第14話 帰還
備え付けれていた機械が甲高い駆動音を絶えず出し続ける。
その音で目を覚ました高堂恵美は自分が机に向かったまま眠っていてしまったことにきづいた。
もう一人いる研究員がかけてくれたと思われる毛布をどけて体を伸ばす。
あくびを噛み殺しながら、盛大に散らかった机の上からコップを探しだしてコーヒーを入れた。
温かな飲み物が体に染みわたる感覚を楽しみながら、ディスプレイに映った自分の姿を見ておもわず苦笑してしまう。
「これはひどい……」
髪はぼさぼさで化粧もしていない白衣姿。研究も佳境に入ったため連日の不規則極まりない生活によって肌も荒れている。おまけに研究所もごっちゃごちゃだ。
この光景は志弦に見せられないななどと思っていると研究所のドアが開いた。
「あ、恵美さん起きてたんですね。おはよう御座います」
おかっぱで眼鏡をかけた目つきが少し怖そうな女の子が入ってくる。ここで唯一、一緒に作業をしてくれている女性、明石蛍子だ。
「ついさっき起きたとこ、佳境だからね。ゆっくりしてらんないよ」
「はいはい、わかりましたから顔でも洗ってきたらどうですか? こんな様子を妹さんに見られたら大目玉ですよ」
「相変わらずホタルは冷たいなあ」
「無駄口叩いてないでさっさとやりましょうね」
顔を洗い、机に座る。
ディスプレイには寝てる間に機械に計算させておいた膨大なデータが表示されている。
それを恵美は自分の能力を使って思考を加速させ、高速で処理していった。
昔から恵美は光を体内に作用させる術が得意だった。その他は適正も低く、非常に苦手だといってもいい。
だがその能力のおかげで恵美は異能を発見できたし、便利なのでなんやかんやこの能力を気に入っている。
さらにその研究のおかげで祐輔を発見することができた。
彼の異能は未知数なところが多く見られ、さらに異能の研究が進む可能性を多く見せてくれている。
加えて恵美の目的を果たしてくれそうな可能性が初めて見えたのだ。
恵美が異能の研究をするきっかけとなったそれに、初めて手が届きそうな可能性が出てきたためにデータを確認するのにも自然と力が入る。
そして彼女は確認するデータに違和感を覚えた。
「ホタル、ちょっとこれを見てくれ」
「なんですか? 一見おかしいと思うところは見当たりませんけど」
表示しているのは祐輔の暴走時のデータだ。
「いや、これまでの異能者と比較してみると暴走時の出力が弱すぎる」
「島田氏の異能の出力が元から弱いから問題ない範囲ないでは?」
「いや、それでも暴走時はそれなりの出力になるはずだ。これでは通常時とさして変わりないように私は思った。つまり――」
「島田氏の異能の暴走と思っていたものは通常運転と変わらないものだった可能性がある?」
そこから蛍子と討議を重ねるうちに島田祐輔が持つ異能の正体について一つの仮説が完成した。
そのことをすぐさま報告しようと池田に電話をかけるが繋がらない。
そういえば今日は六大会議がある日だったなと思い出し、志弦に電話をかけるがまた繋がらない。
呼び出し音すらかからないことに違和感を覚えながら試しに宏太と祐輔にかけるも繋がることはなかった。
そしてとある結論に恵美は至る。
「私出かけてくるね」
「え? 恵美さん、流石にその格好で出歩くのはまずいですよ」
「ちょっとあの野郎に一発かましてやる。翔がうちの大事な志弦を勝手に連れていったに違いないんだよっ!」
「ちょっと落ち着いてくださいってば」
止めようとしてくる蛍子をなんとか説得し、格好だけは整えて外に出ていくのだった。
*
祐輔は朱美のいった言葉を理解するのにしばらくの時間を必要とした。
なぜ朱美が池田翔に固執しているかがわからなかったからだ。
「そう身構えないでよ。ここはあなたの空間なのだから私は何も出来ないわ」
朱美にそういわれても安心できるはずもない。
「まあいいわ。見返りにあなたは何が欲しいの? なんならあたしを好きにしてもいいわ。どうしたってこの腕輪があるうちはあたしは何をしたってあんたから逃げられないんだから」
