「疑心暗鬼」2

                  ***




イッタんに行くと、意外な事が2つ待ち構えていた。



1つは、イッタの両親が事情を既に知っていて、僕達を笑顔で招き入れてくれたこと。おまけに、僕達の両親に細かい事は内緒にしてくれるというのだ。こういう所はイッタの両親っぽいなと思った。2つめは、イッタが説教をたれなかったってこと。何も聞かずにゲームやろうぜと言ってきた。



つい、あの日の事を思い出してしまう。



今になっては遠い昔のように思えるけど、僕はイッタに出逢うまでずっと虐められていた。だけど不思議なもので、長い間虐めの対象となり人に嫌われていると分かると、悲観的になるよりも、それが僕なのだと思えた。そもそも友達が欲しいという感情がなく、1人でも生きていけると思っていたからかもしれない。



家に居場所がない。学校に居場所がない。だけどそれが何だって言うんだ。皆誰だって、いつかは1人で死ぬんだ。そんな風に冷めた考えだったのかもしれない。

そんな中イッタに出逢い、付き纏われ、勝手に時間を共有された。



その生活の中で突如、イッタを友達だと思えたきっかけが訪れる。



ある日、度々金を巻き上げにくる先輩に校内で捕まってしまい、いつものように諦めて財布を広げていた。誰かが猛スピードでこっちに向かってくる気配を感じ、ゆっくり振り返ったのも束の間、その誰かが先輩に飛びかかる。



ライオンが獲物を仕留めたかのような俊敏さに驚き、財布片手にその場で硬直した。じっとその様子を傍観していて気付いた。はイッタだったのだ。



その先輩と何かいざこざがあったのか、イッタは凄い剣幕で切れまくっている。先輩3人を相手に、殴ったり殴られたりを繰り返していた。乱闘騒ぎに気付いた先生がやってきて引き離された時、イッタは先輩達に向かって啖呵を切った。



「てめぇら!俺のダチに手出したらぶっ殺すぞ!」



先生に引きずられていくイッタの姿をぽかんとしながら眺めた。正直言うと“ありがとう”や“助かった”なんて思いは微塵もなかった。



何なの、あいつ。ただそれだけだったのだ。



その後、僕も先生に呼び出されたけど、今まで金を取られていたことは言わなかった。面倒だったから。結果、先輩もイッタも5日間の出席停止処分を受けた。



イッタが居ないだけで教室は静かだ。罪悪感はなかったけど、どうしても聞いておきたいことがあり、イッタの家を訪ねることにした。



会ったら、僕達はいつからという関係になったけ?と聞こうと思っていたのだ。学校でも放課後の帰り道でも、いつまでもついてこられたりしたけど、意気投合したとか盛り上がったなんて事は一度もないはず。何なら、イッタが一人で喋っていただけだ。だからずっと、もやもやしていた。僕は自分の事しか考えられなくて、このもやもやを晴らしたいだけだった。



自分の家から2つ先の駅に、イッタの家はあった。こっちに来るために戸建ての家を買ったらしく、見た目は新しく綺麗だった。



訪ねるとイッタは、スウェット姿に手に携帯ゲーム機を持って現れる。そして僕の目を見ずに、ゲームをしながらこう言い放った。



「おう、何か用?」


「あのさ、聞きたい事が――。」


「オイ、まじかよ!まったやられたし!なあ、おまえってゲーム得意?」



言うタイミングを完全に逃した。というか、いつもそうだ。イッタは僕の話など聞く気がないのだと思う。



「何やってんの?早く入れよ!」



そう言って、手で来いと合図してくる。さっさと中に入るイッタの後ろを、小さくお邪魔しますと呟きながらついていった。だけど中はシーンと静まり返っている。



「親仕事だから。んなことよりもさ、おまえこのゲームやったことある?」



覗き見てみてすぐに分かった。3年ほど前に発売したゲームで、オンラインモードも搭載されたRPG。発売した当初に少しハマってやっていた。



「何で今更これやってんの?」


「おおお、知ってんだ!じゃあさ、こいつ倒して」


「オンラインで協力してもらったら」


「えー!嫌だよ、顔も見えねぇ知らない奴とやんの。いいからやってみろって」



渋々ゲーム機を受け取り、そのまま小一時間ほどゲームをさせられた。



そんな中、何度も思った。僕は何故、こんな所でゲームなんかをやっているのだろうと。傍らでゲームを覗き込むイッタは、目を輝かせながら「すげぇすげぇ」言って興奮している。それはまるで小学生のようだ。意を決して口を開いた。



