第10話  修行


突然の池田の誘いに祐輔は戸惑ってた。


「強く……ですか? 強くはなりたいですけど俺なんかが強くなれるとは思わないんですが……」

「ああ、どこまでとはいえないができる限りやってやるよ。ちなみに恵美には内緒にしといてくれよな」

「姉さんの代理としてここに来ている身としてはあまり見過ごしたくはないんですけど……」

「そこをなんとか頼む! 前みたいになにかあると悪いから最低限の自衛手段は必要だと思ってな。悪いようにはしないさ」


両手を合わせて頼み込む池田。

志弦は不満気な表情を浮かべながらも渋々ながら納得した。


「……翔さんの頼みなら仕方ないですね。ただ私も同伴させてもらいますからね」

「助かる! それじゃあ早速始めようか。まずは島田の適正を見るために俺と軽く組手をしよう」


こうして夜の修行が始まったのだった。


「こりゃあ、センスも才能も致命的にないな。 ……どうしたもんかね」


池田にいいようにしばらく転ばされ、難しそうな顔をして池田はそうこぼした。

乱れた息を整えながら、祐輔は改めて自分の不出来さを再認識させれて早くも前向きになった心がしぼんでしまう。


「よしわかった、なら方針を変えよう。お前に生き延びる方法を教える」


池田は指先を祐輔に向ける。

汗を集めているのか、その先に一滴の水ができた。

嫌な予感がして祐輔は思わず視線をそらす。それは有無をいわさず放たれ、頬のすぐ横を通り過ぎていった。

宏太と池田が訓練していたときに見ていたものだとしても、それが実際に自分に向けられると恐ろしくて動くことすらできなかった。


「どんなに恐ろしくても視線はそらすな。恐怖に慣れろ。しっかりと見て動くことができれば致命傷はある程度避けやすい」

「ちょっと翔さん。祐輔さんにあんまり怪我とかさせないでくださいね」

「任せておけ、そこらは心得てるさ。あとは能力について基本的なことを教えよう、能力は遺伝によって引き継がれることは知っているな?」

「はい、知ってますけど」

「現代にある能力は六種類に分類される。光、闇、水、火、風、土だ。だから相手の能力で相手がどこの者かわかる。当然ながら闇は要注意だな」


黒崎朱美のことが脳裏に浮かぶ。あのときの光景を思い出して思わず祐輔は身震いした。

島田は会話を続けつつも、水滴を飛ばし続けるのをやめずに次々と水滴を放つ。

中には思わず祐輔が体を動かしてしまえば当たってしまうようなものもあって冷や汗ものだった。


「最初は恐怖に慣れろ。なに、手がすべらない限り当てたりはしないさ」

「兄ちゃん! 来てたのなら俺に教えてくれよっ!」


どこからか嗅ぎつけてきたのか突然現れた宏太が池田にぶつかっていく。

やべっ、と池田の焦った声が漏れた。

その反動で微妙にそれた水滴が祐輔の頬をかする。

一拍遅れて血が静かに流れた。

さらに遅れて鈍い痛みが祐輔を襲った。


「……ごめんなさい」


状況を理解したのか、宏太が申し訳無さそうに手を合わせた。











「なるほど、おっさんの修行か! なら俺も手伝わないわけにはいかないなっ!」


事情を説明すると宏太は腕まくりをしてやる気を露わにする。

池田は静かにカバンからミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出した。


「やる気があってよろしい。ならあとで手伝ってもらうからな」

「二人共やる気があるのはいいんですけどあんまり祐輔さんをいじめすぎないでくださいね?」


頬の傷を志弦から治療してもらいながら祐輔はこれから起こる訓練のことを想像して恐れをいだいていた。


「それじゃあまず、お前の異能を発動してみろ」

「え? 異能はしばらく禁止だと高堂さんからいわれてるんですが」

「いいんだ。接続持続時間の延長は発動機を介さなければ起こらないから問題はない。むしろあれからずいぶん時間もたったからいい具合に異能の出力も落ちていることだろうよ」


祐輔は池田が予め準備していたナイフで恐る恐る左手の人差指の先を切る。

血の珠がぷっくりとできるが、茨はでない。


――そういえばさっき頬を切ったけど茨はでなかったな。なぜだろう?


