第7話  検査



次の日、祐輔は起きて走る準備をしていたところ、早朝から予告なしにやってきた高堂恵美に連れられ、思いのほか早く街に降りることになった。

曇り空で今にも雨が降りそうななか長い石段を降り、恵美の運転してきた車に乗りこむ。

車内は恵美の性格を現しているかのように余計なものなく整然としていた。

ただひとつだけ志弦からのプレゼントなのだろう、フェルトで作られた可愛らしい猫のストラップがミラーにぶら下がっていた。


「朝早くから悪いな。体の調子はどうだ?」

「すこぶる快調です。宏太もだいぶ元気になってたみたいですよ」


今回、宏太はまだ体調が完全に戻ってないのもあって留守番となった。


「そうか。これから詳しく検査をさせてもらうから楽にしておいてくれ」


車に揺られて着いたのはただの民家だった。

連れられて入ると中もただの民家であった。改札は高堂となっている。


「私の住処兼事務所だ。移動が楽だし、研究も捗るからな助かっている。入れ」


玄関が開けられ入った祐輔を迎えたのは味噌汁の香り。

そして出迎えてくれたのは制服の上からエプロンをかけた高堂志弦だった。


「あれっ? 祐輔さんおはようございます。もう姉さん連れてくるんだったら教えてよ! もう一人分いま準備しますからね」


そういって志弦は台所へ消えていった。


「というわけで食べてきなさい。検査はそれからでいい」


といって恵美は少し恥ずかしそうに頬をかき、台所へ案内してくれた。

調理道具は無駄なく整然と並べられたなかで、冷蔵庫に張ってある猫のマグネットや可愛いらしいものが多く置かれており、二人の性格の差が垣間見えた。

椅子が二つしかなく、両親の姿が見えないことについては祐輔は込み入った事情があるのだろうと深く立ち入らないことにする。

椅子がなかったためもう一つは恵美が持ってきてくれた。

テーブルにつかされると出てきたのは食パンとサラダとスクランブルエッグと味噌汁だった。

朝食の前に連れ出されたこともあって空腹だった祐輔はさらりと食べきってしまう。


「祐輔さん。コーヒーは砂糖とミルクはどうします?」

「ブラックで大丈夫だよ。ありがとうね」


志弦からすっと出されたコーヒーを受け取る。料理もうまく、本当によく出来た子だと関心しながら祐輔は出されたコーヒーをすすった。


「すごいだろう、うちの志弦は。料理も家事も完璧の自慢の妹だ。もちろん島田にやるつもりは毛頭ないから勘違いはしないようにな」

「お姉ちゃんはもう少し家事を覚えたほうがいいと思うけどね」

「それはまあ、時間ができたときにだな」

「はいはい。期待しないで待ってますよ」


そんなこんなで和やかに食事は終わり、恵美と祐輔は地下に向かうことになる。

裏口のほうに連れて行かれると地下へいく階段があり、その先へ行くと分厚く頑丈そうな扉があった。

扉のロックを恵美が脇に備え付けられた端末を操作して解除し、さらに下へと降りていく。

一番したまで降りるとまた分厚い扉があり、再度ロックを解除して中へと入っていく。そこには様々な機械が置いてあった。

病院で見られる全身を覆うようなものや、頭にかぶるヘルメットのようなものにケーブルが何本もつながっているもの。

他にもたくさんの機械があり、それがなんの機械なのかは祐輔にはわかりようがなかった。

恵美は作業机に置いてあった白衣を羽織り、そのままされるがままに祐輔は置いてる機械を使って検査を受けさせられる。

一通り検査が終わった所で祐輔は昨日、宏太との会話で起こったデジャヴについて話すことにした。


「ふむ、なかなか興味深い話だ、そちらも調べておこう。ところでこちらからもいくらか質問があるんだがいいか?」

「はい、別に構いません」

「異能に目覚めてから体におかしいところはないか?」

「いえ特にはなにも。夢見が悪いような気がしますがそれくらいです」

「異能が暴走したとき島田君は何か普段とは違うことをしていないか?」

「いえ特に変なことをしていないと思います」


恵美は顎に手をあて、少し考えるような仕草を見せた。


「……接続持続時間というものがある。いわゆる発動機のスイッチを切ってからどれくらいの時間、異能を発動できるかという時間のことだ。もっとも発動機がなければ異能の出力は大幅に弱くなるがな」

