第9話 羨望
「いままで発見された異能者はあんたをいれて五人。他の三人はもうこの世にはいない。それを知ってもあんたはここに居たいと思うのかい?」
その言葉に祐輔は思わず逃げ出すのを止めてしまった。
いままで見つかった異能者は祐輔で五人目。宏太と初めて会ったときにそう話していたのは確かに覚えている。
だが他の異能者が何をしているという話は聞いたときはなかった。
「……それはどういうことですか?」
「あら? 逃げるんじゃなかったのかしら。少しは話を聞いてくれる気にはなってくれた?」
「………………」
朱美の言葉に祐輔は沈黙で返すことにする。
彼女の目的がわからない以上、安易な返答はするべきではないと思ったからだ。
また祐輔の知らない手段を持って進入する時間を稼いでいる可能性も捨てきれない。
心の中で一分立ったら無理にでも戻ることを祐輔は決めた。
「あら、ひどいわねえ。恵美はこんなことも教えてくれないなんて、信じられないわ」
わざとらしくねっとりと言葉の端々に色香を漂わせながら彼女は語る。
「あなたにわかりやすく教えてあげると、異能っていうのはね、コマンドのわからない格ゲーみたいなものなのよ」
「どういうことだ?」
「言葉通りよ。私とあなたの持っているチカラは同じ能力だけど、本質は違うもの。だから異能なのよ。――あら残念だけど時間のようね」
「おい、ちょっと待てよ」
「――三日後、また来るわ。そのときはいい返事を期待してるわね」
そういい捨ててずぶりと朱美は闇の中に沈み込む。そのまま元から何もなかったかのように音もなく消え去った。
辺りには木々のさざめきだけが静かに残った。
祐輔は朱美がいなくなったこと深呼吸をひとつして緊張をほぐす。
「おっさ~~~ん! どこだ~~!! こんな夜中になにしてんだよおっさぁん~~~」
同じくして遠くからなぜか宏太の大声が聞こえてきたことで祐輔はどきりとしてしまう。
「こっちにいるよ!」
負けずと返事を返すと、宏太はすばやく祐輔の元へかけてきた。
「お! ここにいたか。物音がしたと思ったらこんな夜中にふらふら外に行くんだから心配したんだからな」
「すまんすまん。寝すぎたせいか目が冴えちゃってさ、心配かけてごめんな」
「気にするなよ。あと元気ないけどどうかした?」
「実はさ――」
他の異能者はもうすでに死んでいる。朱美の言葉が祐輔の脳裏に浮かぶ。
「い、いや、何もなかったよ、気のせいじゃないか」
詳しいことを自分は一切聞いていない。その不信感から思わず、祐輔は嘘をついてしまった。
「そっか、ならいいんだ。さっさと家に戻ろうよ。風引くと悪いしさ」
強引に手を引く宏太に連れられて家へと戻ることになる。
同時に宏太の親友が亡くなった話を思い出す。あの口ぶりからして親友が能力者か異能者のどちらかであるかは間違いないだろう。
そこまで思考をめぐらせた祐輔はあることからそこで思索を打ち切った。
――俺はこんな中学生の子供のことも信用できないのか。
もしなにかあったとしても、あのとき涙していた宏太を信じることが出来なかった自分に祐輔は苛立ちを覚えた。
――まずは明日から調べられることを調べよう。あの怪しい女のいうことを信じるのはそれからだ。
気合を入れなおした祐輔は再び眠りにつくのであった。
*
結局あのあと朱美の言葉が脳裏に何度も蘇り、うまく寝つくことができなかった。
その悩みは非常に深いもので、気がつけば朝のランニングと朝食をすませてしまっていたほど祐輔は深く悩みこんでいた。
三日後にまた朱美は来るといっていた。
おそらくは裏切ってあちらと手を組めということなのだろう。だがいきなり殺しにかかってきた相手を信用できるはずもない。
しかし朱美のいうことももっともで、祐輔は恵美たちがなんのために能力の開発をしているのかもしらない。
――もっといろんなことを詳しく知る必要がある。でも一体どうすればいいんだ。
