにそれを求めている訳でもないくせに、僕は一体何をやっているのだろう。



その時、突然イッタが大声を上げた。



「人類をおまえに託す!」


「はあ?」



ベッドの下を覗いてみると、相変わらずスヤスヤと眠っていた。どうやら寝言らしい。そんな荷が重いことを僕に託すなよ、と心の中で突っ込みを入れる。イッタはお腹を掻きながら、むにゃむにゃとまだ寝言を言っていた。



「パッ、クンチョ――。」



ダメだ―― 今夜は眠れそうもない。



その時、せき止めていた何かが外れたかのように、笑いが噴き出してきた。暗い部屋で1人、涙を流しながら笑い、間抜け顔のイッタを見つめる。



『僕達はいつからという関係になったけ?』と、今日はそれを聞きに来ただけだった。だけど今、何となく思う。



今日から友達だ、なんて事はわざわざ伝えるものではなく、こんな風に自然に出来るものなんだと。今まで友達が居なかったから、僕は知らないだけだった。この日を境に、イッタを友達だと認識できるようになった。



それからはしょっちゅうイッタの家に上がらせてもらうようになって、何度か泊まりもした。



イッタの両親はユーモアがあって、それでいて愛想が良くない僕にも優しい。こんな家で育っていれば、僕の性格は全く違かっただろう。そんな過去に思いを馳せながら、ゲームをやるイッタとユウダイを見ていた。



その時、イッタのお父さんが部屋に入ってくる。



「なあなあおまえ達、今日会社で面白い物貰ったんだよ。下に来ないか?」


「面白い物!?行く行くー!」



イッタは真っ先に部屋を出ていく。



「2人もおいで」



笑顔でそう促され、僕達も続いて下に降りた。1階のリビングにはイッタのお母さんも居て、嬉しそうに僕達に手招きをしてきた。



「ハル君も不良君もこっち」


「母ちゃん、不良君って止めろよ。ユウダイって呼べよな」


「あはは、ごめん。だって見た目が分かり易くグレてるんだもーん」



爆笑しながらそう言い、ユウダイの肩を叩いている。イッタのお母さんはいつもこんな感じで、お母さんだけではなく此処の両親は、イッタと友達のような感じで見ていて微笑ましい。僕はもうすっかりこの環境に慣れているけど、ユウダイはずっと俯きがちで照れているような態度だった。



その時、ふと思う。イッタのお母さんって、何処となくユミさんっぽいなと。



マイ・レメディーの世界が現実だったとして、此処にもしユミさんが居たら完璧だ。僕にとって、理想の家族のように思える。



「これこれ、此処を持って」



そう言いながらイッタのお父さんは、10cmほどの人の形をしたプラスチックを掲げていた。一見するとタンバリンのようにも見える。4つ摘まめるように突き出てる部分があり、それをイッタのお父さんを含め4人でそれぞれ持ってみた。小さな物なので、4人の距離はえらく近い。



ユウダイが、ボソッと呟いた。



「ああ、これテレビで観た」


「知ってる?じゃあ、この状態のままお互いの体を順番に叩いてみよう」



お父さんがそう告げると、イッタが力強くユウダイを叩いた。



「いてぇ!んな強く叩かなくてもいいんだって」



ユウダイの叫び声と共に、プラスチックの物体から何か音が出た。イッタはおおー!と驚きながら、隣に居るユウダイとお父さんを叩きまくる。ドラムのシンバル音やスネア音が鳴り響いていた。



イッタのお父さんが、ため息交じりに言う。



「イッタ、おまえばかりじゃなく、ちゃんと皆とリズムを合わせろよ」



摘まんだままお互いの体に触れると音が出る、という不思議な玩具で、これが意外と面白かった。えんそうモードという、一曲の曲を完成させるモードに切り替えやってみたけど、いつもイッタが音を外す。皆で大笑いしながら盛り上がった。



気付けば0時過ぎを回るまで遊んでしまい、もう寝なきゃと慌てて解散した。部屋に戻った途端、イッタはベッドにダイブし大爆睡。今やお決まりのパターンだ。



それぞれ下に敷かれた布団に寝そべり、目を閉じてはみたけど眠れそうもない。此処に泊まるといつもこれだ。何故ならば、イッタのイビキがうるさいのだ。



ユウダイは初めて此処に泊まりに来たので、耐え切れなくなったのか布団を剥いで起き上がる。



「おいおい、うるせぇな!」



ついぷっと吹き出して笑ってしまった。



「あ、ハル起きてた?」


「眠れる訳ないじゃん。毎度の事だよ。睡魔の限界を待つのみ」


「あー、寝不足で学校行きたくねぇー」



ユウダイは項垂れるように寝転ぶ。そして、小さく呟いた。



「修学旅行ん時、イッタと同じ部屋だけは勘弁だな」


「だけど僕等と一緒じゃなきゃ、イッタがずっとダダこねると思う。それこそ面倒だ」


「やっかいな奴だな」



修学旅行、まだ先の事だけど、この3人で過ごせると思うと楽しみだ。中学の時は京都で大部屋だった。イッタのイビキに全員やられて、翌朝イッタ以外が起きられなかった。なのに何も知らないイッタが、清々しい顔で全員を叩き起こす。皆が恨めしそうにイッタを睨む目と、それに全く気付かないイッタに笑えた。



思い出していると、ユウダイが小さな声で、まるで独り言のようにして呟く。



「俺ってやっぱり、歪んでるよな」


「え?いや、イッタのイビキがうるさいと感じるのはユウダイだけじゃ――。」


「ちげーよ、イビキの事じゃねぇし」


「じゃあ、何」


「今日楽しかった。だけど―― イッタを心底羨ましくも思うんだよね。たまに嫉妬で頭が可笑しくなりそうになる」



ドキッとして、ついユウダイに目を向ける。ユウダイはぼーっと天井を眺めていた。



「もう寝るわ。おやすみ」



そう言って背を向けてしまった。



言いようのない不安を抱きドキドキしてくる。気が小さいので、人の些細な言動に不安や恐怖を抱く事があった。あの言葉は恐らく、ユウダイの本音だ。



僕は今、楽しい日々を過ごしている。だからこそ、何かが変わってしまう事が恐かった。今のまま3人で楽しく高校生活を過ごしたい。修学旅行に行って、卒業して、大学生になっても一緒に遊びたい。



だけど人の心の変化は見えない。何かがきっかけで、一瞬にして状況が一変してしまう事もある。そう考えていたら、マイ・レメディーのせいかズキズキと頭痛が僕を苦しめてきた。



明日も放課後、あれに入らないとならない。

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