第16話記念日

「これから一緒に暮らすってことはさ、お互いの持ち物は、ふたりの共有財産だね」

 一方的にひとの部屋に転がり込んできた小麦は、自分の荷物を運び終えると、そんなことを言いだした。

「あたしのもの、なんでも使っていいよ」

 親切顔にそう言うが、女の持ち物で男が使えるものなど、そうはない。しかし逆の立場だと勝手がいいようだ。小麦は、オレのジャケットからGパン、Tシャツ、パジャマ、下着に至るまで、断りもなくタンスから引き抜き、自由気ままに着たおした。自前の衣類をもったいぶって仕舞い込んでるわけではない。小麦はひとのものを肌身に着けることに、本当に頓着がないのだ。無頓着とはいっても、そのスタイリングは見事だった。動物的な感性で、あっと驚くコーディネイトをしてみせる。そのセンスにはほれぼれと目を見張らせられ、つくづくと感心させられたものだった。

「ふたりの貯金も、いっこの口座にまとめたほうがいいね」

 金融機関で働いたこともある派遣OL嬢は、ねえさん風を吹かせて、生活費は自分が管理する、と主張しだした。親からの仕送りで生活してるオレは、そんなの冗談じゃない、と反論した。しかし、開設したての預金通帳にプリントされた小麦の給料を見て、ドギモを抜かれた。

「派遣仕事がひと月空いたから、年末はキャバクラでバイトしたんだ」

 学生風情のオレには見たこともない数字だった。仕送りの額など、まるで比じゃない。仕方なく(というより、内心うっしっしの気分で)口座をまとめることに同意した。

「暗証番号は、1・2・2・4ね。あたしたちが出会った日」

「1・2・2・4・・・」

 つまり、クリスマス・イブだ。

「クリスマス・イブだ!」

 そして今、銀行のATM機の前で、背中にナイフを突きつけられたような気分になってるオレだ。まったく忘れてた。街中にジングル・ベルが流れてるってのに。そういえば、小麦は示唆してた。「25日の一日前よ、鈍感!」と。

 なんという迂闊。〆切に集中してた、なんて言い訳は、女の前では通用するまい。なぜなら女という生き物は、一年365日をこの日のために生きてるんだから。その上、オレたちふたりにとっては、その日はさらに重要な意味を持つ。なんせ、出会った日なんだから。行き倒れの氷漬けになってた小麦を部屋に引き入れ、交わり、ふたり暮らしをはじめた日なんだから。

「しまった・・・しまった、しまった、しまった・・・」

 形勢は完全に逆転した。悪役はオレだったというわけだ。ずっと、ずっとオレは悪いヤツに映ってたのだ、相手の目からは。そう、小麦はちっとも悪くない。放埒だが、あいつは純情で素直なのだ。まっすぐなのだ。不器用なだけなのだ。

「まずい・・・まずい、まずい、まずい、まずい、まずい・・・」

 マフラーに鼻先を突っ込んで、この窮地を考えてみる。

「うわああああああっ!」

 こ、こ、このマフラー。マボロシ酒場を出るときに小麦に渡されたこのマフラー。

「て、てて、て、手編み・・・」

 あの女が?オレのために?

(出し抜かれた・・・)

 なにがあろうと・・・たとえ命と引きかえにしても、今夜のシャンパン代をつくらねばならなくなった。男として。

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