先の見えなさにげんなりする。そもそも朱美の言葉を信用していいのかすらわからない。
何かを始める前から祐輔は胃が痛くなるような思いをしていた。
「おい、おっさん様子がおかしいけど本当に大丈夫なのかよ?」
「え、あ、ああ大丈夫だよ。ちょっとぼーっとしててさ」
不意に声をかけられて現実へと戻る。
声をかけた宏太は非常に心配そうな顔をしていた。
「おっさん。やっぱり昨日帰ってきたときから様子がおかしいって!」
「あ、いや俺は――」
「おっさん!」
真剣な顔をして宏太は話をつづけた。
「俺さ、あのときおっさんに話を聞いてもらえて本当によかったって思ってるんだ。だから俺もおっさんの力になりたいって思ってる」
その後、恥ずかしくなったのか顔を赤くし、そっぽを向けながら話を続けた。
「そりゃあ俺はまだガキだけどさ、それでも頼ってくれたら嬉しい」
「――ありがとうな宏太」
「ば、ばっか! 仕方なく付き合ってあげてんだからな、今回だけだからな」
「ああ助かるよ。実はあの朝高堂さんと出て行ったときにさ――」
昨日の夜のことだけを伏せて、ほかに起こったことを祐輔は伝えることにした。
自分のせいで敵に襲われてしまったこと。なにも出来ずに動けなくなってしまったこと。そのせいで大変な思いをさせてしまったこと。
宏太はなにをいうのでもなく静かにうなずきながら聞いていた。
「そんな気にしすぎんなよ。おっさんは弱っちいんだから、生きてるだけいいってもんだよ」
「いやでも、みんなに迷惑をかけちゃったし……」
「……おっさんはさ、これからどうしたいの?」
「よくわかんないよ。だた俺は……少しくらいは自分でなにかできるようになりたい……のかもしれない」
「よっしゃあ、それなら特訓だ! 俺がたっぷり鍛え上げてやるよ!」
ぐいぐいと宏太が腕を引っ張っていく。
「そんな引っ張るなって、お手柔らかに頼むよ」
「任せとけって!」
元気のよいい宏太の声が青空にこだまする。
胸につまった重しがずいぶん軽くなったような、そんな気が祐輔はした。
*
一日の訓練を終えて、二人が家に戻ると志弦が晩御飯を作っていた。
なんの予告もなしに起きた出来事に祐輔は思わず固まってしまった。
見慣れた制服の上からエプロンを着るその姿はそのギャップもあって何度見てもとてもよろしかった。
「おかえりなさい、あの突然なんですが今日からしばらくここにお世話になりますね!」
「志弦姉ちゃんただいま!」
「ただいまです…………はい?」
おたまを持ちながら笑顔でいわれるが、理解がおよばず疑問で返してしまう。
その脇には大きなバッグが置かれている。ずいぶんと量が多いのか大きく膨らんでいた。
「それがですね……」
要約すると祐輔の異能の解析を進める準備が出来たため恵美が本格的に研究に入ることにしたこと。
研究ための事務所は現在、結界がなく(祐輔の件で使えなくなった)危険なために場所を移すことになったため、それが終わるまで志弦も別の安全な場所にいてもらうことにしたこと。
そこで強固な結界が張られ、守りも厚いここが適任だということになったらしい。
「ちなみ研究にはにどれくらい長くなるんですか?」
「わかってないです。目処がついたら連絡してくれるらしいですね」
「そっか、志弦さんが構わないなら全然いいんだけどね。てっきり男二人と一人屋根の下なんて高堂さんが絶対ゆるさなさそうだと思ってたからさ」
「俺は志弦姉ちゃんと一緒はめっちゃ全然嬉しいよ!」
「安全のためには仕方ないって涙を呑んでましたね。私としては姉さんが研究に没頭するとすぐ不摂生な生活をするから逆に心配なんですけどね」
そのあと晩御飯ができたので祐輔は盛り付けを手伝う。
嬉しそうに志弦と会話をする宏太をにやにやしながら見守りながら楽しいひと時をすごすのだった。
食事も終わり、本日の訓練も終わったあとということで、しばしの自由時間となる。
