第15話  休日




次の日、祐輔たちは恵美から唐突に休日を言い渡された。

なんでも研究が一段落したそうで、加えて先日の会議でひとまずの安全が保証されたということで外出も許可される。

そういうこともあって恵美と朱美は色々と必要なものがあるということで、会って数日とは思えないほど仲の良さそうな風に出かけていった。

それに反して祐輔は特にやりたいことが思い浮かぶわけでもなく、せっかくの休みということで布団にこもって惰眠を貪ろうとすることにした。


「起きてくれおっさん! 休みのとこ悪いけどちょっと連れて行って欲しいところがあるんだ」


だがしかし、同室になってしまった宏太がそんな祐輔を放っておくはずがなかった。

素早く布団を剥ぎ取られ、無理矢理ながらも起床させられる運びとなった。


「わかったわかった、ちょっと落ち着けって」

「まじでっ!! よっしゃ! 本当に助かるぜおっさん」


うっかりそんなことをいってしまったのが運の尽き。

テンションの上がってしまった宏太を止めることなど出来るはずもなく、なしくずしに外出することとなった。

祐輔が断らないことを前提としていたのか志弦も一緒である。

宏太が寄りたい場所というのが隣の市だったため一端、祐輔が住んでいたアパートよって車を取りに行くことになった。

せっかくの外出だというのに宏太は外にでたとたんになぜか静かになってしまい、静かなまま移動を始める。

静けさのせいか道中、初めて神社にいくとき迷惑をかけてしまったおばちゃんのことを思い出してしまい、少しだけナイーブになってしまった。

幸いアパートへの距離は近いため、たいして時間もかからず到着する。

ほんの半月ほど帰ってなかっただけのアパートだがずいぶんそれが懐かしく感じる。


「へー おっさんアパート暮らしだったんだ。通りで以外と料理がうまかったわけだな」

「だから以外とは余計だっての、一応大人だからな」

「そのわりにはずいぶんと……おっと失礼!」

「こら、宏太。せっかく乗せてってくれるのにそんなこといわないの!」

「ごめんごめん志弦姉ちゃん」


相手をするのが面倒になってきたので無言で運転席に乗り込む。


「よしさっさといくぞ。後ろ乗れ」

「おっしゃ! よろしく頼むぜおっさん!」

「よろしくお願いします」


宏太と志弦を後ろに乗せ、出発する。

車内でもいつもなら騒がしい宏太はなぜか静かだった。

代わりに気を使ってくれているのか、志弦となにげない世間話をしながら移動をする。

宏太のその様子に心配しながらしばらくして目的地に到着した。

車から降り、疲れた体を伸ばした。


「ご苦労さん! おっさんにこれあげるっ!」


突然、背後から飛んできたそれを取りこぼしそうになりつつそれを受け取った。

近くの自販機で買った飲み物だった。気の利く宏太に感謝しつつ、それを飲んでようやく一息つくことができた。


「所でこんなとこにいったいなんの用事があったんだ?」


宏太に案内されてついた場所は市街地から少し離れたところにある公園だった。

そこそこ大きい公園のようでなかなか広い面積に芝生が敷かれている。

しかし大きさに反して人はあまりいないようだった。


「まあちょっとね。じゃあ、散歩してくるよ」


歯切れ悪そうに宏太はそそくさと芝生の上を駆けていく。

無言で宏太を見送る志弦の様子を見ていると、一緒に行くのが悪いような気がして祐輔は備え付けてあったベンチに腰をおろした。

志弦もその隣に座る。祐輔はなんとなく周囲を見渡してると、この公園がどことなく見覚えのある風景だということに気づいた。

しかしこの公園に来たのは初めてである。不思議に思っていると不意にとある光景が思い起こされた。

焼ける大地、ひび割れる空、とある者の始まりの光景。

鈍い痛みに頭を押さえながら、いつか見たそのイメージがこの公園と似通っているようなそんな気がしたのだ。


――ここはそれが起こった場所なのかもしれない。


特に深い理由もなく祐輔はそう納得した。

そんな場所にわざわざ立ち寄ることにしたのも、宏太が何かしら思うことがあったからだろう。

