第12話  会議





いつもよりやけに朝日が眩しいようなそんな感覚を祐輔は覚えていた。

実に憂鬱な朝だった。

朝の日課をこなし終え、スーツに着替えて外に出る。

志弦と宏太の二人は先に外で待っていた。

志弦はセーラー服を、宏太は学ランを着ている。

学生服の二人に囲まれてどこか場違いのような気を覚えながら池田の到着を待った。


「よし、全員揃ってるな。さっそく向かうぞ」


まもなく到着した池田の言葉にうなずき、いつも以上にぴしっとスーツで身を固めた池田について再び神社の外へ出る。

祐輔自身も含めて緊張しているのか、皆の口数は少ない。

特に志弦は特に思うことがあるのかひどく思い詰めた顔をしていた。

いつもお調子者の宏太もその口を開くことはない。

長い階段を降りると一台のスポーツカーが止まっていた。

池田の持ち物らしいそれに皆で乗り込む。

風景が流れていくのを助手席に乗った祐輔はなんとなく眺めた。


――これから俺はどうされるのだろうか。


ふとそんな思考が頭をよぎる。

不安なことばかりが頭を埋め尽くしていくなか、横から池田の声が漏れた。


「……やべっ、忘れ物した」


池田は焦った声をだし、脇道に逸れて別方向へ移動していく。

いつも冷静な池田にとっては珍しいと祐輔は思いながら車は来た道を戻っていった。


「すまん。必要な書類を会社に忘れたからいまから取りに行く」


幸いながら会社は非常に近い位置にあったので時間的ロスはそれほどでもない。

五分もすると会社のすぐ近くまで戻り、池田はその会社のすぐ近くにあるコンビニに車を止めた。


「いま田淵さんに捕まったら面倒だからな。ちょっと走って取ってくる。あと島田、すまないがついでに俺の煙草を買っといてくれ」


祐輔に金を預け、池田は走って会社に向かっていった。


「ちょうどいいし、二人に飲み物でもごちそうするよ」

「……おっさんにしては太っ腹だな!」

「……あ、ありがとうございます」


ようやく二人と本日、初の会話が交わせたことに内心ホッとしつつ祐輔は二人とコンビニの中に入った。

久々の文明的な買い物に祐輔は若干テンションを上げながら陳列棚に目をやる。

少し見ない間にずいぶん増えた新商品におもわず目移りしてしまった。


「おっさん。俺はコーラで!」

「私は――



「あ? 島田じゃねえか。しばらく見ないと思ったらこんなとこで何してんだ?」



突然、かけられた声に祐輔はびくりと震える。

何度も嫌になるほど聞いたその声を忘れられるはずもなく、祐輔は急に重くなった体を無理矢理動かして横を向いた。


「……お、お久しぶりです。田淵さん」


声の主は忘れられるはずもない、前の上司である田淵岩男だ。

店内に入ったときには見当たらなかったことからおそらくトイレにでもいたのだろう。

なんともタイミングが悪いと祐輔は自分の運のなさに絶望していた。


「おう、相変わらずしけた面してんな。子守が仕事とは楽そうで羨ましいね」


ずきりと脳の奥が鈍く痛む。鼓動が高くなり手が震え、何度息を吸っても苦しさは消えない。


「ええ、まあ」

「なんだその煮え切らない態度は、そこの姉ちゃんと坊主もこんな奴と一緒だと大変だろう? 何したって一手間増えるからな」


やめろ、祐輔は心のなかで強く思った。

その言葉の続きを二人から聞きたくないと思ったからだ。

いつも自分のことばかりで精一杯で迷惑ばかりかけているから、二人の口から同じ言葉が出るのを見たくない。

なんとか話を終わらせて田淵から離れようと口を開くが、震える喉から出るのは吐息のみだった。

そんなときするりと志弦が祐輔と田淵の間に立った。


「そうかもしれません」


凛と、よどみなく。


「祐輔さんはとても不器用な人だと思います。でもそんな祐輔さんを見ていて一つわかったことがあります」


そして迷いなく言い切った。


「祐輔さんは頑張り屋さんなんです。どんなに辛くても諦めない。あなたがどなたか知りませんが、何も見ていないあなたにそんなことをいわれる筋合いはありません」


不意に何かに打たれたような気がした。

その何かとても大きな衝撃が完全に祐輔を止めてしまっていた。


「……ふーん、まあいいけど。じゃあ仕事に戻る。じゃあな」