「それがどうかしたんですか?」

「いままで異能者の持続時間は長くても五分以内だろういう認識が研究者のなかにはあった。なぜならいままで持続時間の最長が宏太の一分二十秒だったからだ」


過去形だったそれに祐輔は嫌な予感を覚える。


「目の悪い人が眼鏡がなければ生活にならないように、異能者も発動機がなければその力を振るうことはできない。それが常識だった、昨日まではな」


一拍の間を開ける。祐輔にはそれが恵美が言葉を続けるか悩んでいるかのように見えた。


「島田君、君の接続持続時間はまだつづいている。そのためになんらかの要因で能力が発動したんだろう」


その発言に祐輔はなんと返答すればいいかわからなかった。


「これは想定が足りなかった私のミスだ、すまない」


頭を下げる恵美。そんな普段では考えられない様子に祐輔は思わずうろたえてしまった。


「あ、いえ、この通りいまは元気ですし、そんな頭を下げないでください」

「いや、この件は私の責任だ。すまないがこれからしばらくの間、お前の異能の使用を禁止させてもらう」

「わかりました。どれくらいまでするといいのですか?」

「少なくとも接続持続時間が切れるまでだな。すまないがなるべく普通に生活してくれ。何が異能の引き金になっているかわからないからな」


そこまで話したところで地下に備え付けられた電話がなり始めた。


「はい、高堂です。 ……わかりました。いまから向かいます」

「すまないが、予定より早く会社のほうに向かわないといけなくなった。送り返す時間もないから家で志弦と待っていてくれ。昼には戻る」

「え? 二人ですか」

「そうだ。お前を一人にするのも危険だからな。もう地下を閉めるから早く出てくれ」


そういって有無を言わさず地下から出され、客間まで案内させられる。

志弦はテレビを見ていた。朝のニュース番組が流れている。志弦はエプロン姿から見慣れた制服姿に戻っていた。


「志弦、すまないが急ぎで行かないと行けなくなった。昼には戻るから島田君を頼む、もしなにかあったら叩きのめして構わないからな」

「了解!!」

「いえ、そんな恐ろしいことできないですから……」


恵美が脱いだ白衣を志弦が受け取る。代わりに準備してあった鞄を恵美に渡した。

姉妹なだけあって連携もばっちりだと関心する祐輔だった。


「大丈夫だと思うが外には出るなよ。志弦、島田君に適当に資料でも見せておいてやってくれ」

「わかった。いってらっしゃい」

「ああ、いってくる。くれぐれも家から出るなよ」



釘を刺したあと、凛として出て行く恵美。本当に忙しい人だと祐輔は思う。


「それじゃあ、資料の準備してきますので祐輔さんはゆっくりしててくださいね」


そういって志弦は客間を出て行った。一人残された祐輔はいまさらながら女子高生と二人っきりであることを意識してしまい、なんとなく気恥ずかしくなってしまう。

祐輔は地元からこちらのほうに就職してきたため知り合いもいなく、彼女もいない。

志弦のことは姉妹ともども非常に美しいと思うのは事実なのだが、宏太のこともあり余り特別な感情を抱けそうにはなかった。