特にすることもなかった祐輔はなんとなく散歩をすることにした。
心地よい夜風に当たりながら祐輔は昨晩、朱美がいいのこしていった言葉を思い返していた。
「三日後にまた来るか……」
三日後にいったいどうすべきか、祐輔は答えを出すことができずに頭を悩ませる。
そもそも朱美のいっていた言葉が本当のことなのかの確証もないのだ。
言い返すと恵美たちのいっている言葉も真実なのかという確証もない。
実際、詳しい話はされていない。意図的にされていないような感じにさえも感じていた。
しかし祐輔は志弦たちが悪い人のようにはどうにも思うことができなかった。
「はあ……」
ぐるぐると際限なく回る思考をため息とともに一区切りおいて、ひとまずそのことについては考えることをやめた。
気分を切り替えるために散歩を続けると本殿の入口が開いており、そこから明かりが漏れていることに気づく。
いままで神社内の建物は基本的に締め切られており、中を伺うことは一切できていなかった。
興味を引かれた祐輔は中を覗いて見ることにした。
足を踏み入れるとその中はなんとなく厳かで神聖な感じがするような気がして、そういうものに無頓着だった祐輔もなんとなく緊張してしまう。
元々が大きくない神社であったせいなのかは祐輔には判断はつかないが、本殿のなかは質素なものだった。
床は木で作られており、雅やかな修飾はなく奥に御神体が祭られているのみ。
外にもれ出た光はその御神体の前に置かれた一本のろうそくから漏れたものだった。
その明かりに寄り添うように志弦が静かに座り込んでいた。
目を閉じ、集中しているのか一言も発することになく御神体と向き合っている。
その志弦の姿は全身薄っすらと光に包まれ、きらきらと輝いていた。その幻想的な光景に思わず目を奪われた。
ろうそくの明かりを元に光を操る訓練をしているのだろう、少しずつろうそくの明かりが弱く、対照的に志弦の体の輝きが強くなっているような気がした。
「強く、もっと強く、もっともっと強く」
こちらのことにはまったく気づいていないのだろう、志弦は真剣な面持ちで言葉をつむいでいた。
言葉と呼応して光が踊る。神社の雰囲気もあいまってその非現実的な美しさに祐輔は声をかけることも忘れて見入った。
「すごい……」
思わずもれ出るその言葉が志弦の耳に届いてしまったのか、ぴくりと震えたあと光が霧散して消え去ってしまった。
「あちゃー やっちゃった……」
志弦は振り返り、こちらに顔をむく。
その顔は赤く染まっており、気恥ずかしそうにしていた。
「見てたんですね。全然気づかなかったですよ」
「ごめん、集中しているみたいだったからさ。能力の練習なのかい?」
「はい、なんというか先日の一件で実力不足を痛感したので苦手だった光を纏う練習をしてたんです」
――あのときは何も出来ませんでしたから。
ぽつりとつぶやくようにいう志弦の悲痛そうな表情は強い覚悟を秘めているように思われた。
祐輔は返す言葉をうまく見つけられないでいたとき、志弦の足元に一冊のノートが広がっていることに気づく。
どこにでもあるようなキャンパスノートで、開いてあるページにはびっしりとなにかが書き込まれていた。
「これは高堂家に伝わる光属性の呪文と術の写しですね」
「へえ、呪文なんて魔法使いみたいですね。いいんですかそんなものを見せてもらっても?」
「構わないですよ。光を扱えるのは高堂家だけなので私たちぐらいしか価値はないですし、これは写しですから」
そうして手渡されたノートには見慣れない漢字で複雑な呪文とその効力が書き綴られていた。
「そういえばこれには呪文が書いてありますけど、志弦さんや池田さん、あと宏太もほぼ呪文を唱えたりしてないですよね、なんでなんですか?」
「呪文はあくまでイメージの補助なので本来は必要はないんです。池田さんくらいまでなるとほぼ必要ないですね。宏太はまた別なんですけど、ちょっと難しい話なので詳しくは本人に聞いたほうがいいかもしれませんね」