思ったような発言を得ることが出来なかったせいか、不機嫌そうに田淵は言い捨てコンビニから出て行った。

そのまま会社の方向へ歩いて行く。その姿が見えなくなった所で祐輔は未だ激しく鼓動を続ける心臓を抑えながらようやく一息をついた。


「なんだよ、あのオヤジ! まったく腹立つな!」

「すまん…… 元上司なんだ。巻き込んでごめんな」


宏太は怒りを抑えきれないようで地団駄を踏んでいる。

さらに祐輔の言葉を受けると更に機嫌を悪くしたのか、ただでさえ怒りに染まった表情が大きく歪んだ。


「そんな態度とってっから舐められんだよ。大人ならもうちょいシャキッとしろっ!」


背中を強く叩かれる祐輔。

思ったより強い衝撃にのけぞりながら、ふと祐輔は自分の手の震えが収まっていることに気づく。

さっきの感覚の理由を探ろうとするが答えはでそうになかった。


「……あの志弦さんありがとね。さっきかばってくれて」


喉からそれだけの言葉を絞り出すのに数十秒もかかってしまう。

理由は自分でもわからないが、それだけは志弦に伝えなければならないと思ったからだ。


「いえ、全然大したことじゃないですよ。さっさと買い物もすませちゃいましょう」


なんでもないように笑顔で志弦はさらりといいきる。

その笑顔を見ていると不思議と心が軽くなったような気がした。

祐輔は自分の両手を見て、何度か握っては開いてを繰り返した。

そこには何もない。それでもなぜかそれを確かめるようにそれを繰り返した。













そうして戻ってきた池田と無事に合流を果たし、なんとか目的地である場所につく。

遠目でもわかるいかにも大きな屋敷だった。

門を抜けて敷地内に入る。なかには警備員と思わしき人が見受けられ、警備の厳しさが見受けられた。

同時に全身に圧力がかかっているような感覚を祐輔は覚える。

気になって志弦と宏太の顔を見るとどちらも少し顔をしかめていた。


「敷地内からは特殊な結界が貼られてるから能力の出力が著しく制限させる。その影響もあって体調を崩す奴も多いから気を引き締めていけよ」


池田は鞄から腕輪のようなものを取り出して腕につけた。

それが気になり、祐輔が池田に質問すると結界の影響を逃れるためのものらしく、お偉い方だけはそれが認められているらしい。


「さて、これからのプランだが、まずは目的の総代である志弦の爺さんに会いに行く。会議前でゆっくりはできないだろうからあまり期待はしないでくれよ」

「わかりました」

「それから六大会議が始まったら俺は動けなくなるから終わるまで自由にしといてくれ。部屋は案内されるだろうからさ」


そしてメイドの案内で奥の部屋に案内された。

中に入ると袴姿の偉丈夫がそこに立っていた。

そして腰には現代社会に相応しくない刀がぶらさがっている。


「総代、お久しぶりです」

「おお、来たか。君が例の島田くんかね、さあ座り給え」


促されるままに備え付けのソファに座らされる。


「じいちゃん元気だったか?!」

「おじいさま…… お久しぶりです。あの私、おじいさまにお聞きしたいことが……」


志弦の祖父と向い合ってすぐに志弦が真剣な表情で告げる。

詳しい事情は知らないが非常に大事なことを話そうとしているのは祐輔でもすぐわかった。


「まあそう急ぐな志弦。まずは島田くんに挨拶をすねばなるまい。儂の名前は高堂冬厳、能力者の長のようなものをしておる。忙しいところわざわざすまなかったな」


「いえ、わざわざお招きありがとうございます」


「話を聞くところこちらの不手際のせいで大きな苦労をかけたようだな。大変申し訳ない」


会って早々深々と頭を下げる冬厳に思わず祐輔は萎縮してしまう。


「いえ、なんというかほとんど俺のせいのようなものでそんな……!」

「しかしこのままではいかんのも確かだろう。実は黒崎家から正式な謝罪の申し出があってね。六大会議が始まる前に直接君に会いたいという話があるのだよ。入りたまえ」


え、と新たな事態に言葉を消化しているうちに背後の扉が再度開く音がした。


「……失礼する」

「っ! てめぇ、なんでここに…!」


入ってきたのは細身のまるで不吉が絵を書いた死神のような男ともう一人。

その思わぬ客人の登場に池田は思わず殺気立つ。