それならなおさら祐輔が宏太にできることなどなく雲が流れるのを見ながら時間が過ぎるのを待つことにした。


「今日はわざわざここまで連れて行ってくれてありがとうございます」

「そんなたいしたことじゃないよ。それより志弦さんは宏太についていってやらなくていいのかい?」

「大丈夫です。宏太が自分一人で行かないといけないことなんだっていってましたから」

「……そっか」


再度、無言の空間が形成される。

しかし祐輔にとってそれは気まずいものではなく、平和で穏やかな時間だった。

なぜこれほど落ち着けるのだろうかと頭を悩ませるが答えはでないのですぐに諦めた。


「ここは宏太が昔、大事な人を失った場所なんです」


ぽつりと、志弦が語り始めた。


「その時以来宏太がここに来るのは今回が初めなんです。ここに来ることができたのも、きっと祐輔さんのおかげだと思います」

「え? 俺は関係ないんじゃないかな。きっと志弦さんがいてくれたからだよ」

「そんなことありません! 宏太は祐輔さんに相当なついてるってみてればわかりますよ」

「そうなのかな。 ……そうだと嬉しいなあ」


唐突にほめられたことに照れながら、感慨にふけっていると思わず心の声がもれた。


「そっか。やっぱりここがあの場所なんだ……」

「祐輔さん知ってたんですか?」

「あ、いや、知ってたというか。お姉さんにはいったんだけどね、異能関係だと思うんだけどそのときの光景を見たときがある気がするんだ」

「……つまり過去を?」


なにやら神妙な顔をして志弦は悩みはじめてしまう。


「いえ、あのっ、実は……」


いいずらそうにしている志弦の様子を不思議に思いながら話を聞いた。


「祐輔さんの異能で私の過去を見てもらうことはできますか?」

「え? いや狙ってできるわけではないからどうともいえないな。自分で狙ってやってるわけでもないし」

「なんとか出来ませんか。お姉ちゃんもおじいさまも取り合ってくれないなか祐輔さんだけが頼りなんです」


思い詰めた様子の志弦を見て祐輔は納得する。

彼女は必死なのだ。過去の記憶がない志弦にとって、ただ高堂恵美と高堂冬厳の二人に守られているだけでなく、役に立つために自分が出来ることをしたいと思っているのだろう。


「……悪いけど俺も自分の異能はまだよくわかってないから、高堂さんの研究が進まないかぎりなんともいえないんじゃないかな」

「そこをお願いします。宏太のが見れたということは可能性はあると思うんです」


熱が入りすぎたのか志弦がずいぶんと祐輔の近くまで寄ってくる。

思いの外近い距離に後ずさると、その拍子に志弦の手が祐輔の腕輪に触れた。

その瞬間、電流が走ったかのように腕にひりついたものを感じ、そのとき祐輔は何かに触れた。

それは光で溢れていた。

まるで靄がかかったかのようにキラキラと輝き続け、他のものは見えない。

光で塗りつぶされたかのようにそれ以外は見えなかった。

唐突にその接触は途切れ、ベンチから転げ落ちそうになり慌てて体勢を立て直す。

志弦もさきほどの様子とは打って変わってひどく顔色が悪い。


「あれ……私……」


こちらに倒れそうになる志弦を慌てて支える。

その際に触れた色々なものは不可抗力として目をつむることとした。


「すいません。いま何が起きたんですか?」


祐輔は黙って首を横に降った。実際、腕輪が触れただけでこのようなことになるとは思いもしなかったからだ。

さっき見えたのが光だけだったということもあり、特にいえることもなかった。


「そうですよね。いいんです、すいません」


なんでもないようにいう志弦だがあからさまに元気をなくしていた。

その気まずさから話題を変えるために祐輔は志弦にイジワルな質問をしてみることにした。


「そういえば二人はずいぶん仲がいいみたいだけど恋人同士なのかい?」

「えっ? 違いますよ、宏太は私にとって弟みたいなものですし、それに宏太はずっと先を見てて私なんて気にしてませんよ。私は自分のことばかりで精一杯です。まっすぐに進んでい