「……志弦さんはすごいですね、まだ学生なのにこんなにがんばって、しっかりしていて本当にすごいと思いますよ」
「私はそんなたいしたものではないんです。姉さんの役に立ちたくてがんばってるだけですよ。私にはなにもないから、だから姉さんに少しでも恩返ししたいんです」
「そうかなあ? 十分すごいと思いますよ。少なくとも俺よりは役に立っていると思います」
「いえ、私はいつも姉さんに大変な思いばかりさせているんです。だからもっとチカラをつけないといけないんです。宏太にも負けたくないですからね」
志弦はいたずらっぽく笑い、まるで火を掴み取ろうとするかのようにろうそくの前に手をかざす。
「我が身に宿りて力となせ」
瞬間、本殿のなかから光が消えた。
真っ暗闇のなかにろうそくの赤い火だけが浮いている。
その火は不思議なことに周囲をまったく照らしていなかった。
「集え」
その一言が引き金になったのか、志弦の体から光が溢れ、右手に収束する。
集まった光の奔流は元がろうそくの火だと思えないほどの輝きを放ったところで弾けて消え去った。
同時にろうそくの火が再び辺りを照らし始めた。
「失敗ですね…… やっぱり姉さんみたいにうまくは出来ないですね」
苦笑を浮かべる志弦の頬には汗が伝っていた。
笑顔でつらい顔ひとつすることなく、鍛錬に打ち込む志弦の姿に祐輔はなぜ彼女はそれほどまでにがんばれるのだろうと思った。
自分のためでもなく姉のために、自分をかばって怪我をして、強くなるために鍛錬を続ける。
「なんでそんなにがんばれるんですか?」
そんな姿を見て思わず出てきてしまった疑問が口からこぼれてしまった。
志弦はほんの少し困ったような表情を浮かべてその問いに答えた。
「……実は私、過去の記憶がないんです」
告げられる過去の告白に祐輔が固まる。
「両親もいません。理由を聞いても姉さんは教えてくれませんでした」
志弦はろうそくのほうを見つめて、静かに顔を伏せた。
「私はいつも姉さんに助けてもらってばかりで、だからもらったものを返せるようになりたい。だからがんばれます」
「そっか、志弦さんはすごいな……」
ろうそくの明かりに照らされて志弦の真剣な眼差しが見える。
とても高校生とは思えないしっかりとしたその姿に祐輔はこの子にはかなわないと思った。
志弦だけでなく宏太のことも含めて。
大人よりも大人をしている子供たちを見て、自分はなんてちっぽけなのだろうと思ってしまう。
「記憶を取り戻したいとは思わないんだ?」
「出来ることなら思い出したいですが、姉さんのことを優先したいです」
「俺になにか出来るとは思わないけど…… 出来ることがあったら協力するよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
彼女は柔らかな笑みを浮かべる。祐輔もつられて笑顔になった。
そして同時に少しでいいから自分も力になりたいと思う。
いままでなんとなくで異能者をやってきた祐輔が始めて思ったやりたいことだった。
――俺も彼女のようになにかになりたい。
あやふやでまだ言葉にすることすらできない薄っすらとしたものだけど確かに祐輔はそう思った。
「――おっ、いたいた。探したぜ二人とも」
先日きいたばかりの声に祐輔は思わず振り返ると池田がいつものスーツ姿で本殿の入り口に立っていた。
「悪いな、仕事が終わるのが遅くてこんな時間になっちまった」
「突然どうしたんですか?」
「なに、ちょっくら島田に強くなってもらおうと思ってな」
池田は懐から煙草を取り出す。火をつけようとして志弦がしかめっ面をしていることに気づき、渋々ながらもそれをしまった。
なぜか夜の修行が始まろうとしていた。
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