第3話デビュー

 こうしてオレは、小麦のおかげでデビューできたのだ。

「あたしが鉛筆線で描いてあげるから、あんたはペンを入れなさい」

「はい・・・」

「ここ、ベタ。次のページのワク線まだ?」

「今やってます・・・」

「コーヒーは?」

「炒れてきます・・・」

 オレのペンネームで原稿を送ったために、新人賞を獲ったのはオレということになってる。新人は、出版社と一年間の専属契約を結び、三ヶ月以内に次作を誌面に発表しなければならない。つまり、「新人マンガ家・オレ」は、「ゴーストライター・小麦」の絵柄・表現の新作を持ち込まねばならないのだった。

「あ~、もう、あきちゃった」

 小麦はその場でころりと寝そべる。忸怩たる思いで大先生をおだて上げ、褒めそやしつづけるオレだが、仕事をうながすにも限界がある。大先生は、原始生物でもあらせられるのだ。

「ちょ・・・小麦、さん・・・」

「あと、アシがやっといて」

 アシとは、もちろんアシスタントのことだ。はらわたが煮えくり返るが、連載をつづけるには、このお方を怒らせてはならない。

「オレにこんな画、描けねーから」

「あんたプロ志願でしょ?がんばってマスターしなさいよ」

 それは無理なのだ。マスターしようにない。ひどい画なんだから。Gペンでなく、水性ペンをのたくらせた描線は、まるで史前の壁画のレベルだ。ストーリーだって、行き当たりばったりの理不尽もの。会話劇にはなってるが、キャラ立ても、起承転結の作法も、およそ定型を無視したつくりだ。編集部がこの作品のどこを評価したのかわからない。わからない以上、オレにこの水準のものが描けるわけがない。

「オレは写実的なアクション劇画を描きたいのに・・・」

 みじめさといらだちで、思わず肩がふるえる。それに気付いて、さすがの小麦大先生も横着な態度を改め、真顔になった。

「ちょっと・・・泣いてるの・・・?」

「うるせーな。そんなわけねーだろ」

 泣く、と言葉にするから、目はうるむのだ。小麦は、ふるえるオレの手に自分の手の平をのせてくる。やわらかく、そしてしなやかな指先。体温が伝わってくる。

「ごめんね、なんかあたし・・・才能あっちゃって」

 こいつの体温は、ときどきイッジョ~に不愉快になる。

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