特に最近は祐輔自身、自分のこと(異能関連)で精一杯で余り余裕がなかったことは確かだ。

加えてさきほど恵美に言われたことが祐輔の頭のなかを反芻していた。

しばらくの異能の使用禁止。


――なにをしてもだめな俺が唯一手に入れられた他人とは違うものなのに、結局こんなことになってしまうのか。


複雑な気持ちだった。言葉に出来ないもやもやとしたものが胸のうちに立ち込めていていた。


「ありましたよ。どうかしました?」


手に書類の束を持って戻ってきた志弦は客間で一人腕を組んで棒立ちになっていた祐輔を不思議そうに見つめた。


「いや、ちょっと考え事していただけ」

「……ふーん、祐輔さんは現役女子高生と二人きりになれるなんて役得ですね!」

「えっ? お、俺はそんなことを考えていたわけじゃないぞっ」

「本当ですか? ならいいんですけどね」


にっこりと含みのある笑顔を見せられると、祐輔としては表情を引きつらせながら書類を受け取ることしかできなかった。

書類は恵美が書いたもののようで、A-Z因子についての考察と見解と書いてある。

なんとか理解しようと試みる祐輔だったが、専門用語が多すぎるせいかほとんどが理解できなかった。

薄っすらと理解できたのはA-Z因子なるものの存在によって異能を使えるということだった。


「難しいなあ。志弦さんはこういうのは詳しいのかい?」


時間をかけてようやく書類を読み終えた祐輔はなにをするのでもなく静かにしていた志弦に問いかけることにした。


「姉さんがやってたことなのである程度はわかりますよ。これに書いてあるのは能力の発生原因について研究したものですね」


そういって志弦は祐輔の手から資料を取り上げてページをめくった。


「わかりやすくいえば能力者はなぜ能力を使うことを出来るかを研究したものです」


なぜ能力を使えるか。そんなことをいわれても祐輔にはいまいちピンと来るものがなかった。

たとえばゲームや創作物などでは生まれつき魔力を持つものではないと魔法は使えない。

それでは魔力とはどういうものなのだ。魔力があるとなぜ魔法を使えるか、それを研究したものだという。


「お恥ずかしながらまだ能力者と一般人はなにが違うというのはまだわかっていないんです」


さまざまな研究を行った結果、一般人と能力者との違いは一切見られなかった。


「しかし現に一般人を異能者たらしめているなにかは確かに存在する。そのため論理上、存在しているといわれているのがA-Z因子です」


そのA-Z因子は発動機の発する特殊な音波に反応を示し、異能を発揮する。

ただし、宏太などのいままで発見された異能者を調べても身体に明確な差はなかった。

そのため研究者達のなかである仮説が起こる。すなわち、A-Z因子は誰もが持っているのではないか。

いままでの異能者を研究し、発動機を改良することで適合する異能者を増やせるのではないか。


「ただ人によって適合する因子は大きく違うため、多くのサンプルを集め、研究することで最終的に誰もが能力を使うことが出来る発動機が出来るというのが姉さんの理論ですね」