それもそのはず、入ってきた二人のうちの一人はこちらが忘れることもできない人物だったからだ。


黒崎朱美がそこにいた。


予想もしなかった早い再開に祐輔は心臓が大きる鳴るのを感じた。



「……志弦、宏太。これから大事な話をすねばならぬ。すまぬが席を外してもらえるか? 他の者に休憩室へ案内させよう」

「おじいさまっ 私はまだなにも……」

「わかったよ! 志弦姉ちゃん行こう。大丈夫、俺がついてる」

「……すまんの」


結局まともに話を出来ないことに志弦は納得できないのだろう。

宏太に諌められながら渋々部屋をでていく。


「……あれでよかったのですか?」

「ふむ、致し方あるまい」


池田からの問いに冬厳が厳粛に応える。

志弦と冬厳の間に何があるのか祐輔には知らないが、部屋を出て行く志弦を見る冬厳の姿がなんとなく悲しんでいるようなそんな気がした。


「では改めて自己紹介をさせていただこう。黒崎家の当主をしている黒崎誠司だ、そして君らもご存知だと思うが彼女が黒崎朱美」


黙したまま朱美は静かに頭を下げる。


「先日は大変申し訳ことをした。今回のことは私も頭を痛めていていてね。全て朱美が独断で行ったことだ。といっても君らもそれで納得はしないだろう? だから謝罪の証として明美を君の好きにしてやって構わない」

「……大変申し訳ありませんでした」


再び明美が頭を下げる。祐輔は次々と進む話の内容についていけず、ぽかんとしていた。


「……誠司さん。それはどういうことでしょうか?」


池田から漏れた言葉には冷たい怒りが感じられた。

その恐ろしさに思わず背筋が震えてしまう。


「言葉通りだよ翔くん。島田クンにうちの朱美を差し出す。気が済んだら返してくれるだけでいい」

「こちらはそんなことは望んでいない。それよりも島田の身の安全を確約してくれるだけでいい」

「しかしねえ、今回は彼女が勝手に行ったことなのだからねえ。まあ彼女が処断されることで身勝手な連中も警戒して多少は動かないんじゃあないのかな?」


にこりと黒崎家の当主は底冷えをするような笑顔を浮かべる。

そこで祐輔はやっと二人がなんらかの交渉を進めているということに気づいた。


「ちといいかな、お二人さん」


そこまで沈黙を保っていた冬厳が口を開く。


「儂も今回のことは非常に頭を痛めておる。孫娘が傷つけられたとすればなおさらの。しかし話が大きくなるのは互いに望むことではなかろう。誠司も部下の不始末だというのなら当主として手綱をきちんと握ってもらわんとな」


互いに諌められたことで険悪な雰囲気が多少はましになる。

しかしなんとか当主の二人は笑顔を保っているが、そこからは和やかなものは一切感じられず、殺伐としていた。

祐輔は胃が痛くなるような思いをしているなか話は続いていく。


「……こちらに引き渡すということは当然、首輪をつけるんだろうな」

「それはもちろんさせていただく。準備は全てこちらですませよう」

「印は儂が刻ませてもらおう。儂が間に入るのなら問題はあるまい?」

「構わんよ。私はそのような卑怯な男ではないからな」


そして黒崎誠司はメイドを呼び、何かを持ってこさせた。

それは、金属製の腕輪のようだった。裏地に何かがびっしりと彫り込んであるのが見える。


「確かめさせてもらう」


池田はその腕輪を取り、なにやら調べ始める。

なんらかの術を使っているのか腕の文様が薄っすらと明滅した。

一方の祐輔は何が起こっているのかわかっていなかったが、自分にとって面倒なことが起こっているというのはなんとなくわかった。


「祐輔もそれで構わないか?」


困ったような顔をした祐輔を見かねた池田がすかさず声をかけてくれる。


「え……とつまりどういうことでしょうか?」

「謝罪の証としてあの女をこちらに引き渡すということだ。こちらとしてはさっさと突き返してやりたいのはやまやまだがな」

「やれやれ、せっかくこちらが謝罪しているというのにずいぶんな言い方だ」


再び黒い火花が散る。


「あの腕輪は盟約の腕輪といって、つけてたもの同士で決めたことを破れなくするものだ。まあ今回お前にデメリットはないから気にすることはない。しいて上げるなら契約が終わるまでその腕輪が外せなくなるくらいか」