「あのさ、ひとつ言っていい?」


「なに」


「――このレベルじゃ、次のエピソード無理」


「ええー、レベル上げめんどい」



RPGと言えばレベル上げじゃないか。それが面倒なら、何故このゲームを買ったのだろう。それに――。



「いま出席停止の処分を受けてんだよね?何をお気楽にゲームやってんの」


「はあ?ゲーム以外やることねぇじゃん!おまえバッカじゃね」


「親に怒られたでしょ」



そう言うとイッタは、瞬時に苦虫を噛み潰したような顔に変わる。おまけに何故か小声になった。



「あったりめぇじゃん、すげぇ切れられた」


「それでゲームなんかやってたら更に――。」


「おい!いま何時!?」



おまえの後ろに時計があるんだけど、と思いながら、その時計をじっと見つめ答えた。



「6時半」


「ヤベ、セーブしろ!隠せ、早く隠せ」



イッタは突然あたふたしながら、無意味に僕の肩を揺すってくる。



「な、何なの。てか、僕を揺すっても意味ない」



そんなやり取りをしていたら、扉が開く音がした。イッタは更に慌てて、僕のかばんの中にゲーム機を投げ入れる。現れたのは、スーツを着た女性だった。イッタの母親だとすぐに分かった。その女性の目元が、イッタにそっくりだったからだ。まん丸の目で、きりっとした眉毛が酷似している。



「イッタ、こんな時に何遊んでるの」


「ちちち違うし、こ、こいつ超おぼっちゃまで頭良いから、さっきまで休んでた分の授業の内容聞いてたんだって」


「あんたがぁ?」



そう言いながらスーパーの袋を置き、イッタの目の前に立った。そして、バシンと軽くイッタの頭をはたいた。



「なわけないでしょ、あんたみたいなアホが。授業の内容なんて聞いたって分かんないでしょうが」


「本当だって!なあ?」



そう言って僕を見つめる。少し黙った後に、すっと立ち上がり軽くお辞儀をした。



「中津 ハルです。お邪魔してます」


「あら、礼儀の正しい子。まあうちのバカ息子の事は放っておいて、今夕飯作るから食べていきなよ」


「いえ、でも――。」



母親に何も言わずに来てしまった。帰らないとウルサイだろうし、断ろうと思っていた。だけどイッタが、大声でイエーイと叫び喜んでいる。



だからおまえは小学生か。そんなことを思いながら、冷めた目でイッタを見つめる。



「うるさいんだよ、あんたはいちいち。ねぇ、こっちに来てからイッタが友達連れてきたの初めてだし、食べていってよ」



何となく断ることが出来ず、そのまま一緒にご飯を食べる事になった。後から帰って来たイッタのお父さんも現れ、4人で他愛もない会話をしながら食卓を囲む。僕は話さずほとんど聞いていただけだけど。その会話の中で、知らなかった実々を知ることになった。



イッタは5歳の頃から空手を習っていたらしい。だが今回の件で破門になったそうだ。イッタが喧嘩をした元凶が僕とは知らず、両親は今までこんな大きな喧嘩を起こさなかったのにと嘆いていた。イッタは僕の顔を一切見ることなく、ただただ「嫌いな奴だったから」を突き通している。



イッタの父親は、そんなイッタの頭をとんっと軽く押した。



「まったく。須藤先生が聞いたらどんなにガッカリされるか」


「本当。イッタの事をあんなに可愛がっていたのに。お参りに行った時は、手を合わせてきちんと謝りなさい」



イッタはふて腐れた顔のまま黙っている。罪悪感のようなものが僕を押しつぶしてきた。本当の事を話そうと口を開きかけたその時、イッタが突然ぽろぽろと涙を流し出す。僕は口を開けたまま固まってしまった。



ちなみに、イッタの両親は大笑いしている。



「この泣き虫!」


「まったくおまえは、中学生になってもすぐ泣くんだからな。この間、他人の家のペットが死んでも泣いてただろ」


「他人じゃねぇよ!あそこの婆ちゃんと友達だったんだって」


「はいはい。どうする?お母さん、頭でも撫でてやろうか?」



そう言って手を伸ばしたお母さんの手を、イッタは素早く払いのける。



「師匠の話するからだろ!それはルール違反だ!」



それを聞いた両親は、笑顔で首を横に傾げる。



「うちにそんなにルールあったけ?」


「もういい、ご馳走様!」



イッタはきちんと食べ終わったお皿を洗い場に置き、すたすたと何処かへ行ってしまった。イッタのお母さんが、まったくと言いながら僕に目を移す。



「ごめんね。イッタが5歳からずっとお世話になってた道場の先生がね、2年前に亡くなったのよ。イッタは師匠って呼んでいて、凄く慕っていたから、今でも名前聞くだけで泣くのよね」


「あのまま大人になったら心配だ。純粋すぎてやっていけないだろ。上司が嫌いってな理由だけで殴ってたら、それこそ社会でやってけないからなぁ」


「あはは、困ったよねぇ」



冗談交じりにそう言う両親は、イッタに似て非常に明るい。この両親に育てられ、あの明るいイッタが出来上がったのだと納得する。



「あの、ご馳走様でした。ちょっと僕、イッタに声掛けてから帰ります」


「ああ、そうしてやって。こっちに来て、ハル君みたいな友達が出来て本当に良かった。自分の部屋に行ったと思う。イッタの部屋は2階に上がってすぐだから」



にこにこと微笑む両親を見て、少し胸が痛んだのを覚えてる。僕はイッタを、単純バカでうっとおしい存在だとしか思ってなかったからだ。

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