「……なら腕輪がある限りこの交渉は無意味だと黒崎さんは思わないのか」
「朱美でいい。あたしも好きなように呼ばせてもらうわ」
祐輔は志弦の反応から推察することでようやくあることに気づいた。
おそらく盟約の腕輪がある限りなんらかの方法で朱美の行動を強制することができる可能性が高いということに。
「べっつに、あれほどお膳立てしたのにあたしに手すらだせないようなヘタレな男なら話ぐらい聞いてくれそうなきがしただけよ。それに気に食わないのよ、あいつらがね。おっと時間見たいね」
有無をいう暇さえなく、再び祐輔は意識を失った。
目が覚めるとどこかに寝かされていた。いいものを使っているのか布団が非常に心地よい。
その感触を楽しんでいると横から志弦と宏太が覗き込んでいることに気づく。
さらにそれに加えて池田翔がいることに気づいた。
ということはもう会議は終わったということだろう。
体を起こすが特に問題はないようだった。
「おっ、起きたか。最近倒れてばかりじゃないか、大丈夫かよ?」
「すいません、また迷惑かけてしまって、たぶん大丈夫かと思います」
「構わないさ、それより話がまとまった。これで多少は自由がききそうだぞ」
池田は見た時もないほど疲れた顔をしていた。
この人もこんな表情をするのかと祐輔は漠然と思った。
それから帰ることになり、用意した車に乗り込む。帰りと違い助手席に朱美、後ろに志弦と祐輔と宏太が乗り込んだ。
移動中、会話はない。なんとなく気まずかった。無音のまま、車は帰り道を進んでいく。
色々あってせいで疲れたのだろう、志弦と宏太は眠りについていた。
朱美は一言も喋ることなく外をじっと眺めている。
池田は素知らぬ顔で運転をしていた。
そもそもなぜ朱美はあのような提案をしてきただろうか。
祐輔はその意味がどうしても理解できなかった。
鈍い痛みが祐輔の脳裏に走る。痛みのせいかさきほど断片的に見た朱美の生い立ちといえるものを思い出した。
時間がたったせいか全てを鮮明に思い出すことは出来なかったが、それがなぜ池田に繋がっているのかが祐輔にはいまいちわからなかった。
祐輔は意を決して言葉を投げることにした。
「あれはいったいなん……」
「うっさい、ばーか」
小声でそういったきり、朱美はそれ以降、何も話そうとはしなかった。
ミラー越しに池田は奇妙なものでも見るように二人を見ていた。
それからしばらくしてようやく住み慣れた神社へと戻る。
「それじゃあ、中に入る前に島田から朱美へ色々命令しといてもらっていい?」
池田の提案で腕輪を経由し朱美へ様々な制約をつけさせた。
黒崎家の者を連れて帰ることになってしまったのだ、相応の処置といえるだろう。
「こういう使い方も出来るんですね……」
「まあ、元々は家同士でのお約束を遵守させるための道具だからなこれ。あんまり変なことに使うんじゃねえぞ」
「……い、いやそんなことしませんよ」
「……どうだか」
「おっさんだからなあ」
「祐輔さんは前科がありますからね……」
全員からいわれない言葉を受けつづけ、だいぶ精神が削れたところでようやく家の前までいって一息つくことになった。
「さて、今日はみんなお疲れ様だったな。それで一つだけ補足しておくけど」
ネクタイを緩めながら池田が話す。
「今日のことはくれぐれも恵美には内緒に頼むな。でないと俺がなにされるかわかんないからさ!」
まじで頼むよ、とあせった顔でいう池田を苦笑いしながら見ていると、不意に玄関ががらがらと音を立てて開き、人影が出るのが見えた。
見えたと思ったら影は一瞬で池田との距離をつめ、それは池田の顔面に突き刺さった。
池田は勢い良く転がりまわり、顔面を抑えながらのたうちまわっていた。
「いま私はこいつが何をいっていたのかよく聞こえなかったんだけど、いっている意味がわかる人はいるのかな」
高堂恵美がそこにいた。目元には多忙のあとが伺えるクマがくっきりと浮かんでいる。その彼女はいままで見た時がないほど実に恐ろしい表情を浮かべていた。
逆らえないと直観的に悟った祐輔たちは黙って首をふることしかできなかった。
