第33話 台本
魔法を使って一直線に進むと、草花に囲まれていた景色が変わり、開けた場所へ出る。
「出れたー!」
「おう! 助かったで、小詠」
ひと段落といったところか、みなとさんはその場にへたり込む。つられてわたしもしゃがむ。
「おつかれさまです、みなとさん」
わたしが気を失っている間、ずっとわたしを背負ったまま、わたしが目を覚ましたときに、すぐここから脱出できるように色々調べてくれていたのだから疲れているに決まっている。
「たいしたことあらへん。うち1人やったら詰んどったんや。うちにできることはうちがやらへんと」
「でも」
「疲労は魔法で直せるしな。まあ、精神的なもんはどうにもならへんけど」
「もっと自分を労ってください」
精神的な疲労の方が後に響く。いつのまにか癒えない傷になってしまう。わたしはみなとさんにここで休んでいるように促して、少し先の様子を見に行くことにした。迷宮から出たとはいえ、ここはまだ敵の本拠地。全然安全じゃない。
「周囲に魔物の気配はないね。焦げる臭いとかもしないからあの朱雀とやらもいなさそうだ」
ディモが鼻を活かして周囲の索敵をする。どうやらここら一帯は安全であるようだ。ディモの鼻を信頼しないわけではないが、なんとなく自分の気が休まらないので自分の目でもある程度周囲を確認する。
「うん、大丈夫そう」
周囲に気配や影はなし。変な臭いや足跡のような痕跡もない。これで一安心とみなとさんの元へ戻ろうと踵を返す。目の前を黒い風が駆け抜ける。ディモが目を見開き、警戒心を剥き出しにする。この感覚にはわたしも身に覚えがある。間違いない。間違うはずもない。風は一ヶ所に集い、虚な形をなす。曖昧な輪郭、黒くぼやけた風貌、似非じみた人型。
「ナイトメア・アクター……!」
「これはこれは黒の姫君。ご機嫌麗しゅう」
「今の今で最悪になったよ」
本当に最悪だ。顔も見たくないくらいには恨めしい。だって、こいつは有希を、こいつのせいで有希は死んでしまったのだから。刀を構え、戦闘態勢に入る。対するナイトメア・アクターは飄々としていて、手をひらひらとさせる。
「あなただけは絶対に許さない!」
刀を構える。誰かに対してこれほどに猛烈な殺意を抱いたのは初めてだ。思考は止まるのではなく透き通っていく。ただ目の前の敵を殺すことだけを考える。
「残念ですが、その熱烈なアプローチにはお答えできませんので」
飄々とした態度を崩さない。だが、そう口を動かす瞬間が僅かばかりの隙となる。それを見逃さずに斬りかかる。
「……!?」
刀はナイトメア・アクターの身体を引き裂く。しかし、魔法が発動していないことに気づく。ならばナイトメア・アクターはここにはいない。
「ここにいる私はただの影ですので」
用心深い。だが、わたしの魔法を警戒していることははっきりした。そうやって本体がいないということはわたしの魔法はこいつに届くということだ。この手でこいつを殺せる。
「怖いですね。そういう顔は似合いませんよ」
「あんたの、せいっ!」
再度斬りつけるものの、やはり魔法は発動しない。目の前に有希を殺した奴がいるのに何もできない。悔しい。歯を食いしばると、砕けそうにギリギリと悲鳴を上げた。
「今回は本当に助言に来ただけなのですよ」
「あんたの言葉なんか!」
無駄だと分かっていても、攻撃する手を止められない。溢れる感情が抑えきれない。けれど、そんなわたしを嘲笑って受け流すように、影であるナイトメア・アクターには通じない。
「このままでは、あなた方に勝ちの目はありませんよ」
「は? どういうこと?」
「龍鳳院 やなぎには勝てないという意味ですよ」
攻撃の手が止まる。龍鳳院 やなぎはこいつとも繋がっている? だったら、どうしてこいつはわたしに助言をしようとするのだろう。どちらにせよ、このままでは勝てないという点は気になる。事実、わたしたちはこの庭園の中に捕らわれていて、やなぎのことは影も掴めていないのだから。だから、勝てないと言われてその理由を聞きたくなってしまった。
「理由は?」
「あなた方はやなぎに辿り着けない。薄々そう感じているのでしょう?」
その通りだ。この広い庭園の中、彼女が作り出したこの世界で彼女を探すのは非常に難しい。永遠にたどり着けない、その可能性はわたしも、みなとさんもきっと感じているだろう。
「これは私の脚本なのですから。登場人物のいずれかがあまりに優位では面白くない」
脚本。こいつはまた何か企んでいる。わたしたちと龍鳳院 やなぎ、いずれぶつかる運命だったけれど、それを早めたのは間違いない。
「表にこだわりすぎるのはよくはありませんよ。たまにはひっくり返してみては?」
「意味が分からないんだけど!」
「ヒントは与えました。あとはお仲間とでもお考え下さい」
ナイトメア・アクターは霧散して消える。与えられたヒント。きっとやなぎの居場所なのだろうけど意味が分からない。ひとまずはみなとさんのところに戻って一緒に考えよう。ナイトメア・アクターの脚本に乗るのはとんでもなく癪だけれど、やなぎの居場所に他の手掛かりはない。このまま探して見つからなければこのヒントに頼らなければならないだろう。それに酷く憤りを感じ、腸が煮えくり返る。
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