「誰でも、か。改めて聞くとすごい話ですね」


「実現するには相当遠い話みたいですけどね。それでも少しずつ進んでますよ、現に祐輔さんが見つかったんですから!」


ピンポンとチャイムが鳴り、来客を知らせた。時計に目をやれば、十時ごろで昼にはまだまだ遠い。

ちょっといってきますね、と志弦は話を中断して玄関へと向かった。

きりがいいと、祐輔は書類を置いて庭に目をむければ案の定、天気は崩れて雨がぱらついていた。

ちょうどその視界を横切るものが現れる。

それは一匹の黒猫だった。

雨宿りのつもりなのかそれは祐輔の存在を気にすることなく窓の脇にうずくまりだした。

野良猫なのだろう、首輪はつけてない。猫の目の前で指を振るが逃げ出す様子はない。

触ってみたい。そんな衝動が思わず浮かび上がってしまう。


――窓を開けて、いや家の中に入れるのはまずいから頭を撫でるだけにしておこう。


窓の鍵を開け、猫が入ってこないように手が通れるだけの隙間を開ける。

相当、人に慣れているのか黒猫はそれでも逃げる様子なく祐輔の目を見てくるだけだった。

黒猫が逃げそうにないことがわかると祐輔は内心テンションを大きくあげながらも、急に動いて猫が逃げないようにゆっくりと手を猫のほうへ伸ばした。

頭に手が触れる。もふもふとしていて非常に心地よい。気持ちよさそうに猫はのどを鳴らした。

余りの可愛さに祐輔も微笑んでしまう。


「お待たせしました。いたずらだったみたいです。ピンポンダッシュなんて久々に見ましたよ」


居間に戻ってきた志弦は黒猫のほうに目をやり息をのむ。


「ごめん。猫苦手だったかい? 俺めっちゃ猫大好きなんだよ」

「祐輔さん逃げてっ!」


志弦は血相を変えてこちらへ走る。

同時に二つの光球を生み出して黒猫へ飛ばした。


「……えっ?」


突然のことに祐輔はついていけず間抜けな声をあげてしまう。

迫り来る光球に対して黒猫は表情を崩すことなく祐輔の手を振り払って静かに立ち上がった。


「にゃあ」


ひとこと猫が鳴くと猫の影がまるで生きているかのように動いた。

影は刃のように鋭く尖り、その先を三つに分裂させる。

二つは志弦の放った光球を刺し抜き、互いにボロボロに崩れて虚空に消えた。

そして残りひとつは祐輔に向かって伸びていった。

影は祐輔の胸、心臓辺りを向かって進んでくる。

ああ、俺は死ぬんだなと祐輔は思った。

走馬灯が流れることはなかった。これで終わりなんだと思うが何も浮かんではこなかった。

ただまた自分がやってしまったという思いだけがあった。

そのときなぜか手にぬくもりを感じた。


「させ、るかあぁぁああ!」


強烈な重力を祐輔は感じた。なにかに引っ張られ、体は宙に浮く。

天地がひっくり返され視界はめちゃくちゃになり、背中を壁に強烈に打ち付ける。

肺から空気が押し出されて咳き込む。痛みと苦しさでのたうちながら祐輔はさきほどのぬくもりは志弦が自分をつかんで放りなげてくれたのだと気づいた。

うまく動かない体にもどかしさを覚えながら祐輔が首をあげる。

影が一本の帯のように伸び、それに志弦が絡みとられていた。

志弦の体は薄っすらと光を纏っている。


「本当にいつも邪魔してくれる子ね」


耳にじっとりと絡みついて残る色香を感じさせる声が黒猫の口から漏れる。

影が締め上げるのか、鈍い音が響く。志弦の体に纏われた光がその負担に耐えかねたのか明滅して消えた。


「早く行ってください。こいつの狙いは祐輔さんの命ですっ」


「小娘は黙ってな」


影が絞まり、志弦は小さく悲鳴をあげた。影はそのまま志弦を持ち上げ、壁に叩きつける。

そのまま志弦は意識を失ったのか動くのを止めた。


「なあ、あんたが噂の新しい異能者なのかい?」


「……だとしたらどうするんですか」


祐輔は自分でも驚くほど早く心臓が鼓動しているのを感じた。

いくら呼吸しても体の酸素が足りないと思えるほど、頭がぐらぐらしている気がする。

多少、時間がたったことで突然の出来事に何が起こっているかわかっていなかった祐輔の思考が現実に追いついてしまったのだ。

すなわちここで自分は殺されてしまう。

恐れで体は重く、硬く自分の体でなくなってしまったかのように固まってしまっている。

逃げるのでもなく、志弦をかばうこともなく、恐怖で祐輔はなにもすることが出来なくなってしまっていた。


「別に、冴えない男って話だったし、そのツラならあんたで間違えないでしょ、じゃあね」


影が祐輔を串刺しにするべく飛び出す。


「お前いい加減、それくらいにしておけよ」


黒猫の前を人影が飛び越える。高めの耳に心地よい声が聞こえる。

今にも飛び出さんとしていた影の刃は水に纏わりつかれ動きを止めていた。

池田翔が二人を守るように立ちはだかっていた。




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