第4話ひとりだち

「引退します」

 小麦大先生が、突如として宣言した。

「へ・・・?」

「もうマンガは描きません。体力の、ゲンカイ( by 千代の富士)」

「バカ。出版社と専属契約してんだぞ。おまえが描かなきゃ・・・」

「作者はあんたでしょ?ゴーストライターなんて、つまんない。てゆーか、マンガ家なんてつまんない」

 やばい。小麦が描かなくなったら、暮らしは完全に破綻する。なにしろ、こいつのヘタウママンガの原稿料が、ふたりの生活を支えてるんだから。

「考え直せ、バ・・・いや、小麦先生。な、がんばろうぜ。継続は力なり、というよ」

「創作で重要なのは、最初のイマジネーションのみ。その後の自己模倣に価値はないのです」

 要するに、飽きた、と言いたいらしい。

「オレの立場はどうなる?」

「あんたのは、ただの模倣でしょ」

「それはそうだけど・・・」

 小麦の作品を、オレが自分の作と偽って新人賞に投稿し、それが採用された。小麦に非はなく、オレに理はない。頑迷なこいつがイヤと主張する以上、その気持ちはテコでも動かすことはできないだろう。仕方がない。

 数日後の担当との打ち合わせで、すべてを白状した。

「申し訳ないことに、そういうことだったんです・・・」

 アパートの部屋で、顔を突き合わせた三人は黙り込んだ。ひとりは恥じ入り、ひとりは困惑し、ひとりは開き直って。

 担当編集者は25の小柄な女で、宮古という。学習院大学卒で、お行儀はよく、生真面目で、頭はそこそこ切れる。が、ペーペーだ。顔の細工は悪くはないが、薄化粧で毛穴が目立ち、いつも鼻の頭に汗をにじませてる。

「だけどあのー、先生・・・その、小麦さんではなく、ヤマキ先生は、彼女なしでも、つまりひとりでマンガを描くこともできるわけですよね?」

「はあ、一応・・・マンガで食っていきたいのは、小麦じゃなく、ぼくのほうですから・・・」

「なにか過去の習作でも拝見できますか?」

 オレは、段ボール一箱分もため込んだ過去作品を押し入れから引っぱり出した。担当・宮古は、それに丹念に目を通す。

「・・・悪くないですね」

 褒められてもいないが・・・拒絶される感触ではない。

「これなら・・・まあ・・・」

「まじですか?」

「・・・いえ、まあ、プロットは、その、あれですけど」

「ですよね・・・」

「でも、画は、悪くはないです」

「ほんとですか?」

「よくも・・・ないですが・・・」

「はあ・・・」

「でも、悪くも、ないです」

 どっちなんだ、はっきりしろ!・・・と言いたいが、はっきりしない絵を描く自分が悪いのだった。しかし、悪くないと言われてもいる。手に汗がにじむ。生き残る可能性はあるかもしれない。横に座った小麦をチラ見すると、カイギ心に眉根をゆがめてる。ざまーみろ。

「そですね、ではえとー、〆切もあることですし、絵柄を変えた、という線で今までの作風はうやむやにして、小麦さん抜きで描いてみますか・・・」

「は、はい。ぜひっ」

「こうしてはどうでしょう。おふたりの生活、とか、実に起伏に富んでて面白そうですし、今流行りの、そんなエッセイ風のつくりでですね、いってみませんか」

 オレは新生マンガ家として、小麦とのこの奇妙なふたり生活を記録することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る