第34話 死の庭師

「ここは……」


 せりと日陰が二人を探すため、森を歩いていると開けた場所に出る。その中心には然山寺に似た寺がある。あからさまに怪しい、せりは日陰を制止させ、様子をうかがおうとするが、日陰は振りほどいて前に出る。


「ちょっと! 危ないかもしれないわよ」


「時間の無駄。日陰たちは進むしかない」


 日陰の言うことには一理あった。龍鳳院やなぎの魔法である白虎と玄武を倒しているからここで止まるのは相手に回復する時間を与えてしまう。こんなあからさまな敵の拠点。素早く攻めるべきだと日陰は考えた。


「それに、もう気づかれてる」


 殺気。背後、いや、周囲。せりは自身と日陰を守るように周囲に白の拒絶で壁を作る。一斉に襲い掛かる木々。その攻撃はせりの魔法によって防がれる。


「魔物の気配はなかったはずなの!」


 ニャルラリリエルが声を張り上げる。ルシィラフェルトも頷いて応える。導き手コンダクターの二体は人よりも優れた感覚を用いてずっと警戒し続けていたはずだ。その二体がどちらも気づけなかった。いったいいつから周囲の木々が敵の手足にすり替わっていた?


「せり、隙間を開けて」


 刀を構え炎を出す日陰。魔力は回復したようでその炎は安定しており、自身を焼き尽くそうとはしない。


「分かったわ。合図をしたら上に穴を開ける。3、2、1……」


 今。合図と同時に白の拒絶ホワイト・リジェクトに穴が開けられる。その穴に向けて木々が襲い掛かるのと同時に炎が噴き出し、その全てを焼き尽くそうと迎え撃つ。


「燃えろ」


 炎が木々に燃え移り、幹まで焼き尽くそうとするその瞬間に枝を切り離して回避する。再び枝を伸ばして二人に襲い掛かる。


「シタ。イヤナオト」


 耳をぴんと立ててルシィラフェルトが警告する。下。いったい何が。考える前にせりは魔法を解除し二人は上に飛ぶ。遅れて地面から木が突き出して襲い掛かる。


「っ!!!」


 日陰が炎で迎撃する。本来、水分が多く含まれた木はそれほどよく燃えないが全てを焼き尽くす炎であれば関係ない。いとも簡単に灰に変わるが攻撃の手数が多く息をつく暇がない。今度は上から矢の雨のように襲い来る。それに日陰は炎をぶつけようとするが無理に飛んだせいで飛びすぎてしまった。距離が近すぎる。このままでは木を燃やしたところでその炎の中に自分ごと飛び込んでしまう。


「使って!」


 せりの魔法が壁を作る。自身の周囲全てを塞がなければ襲い掛かる木々はそれを容易に避けて攻撃を通してくるが足場としてなら使える。日陰は壁を使って上昇する勢いを殺し、落下を始める。


赤の紅火レッド・ブレイズ!」


 落ちていくことで炎から逃れつつ、木を焼き払う。再び地面から木々が迫る。落下を止めることはできず、無傷で凌ぐすべは日陰には存在しない。だがそれで諦めて受け入れる日陰ではない。自分もろとも焼き払おうと炎を出そうとする。それにせりは気づき魔法を放つ。


「危ない!」


 日陰の周りに白の拒絶ホワイト・リジェクトで壁を作る。ギリギリ展開が間に合い、木々の攻撃から日陰を守る。木々は一旦、日陰を攻撃することを諦め、せりに狙いを定める。


「っ!!」


 自身の周りにも白の拒絶ホワイト・リジェクトを展開する。木の枝がその周囲に憑りつくがあらゆる干渉を妨げる魔法を破るすべはない。諦めたようにその動きを停止させる。


「はあ、はあ。とりあえず一息おけるわね」


 せりはあがった息を整える。この中にいる限りはひとまずは安心できる。長時間完全に塞いだままでいることは中の酸素が尽きてしまうためできないが少し穴を開けて空気を入れ替えれば問題ない。その隙を突かれることに気を付けていれば大丈夫なはずだ。


「全てを焼き尽くす炎と全てを拒絶する壁。炎を耐えられるほどの耐久力はないし、壁を出される前に攻撃できるほどの速度もワタシにはないわ」


 声。いったいどこから。周囲は全て塞いでいるはず。この壁には音も通らない。だから聞こえるはずがない。


「でも残念。この空間、全てがワタシよ」


 花のような甘い香り。匂いだって通すはずがない。どこから。しかし、光も通さない暗闇の中だ。その所在を掴むことはできない。だが、空気が揺れる。それで危険であることに気づく。瞬間、自分と日陰を囲む壁を解除してその場から飛び出す。


「ぐっ……!」


 何かがせりの肩を抉った。魔法を解除して目が見えるようになったことでその姿を捉える。それは花。だが、その葉はまるで肉食動物の口のような形をしている。その牙には血が滴っており、せりの肩から抉った肉を咀嚼している。


「大丈夫?」


 同じようにせりの魔法から投げ出された日陰が隣に着地する。日陰は先ほどの攻撃を凌げたようで新たな外傷はなかった。


「ええ、かすり傷よ」


 柄ではないが強がるせり。日陰は先の戦いで片腕を失っている。それなのに人の心配をするなんて鬱陶しい。


「あら。浅かったわね」


 それが姿を現してニャルラリリエルとルシィラフェルトは敵意をむき出して威嚇する。そのシルエットから連想されたのは令嬢。黒いゴシックドレスを身に纏い、紫色の花飾りのついたボーラーハットを被っている。周囲に草花がゆらゆらと蠢き、指先でまるで小動物を愛でるかのように撫でる。


「せり、あれは魔物なの。濃すぎて気づかなかったの。この空間すべてからあれの気配と匂いがするの」


「その通りですわ。この空間は全てワタシ。ワタシが作り、ワタシでできているの」


 そうであることを証明するかのように何もない空間から種を生み出し、そこから花を咲かせて手に取って見せる。


「道化に倣うのは癪だけど、ただの魔物と同列にされるのも癪ね……。悪魔が一人、デッドオブガーデナーですわ。以後お見知りおきを」


 会釈をして顔を上げる。その表情はさっきまでのまるで人間の令嬢のようなお淑やかさはなくなっていて、まさに悪魔のような狂気じみた笑顔だった。


「では、あの子のために精一杯時間稼ぎをさせてもらおうかしら」


 それを合図に再び戦闘が始まった。

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魔法少女は振り返らない うみつき @umituki

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