そんな疑問をはさみながら失敗したのかとびくびくとしていると遅れて茨がゆっくりと傷口から生え出てきた。

長さは二十センチほどで、訓練のときは長い時に三メートルほどまで長くなることと比べれば非常に短い。


「そのまま動くなよ。この前に宏太がやられたときに気づいたことをちょっと確認してみたくてな」


茨に向かって水弾を放つ。

一発目で茨は大きく弾かれ、二発目でそれは形を保てなくなり四散した。


「もう一回できるか?」

「多分大丈夫です」


僅かな疲労感に襲われながら一分ほど待つと、指先から何かが這い出てくるような感触とともに二本目の茨がゆっくりと姿を表した。

池田はさっきと同じように水弾を放つ。

一発目でまた弾かれ、二発目でさらに大きく弾かれるがなぜか今度は形を保ったままだった。


「やはりな。お前の異能は若干ながら能力を用いた攻撃に耐性があるようだ」


詳しい話を聞くと、一回目は水弾を二発とも同じ所に当てたらしい。二回目は微妙にずらして別の箇所に当てたそうだ。

そのため二回目の攻撃を耐え切ることができたらしい。


「これで何かあった時に身を守れるのかも……しれない。もっと茨を伸ばして体にでも巻いておけば不意打ちを防げるんじゃないかな?」

「なるほど、ただ頬の傷みてもらうとわかるんですけど、なぜか腕以外の場所だとうまく茨が出ないんですよ」

「……お前が異能に目覚めたときも、宏太のときもお前の腕から異能が発動していたからなんらかの関係があるのは可能性は高いだろうな」


池田は顎に手をあて、しばらく考えるような動きを見せたあと祐輔に告げた。


「ただお前の異能は未知数なことが大きすぎる。前みたいになっても困るし、異能を使うときはへたな行動はしないで俺の指示に従うようにしろよ」


痛い目にあってばかりなだけに祐輔は頷くことしか出来なかった。


「まあ訓練といってもあと三日でできることなどたかがしれている。だから出来ない奴ができることをやらせるのが俺は正解だと思うんだよね」


その言葉は祐輔のことを指しているということは容易に想像ができた。

そして同時に疑問に思うことがひとつ。

三日後というのはどういうことなのだろうか?

その疑問を問いただす前に池田からの言葉がつづく。


「お前が新しく何かを身につけるには時間がかかりすぎる。だからこれからお前にやらせることはひとつ――ひたすら走れ」


にっこりと今まで見たなかで一番の笑顔で池田は告げた。

祐輔は不思議と嫌な予感を感じることしか出来なかった。









走り始めること約三十分。

早くも祐輔は身体ともにボロボロになっていた。

左腕には先ほどだした茨が巻きつけてある。

能力を発動したままの運動は通常より著しく体力を消耗するためだ。


「もうへばったのかよ。さっさと気合入れなおせ」


容赦なく後方から水弾が飛び、祐輔の右腕に巻かれた茨に当たる。

茨が一部弾ける。祐輔はほぼ底をついている気力をなんとか振り絞ってそれを再生させた。

何度も茨の再生を繰り返すこと、前より少し早く異能を使えるようになったのだ。

茨を再生したことによる疲労感が再度祐輔を襲う。

疲労がピークに達した祐輔は指一本動かすことすら出来なくなり、顔面から地面に倒れこむ。


「おっと、あぶねえな」


隣で並走していてくれた宏太がすかさずそれを受け止めた。


「よし、五分休憩だ。宏太、そいつを貸せ」


祐輔は疲労のあまり動くことが出来ずにいると近寄ってきた池田が頭に水をぶっかけた。

汗だくの体に冷たい水が心地よく感じる。


「動くな。今少し楽にしてやる」


そういって池田が祐輔の頭に手をおく。かけられた水が蠢くと祐輔の体を這いずり回り、ひと通り駆け巡ったあとそれは池田の手のひらに集まって吸い込まれていく。


「……あれ? 動く」


思わず声が漏れでてしまう。

先ほどまで満足に動くことすらできなかった体が、全開とはいかないまでも少し疲労したぐらいまで回復したのだ。


「これは疲労転移つって疲れを俺に移す技だ。俺も多少疲れるが、その分嫌になるくらい鍛えてやるからな」

「といってもあんまり無茶をさせないでくださいね。祐輔さん、飲み物をどうぞ」


志弦が差し出してくれる飲み物を受け取る。

疲労がへっても渇きが消えるわけではないようで、渇いた体に冷たい飲み物が心地よかった。

飲み物を飲むさなか、ふと右腕に巻かれた茨が目に入る。

思いもよらなかった使い道が茨にあったことに祐輔は心が躍っていた。


――俺にでも出来ることがあるんだ。


腕に残る茨の感触がやけに強く残った、そんな気がした。


「よしっ 訓練再開するぞ。へこたれんなよ?」


こうして激しい訓練の夜が過ぎていくことになるのだった。













あれから結局日が変わるまで訓練は行われた。

途中、志弦は池田に女の子は夜更かしはダメだなんだといわれ、渋々ながら戻されたりもしたが、それで訓練の手が緩むはずもなく(むしろ厳しさがました)鬼のような時間が過ぎていった。

祐輔と宏太はともに地面に倒れ込む。

あまりの疲労に立っていることすらきつくなっていた。


「今日はこれくらいにしておこう。明日も来るから気合いれとけよ。このペースなら予定までには少しはましになれそうだな」


池田はそういって懐から煙草を取り出す。

あれから何度も疲労転移を行っており、池田にも相応の疲労がたまっているはずなのだが彼は汗一つかいていなかった。

そのあまりの底のしれなさに祐輔は思わずぞっとしてしまう。


「三日後? なんかあるんだっけ?」

「ああ、いい忘れてた。三日後に開かれる六大会議にお前を連れてくことになっちまったからよろしく頼むぜ」


六大会議とは能力者の家柄――光、闇、水、火、風、土の代表が集まって話し合う場のことを指すらしい。

あまりの突然のことに祐輔は動揺を隠しきれなかった。それが大きな話になるというのならなおさらだ。


「えっ なんでですか?」

「なんかお前を連れて来いって総当主――恵美たちのじいちゃんから厳命されてさ。なあにあそこは警備も固いし、前みたいなことには絶対俺がさせないから安心してくれよ」


――三日後、また来るわ。そのときはいい返事を期待してるわね。


あのときのセリフが祐輔の脳内で再生される。


「どうした? 顔色が悪いけどどうかしたのか?」


新たな波乱の予感に祐輔はふらりと膝をついた。


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