「ていうかなんで女性が一人増えてるのかな翔くん?」
さらなる修羅場が発生し、無慈悲な追撃が池田を襲う。
その様子を見て恵美だけは怒らせてはいけないと祐輔は心底思うのだった。
「なるほどね。だいたい話はわかったわ」
そういったのは苛立ちを池田でほぼ発散し終わったあとだった。
「それじゃあ、ちょうどいい時間だし食事でもしましょう。ほら翔食べ物買ってきて大至急で」
「え? 俺これから会議の書類をまとめないと……」
「大至急ね」
「……はい」
尻に敷かれる池田は急いで買い物へ出かけていく。
同時に祐輔にはなぜ能力開発反対派の朱美を恵美が歓迎しようとしているのかわからず戸惑いを覚えていた。
「あと研究も一段落したし、私も今日からここに住むから」
「え?」
驚きの声を上げたのは以外にも宏太だった。
「そりゃあ、島田が朱美さんに変なことしないためにも監視しなきゃいけないし当然でしょ?」
「それは同感ね」
志弦が頷く。いままで黙っていた朱美もそれに続いた。
まるで信用されていないその態度に祐輔は若干のショックを受けながら話を聞いていた。
「だから部屋割りも変えるわ。島田と宏太が一緒ね。私たちは一人一部屋割り振るからそれでよろしく」
あっという間にプライベート空間まで奪われてしまう。
宏太はいつもどおりに振舞っているように見えるがが心なしか、一人部屋を失ったことにショックを受けているように見えた。
そうしてなんやかんやしている間に池田が息を切らせながら食材を手に戻ってくる。
「ありがと。それじゃあ明日にでも来てね」
「おいおい、俺だって」
「なんの相談もなく志弦をおじいさまに会わせたことを簡単に許すと思ったら大間違いよ」
「だけどな――」
「帰って」
その恵美が出す悲しげな声色に気圧されたのか池田は悪かったと一言いい、それ以上何もいわずに戻っていった。
「さて、それじゃあ初める前にさきほどから黙ったままの朱美さんからなにか一言もらえますか?」
自分が敵対する相手からこのような扱いを受けるとは想像もしていなかったのだろう、困った顔をしながら朱美は答えた。
「……これからお世話になります。よろしくお願いします」
「はいよろしい! それじゃあみんな準備手伝ってね」
そうして食事が始まり。
最初は口数も少なかった朱美も時間がたてば慣れたのか普通に話すようになっていた。
女三人よれば姦しいとはよくいったものでよく喋る三人を男二人では止められるはずもない。
宏太とともに小さくなりながら騒がしい夜は過ぎていった。
その日の夜、夢に朱美がでてきた。
「こんなに笑ったのは久しぶりだわ。いつもどこかを睨んでるような怖い目つきをした人がこんなにいい人だなんて思わなかった」
こちらに話しかけてきたことで、祐輔はこれが夢ではなく腕輪を介して会話をしていることに気づく。
「同じ能力者なのに、話したときないんですね」
「いつも遠くから見ることしかなかったから…… あたしらしくないわね、この話は忘れてちょうだい」
そういったきり、朱美は黙ったままどこかを見つめていた。
そこで祐輔はふと気になっていたことを聞くことにした。
「ひとつだけ聞きたいことがあるんですけど……朱美さんはあのとき何を見たの?」
宏太のとき確かに祐輔は何かを見た。
朱美のときは彼女の生い立ちともいえるものをみた。
それが宏太のときに見たはずのなにかと共通点があるように祐輔は思えたのだ。
「別に……忘れていた嫌なことを思い出しただけよ。だからなのかもしれないわね。翔に同じ目に会ってもらいたいなんて、つくづくはた迷惑な女だわ……」
そういって夢は途切れた。
なんとなく目が冴えて布団から起き上がる。
隣で宏太が気持ちよさそうに寝息をたてていた。
なんとなく窓の外を見るときれいな夜空が広がっていた。
故郷で見ていたものとはどこか違う夜空は美しかった。
思わず見惚れてしまうほど美しかったのだ。
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