「外れないといって心配することはないよ。これはいわば君の安全の証明のようなものなのだからね。さあ、始めようか会議まで残り時間も少ない」


祐輔と朱美は互いに向き合う形となる。

明美は以前の怪しいローブ姿ではなく。黒のスーツを着ていた。

その豊満な体つきとタイトスカートから僅かに覗く足がなんとも艶めかしい。

その彼女はここに来てから終始、無表情を貫いていた。

そして総代に促されるままに互いに右腕を差し出した。

二人に腕輪がつけられる。そして冬厳の手から暖かな光が溢れだし、二つに腕輪に吸い込まれていった。


「ここに高堂冬厳の名において、盟約を見届けさせてもらう。黒崎朱美は罪が果たされるときまで島田祐輔の支配下となる。互いに契約を違えぬことを誓うか?」

「誓うわ」

「…っ! ち、誓います」


突然のことに慌てて祐輔が応える。

腕輪の文様が呼応するかのように輝く。腕輪は形を変え、しなやかに編み込まれミサンガのような小さなものに変わる。

不思議なことにサイズも腕にピタリと一致した。

同時になにかすごい事態が進行しているということに気づく。


「これでよし。もし契約が破られるようなことがあれば間に入った儂がすぐにわかるようになっとるから心配無用じゃよ」


終始不安そうな顔をした祐輔を気遣ってか、背中をポンポンと叩かれた。


「さあ、ちょうどいいことにまもなく会議の時間だ。朱美、君は島田クンを部屋へ案内してやってくれ」

「……わかりました」

「島田、すまないがしばらく時間がかかるだろうからそれまでは適当に時間を潰しておいてくれ。何かあったら志弦達に聞いてくれ」


そして朱美に連れられて部屋をでていこうとする。

そのとき池田の脇を通るときに耳元で小さな声が聞こえた。


「……気をつけろよ」


はっとして池田の顔を見るが彼は何事もなかったかのようにいつもの爽やかな笑顔で冬厳と会話をしている。

その言葉の真意を図り切る前に祐輔は部屋を出て行く事になるのだった。












朱美に案内され、屋敷の廊下を歩く。

その最中、つけたばかりの腕輪がやけに重く感じられた。


――しかしさらっと話がまとまったけど、身柄の引き渡しって結構重大なことじゃないのか…?


次々と起こる事態に思考が追いつかない祐輔は考えを整理することにする。

前回のことから考えるに黒崎家は能力の開発を邪魔したいと思っているのだろう。

だとしたら黒崎朱美はまたなんらかの目的をもって祐輔に送られただけではないのか。

しかし腕輪のことを信用するなら朱美は祐輔を害することはできない。

仮に何かあったとしても腕輪の効力で朱美を止めることが出来る。


――盟約っていってたけどこれって奴隷とあまり変わらないんじゃ……?


思ったより大きな責任を追うことになってしまっていることに祐輔は青くなるのを止められなかった。


「……つきました」


扉を開けられ、なかに入る。

そこは休憩室というよりは客室の一つのようだった。

ベットと風呂とトイレも備え付けられている。窓からきれいに整えられた庭が見れる。一人にあてがわれるには十分、部屋も広かった。

大きな屋敷だけあって備え付けられた家具もずいぶんと高級そうだった。


「志弦さんと宏太はどこにいるんですか?」

「二人には別々の部屋が割り当てられているわ。会議はしばらくかかるだろうからゆっくりするといいわよ」


ここに来て初めて朱美がさきほどの静かげ様子とは変わって、けだるげな声で話し始めた。

二人きりになったことで先ほどと雰囲気が変わったことに祐輔は警戒しながらベッドの脇に備え付けられていた丸椅子に腰をおろした。

ふと祐輔は外に目をやる。ずいぶんと大きい庭のようで木々と草花が美しく庭を彩っていた。

お偉い方との面会で疲れた神経がその光景で少し癒やされたような、そんな気がした。



そして、その静寂を破るように背後から衣擦れの音がした。



続けて床に何かが落ちる音。

気になり後ろを振り向こうとするが、背中に当たるふくよかな感触と首筋に当たる熱い吐息で祐輔は身動きを止められてしまう。


「……なっ……にを……」


先ほどとは別の意味で跳ね上がる鼓動。

それがわかっているのか、朱美はねっとりと人の思考を溶かしてしまいそうな甘い声でいった。


「あぁら? いま私はあなたのものなのよ。それとも自分で脱がすほうが好みだったかしら?」


その艶やかな唇から言葉が紡がれ、その吐息が首筋に当たるたびに祐輔はくらくらする思考を保つのに精一杯になっていた。

ゆっくりと背中にかかる重みがまし、抵抗もままならずそのままベッドに押し倒される。

束ねられた髪がたれて祐輔の顔をなでた。

それはとても美しかった。すぐ目の前で朱美の顔を見れば見るほどにそれは魅力的にみえた。

けだるげなその瞳も、すらりとした顔立ち全てから色気が立ち昇っているような気さえした。

むくりと、多忙によりしばらく忘れていた猛りが蘇ってくるのを感じた。

別の意味で祐輔は圧倒的、危機に陥ったのであだった。









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