く宏太の姿を見るのは格好いいと思いますけどね」


少し頬を染めながら話すその姿に、祐輔はこれはなおさら宏太を応援してやらないといけないという気持ちを強くする。

そして後ろ向きな発言ばかりをする志弦を見て、祐輔は反射的に口を開いてしまった。


「そんなことないよ」


いってしまったあとで、自分は何をいっているのだろうと右往左往する。

しかし祐輔は思わずそういわずにはいられなかったのだ。

祐輔と田淵の間に立ってくれたあのとき。志弦にとってはなんでもないものだったのかもしれないけど祐輔はあのとき何かを確かに受け取ったのだ。


「そうだといいんですけどね。ありがとうございます、祐輔さんは優しいですね」


足音が聞こえてきたので会話をやめて後ろを振り返ると宏太が戻ってきていた。


「待たせて悪かったな。用事は終わったよ」

「ああ、もうよかったのか?」

「うん! 行こうぜ!」


その目尻は気のせいかどこか赤いような気がした。

しかしそれ以上に強い覚悟を秘めたその風貌は学生とは思えないほど実に格好良いように思えた。

同じことを思って感極まったのか不意に志弦が宏太を抱きしめた。


「ちょっと志弦姉ちゃん、恥ずかしいって」


顔を真っ赤にして抵抗するが、見た目以上にがっちりと抱きしめられているらしく身動きができていないようだ。


「宏太は本当に格好いいね」

「……志弦姉ちゃん。ありがと」


その様子を祐輔はにやにやしながら見守った。


「……腹減っただろ? お気に入りのラーメン屋があるんだ。たまにはおごってやるよ」

「どうしたんだよいきなり…… まあいいや、おっさん太っ腹だね、かっこいい!」



――本当にすごいな宏太は。



心のなかでひっそりとつぶやく。

どこまでもまっすぐに進んでいこうとする宏太が格好良く思えた。

そんなことは恥ずかしくて面と向かっていえるはずもなく。

何かあったら出来る限り協力してやろうと心のなかで思うのだった。














再び移動して、祐輔がよく通っていたラーメン屋で昼食を済ませる。

宏太はずいぶんとそれが気に入ってくれたらしく、替え玉まで頼んでいた。

志弦はさきほどのことが尾を引いているのか少食だったが、多少落ち着いたのか顔色はましになっていた。


「そういえばこれからどうします?」


志弦が聞いてくる。予想外に早く終わったため、時間が思ったより余っているのだ。


「特に俺はないかな」

「私は食材を買い足したいので帰るときにスーパーに寄ってもらえると助かりますね」

「そっか……どうしよっかな」


そこでふと祐輔は気づく。

このせっかくの機会に志弦と宏太を二人っきりにさせてやればいいんじゃないかということに。


「そういうばちょっと欲しいものがあったんだった」


大型のショッピングモールがあったのを思い出し、とりあえずそこにいくことにする。

距離もそれほど遠いものでなかったため、さほど時間もかからずに到着した。


「色々と時間がかかりそうだから、その間二人で遊んでいてくれ」


適当に理由をでっちあげ、初めて来たのか珍しそうに辺りを見回している志弦に気づかれないようにしながら、宏太にそっとお札を手渡した。

始めは遠慮していた宏太だったが観念したのかそれを受け取り、代わりにいつかこの借りは必ず返すといわんばかりに力強く手を握り返した。

そして合流する時間を決め、適当なところで二手に別れた。


「やばい、暇だ……」


それからしばらくして祐輔は暇を持て余していた。

元々、趣味らしい趣味を持っていなかったこともあり特に見たいものもない。

一通り気になるところを見回ったあとやりたいことをもないので、志弦がいっていた食材の買い足しを行っていた。

まもなく買い物も終わりそうだが、約束の時間まではもうしばらく時間が余っている。

それまでもう少し何をするでもなくダラダラしていようと思った矢先、こちらに向かってくる人影が見えた。


「あら、あのときのお兄さんじゃない」


さらに声をかけられ、振り向くとどこかで見たようなおばちゃんがそこにたっていた。

ぱっと見て誰だか思い出すことができない。頭を捻ることでなんとかおぼろげながらも思い出すことが出来た。


「あのときぶつかってしまった…… あの節はすいません」


神社に初めて行く時にぶつかってしまい、荷物を散らばらせてしまったおばちゃんだ。

あのとき遅刻してしまったことも同時に思い出してしまって思わず顔を赤くした。


「いいのよ。拾ってくれたしね。今度からは気をつけなさいよ!」


気がいい人なのか、にこりと優しい笑顔を見せる。

そしてなぜかその笑顔に見覚えがあるような気がした。

理由を探そうとするが答えはでない。


「こんなところで会うなんて奇遇ねえ」


しかしたいしたとこでもないかと気にしないでおく。

それから他愛無い話に花を咲かせていると奥の陳列棚からこちらに志弦が向かってくるのが見えた。


「あれっ? 志弦さんどうかしたんですか?」


来たのは志弦だった。なぜか一緒にいたはずの宏太の姿は見えない。


「いえ、あの……」

「あらあら彼女と一緒に買い物してたのかい? こんな若くて可愛らしい女の子と一緒に買い物してたなんてお邪魔して悪かったわねえ」


志弦のことをいっているのだろう。

否定しようと口を開こうとしたとき、その理由に原因に気がついた。

その笑顔が志弦のものによく似ているのだ。

志弦とおばちゃんの顔を見比べる。


その二人は目元も口元も、雰囲気も実にそっくりだった。

まるで親子じゃないのかと勘違いしてしまうほどに。


「っ嫌、ちがうの。わたしっ」


そのおばちゃんに志弦も何か思うことがあったのか口を開くが言葉がでてくることはない。

何回も荒く息を吸い、胸を抑えながらそのまま志弦は倒れた。




――なんでいつもこんなことに。




いつも自分がきっかけに全てが悪化していく。

ぐったりとした志弦を抱きかかえながら、何も出来ない自分に深く絶望した。






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