第15話ネコとニンゲン

 結局、ふたりの関係がフェアじゃないってところに問題があるんだ。

 振り返れば、あいつと過ごした一年間は、ネコとニンゲンの共存生活みたいなもんだった。共存・・・というよりは、主従の関係か。あいつが自由気ままなネコとすれば、オレがそのネコに飼い慣らされてるニンゲンってわけだ。ネコがその潤んだ瞳でニンゲンを見つめ、何事かを訴えるひと鳴きを発すれば、ニンゲンはすぐさまそれに応えなきゃならない。ミルクボウルを差し出したり、毛艶を整えてやったり、いたずらの後始末に走ったり・・・。ご機嫌取りをしたその見返りにニンゲンは、ネコを「カワイイ」と愛でることができる。その関係は、正常なんだろうか?

 師走の町は妙に浮かれて、チープなイルミネーションに風景全体が白々しく輝いてる。行き交うコイビトたちには、降り積もる雪もあたたかい夜の舞台装置なんだろう。ぐしょぐしょのクツ履きの文無しにとってそれは、地獄に近い環境なんだが。

 そうだ、当面の懸念は金策なんだった。

(あんなやつのために・・・)

 自分の几帳面な性格がうらめしい。とにかく一刻も早く任務を果たし、暖気の前にもどらなければ。さもないと、死んでしまう。この寒さは尋常じゃない。手の平に息を吹きかけると、指の間から抜けた呼気はまっ白に凍って、いつまでもそこにとどまりつづける。マフラーに鼻先を突っ込んで、少しでも前に進もうと決めた。

 ムダと知りつつ、とりあえず銀行に足を運んだ。ATMの前に立つ。

「イラッシャイマセ」

 バカにしたように響く電子音声。根拠のない祈りを込めて投じるキャッシュカード。無意味に気合いを込めて、暗証番号を押してみる。

「1・2・2・4・・・と」

 しかしパネルには、わかりきってた残高、その額。

「・・・い、1円・・・マジか・・・」

 失念してた原稿料が振り込まれちゃいないか、仕送りが残っちゃいないか、巨額な利息が付いてやしないか、暗黒の組織から間違って大金が・・・と、淡い期待を寄せてはみたものの、それが幻想であることは、

「ああ、わかってた・・・わかってたさ・・・」。

「アリガトウゴザイマシタ」

「っせー。機械フゼイが」

 カードを引き抜き、出口へと向かう。すると、ずらりと並んだATM機の前を総なめに横切ることになる。このアホな原始的ロボットどもは、いちいち前を通り過ぎる客に向かって、

「イラッシャイマセ」。

 全員がそれを口々に言うもんだから、やかましくてしょうがない。

「イラッシャイマセ」「イラッシャイマセ」「イラッシャ」「ラッシャ」「ヘイラッシャ」「イラッ」「イラッ」「イライライライラ」「イラッシャイマセ」

 ああっ、イライラする!ロボットおしゃべり機能よりも、黙らせ機能をつけろ、ATM開発部門よ。

 手にした残高照会の明細書にちらりと視線を落とし、それをくしゅくしゅっと丸めてゴミ箱に捨てようとした。しかしそのときだった。脳裏に数字の残像が引っかかり、何事かを印象した。

 12・24。

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