第6話  記憶




空が燃えていた。

大地は溶けて切り裂かれ、荒れ果てていた。

その荒廃した大地で一人泣くものがいた。

息絶えつつある友を抱きながら涙を流していた。


「なんで…… なんでっ僕をかばったんだよ! いやだよ……死なないでよ」

「泣かないでくれよコウ」

「僕、能力もまともに使えないし、勉強もできないし、ドン臭いし、なんにも出来ないのに…… なんでお前がっ」


涙が頬を伝う。友がもはや長くないことは明らかだった。


「なんでって友達だろ? 当たり前じゃないか。コウだから助けたいって思ったんだよ」

「でもっ ……でも!!」

「だったらさ、オレが助けてよかったと思うような強くになるんだ。お前ならできる。なんせコウはオレの親友だからな」

「なる、なるよっ! 強くなるもう逃げない。だから死なないでよ、いなくならないでよいやだよっ」

「お前なら出来る。きっと出来るさ……」


少年と少女が約束を交わす。

そして静かになった友を抱きながら誓った。

それが始まりだったのだ。











激しい頭痛と吐き気、そしてなぜか胸に渦巻く深い悲しみを抱きながら祐輔は意識を取り戻した。

その場所が神社にある祐輔の部屋であることに気づいたが、あまりの吐き気に祐輔は思考をめぐらす前にトイレに向かうことを余儀なくされた。

なぜか体は起きたときから重労働後であるかのように重い疲労が押しかかっていたが、体に鞭うってトイレへと向かう。

その姿はまるで幽鬼のようで、祐輔は立つことすらままならず、壁に寄りかかりながら移動することとなった。

やっとの思いで用を済まし、洗面台で顔を洗おうと鏡の前まで移動すると祐輔はあることに気づいた。


「なんで俺泣いてるんだろ……」


なぜ悲しいのか、自分でもわからないが祐輔は涙を流していた。

なにかあったわけでもないのに胸に渦巻く思いが祐輔を悲しくさせる。

しかしなぜ悲しいのか祐輔にはわからなかった。

疑問に返ってくるのは頭痛ばかりでわからないことばかりの自分に祐輔は嫌気がした。


「島田っ!? 目覚めたのか!?」


部屋に戻る途中、声をかけられて祐輔が振り向くと驚きの表情を浮かべた恵美の姿があった。


「おはようございます。ここにいるなんてなにかあったん――」

「体は大丈夫か。気分は? いや埒があかん。見てやるからこっちに来い」

「え? いやちょっと、やめてください服を脱がさないでくださいってば。ちょっ!」


無理やり引っ張られ、居間までつれてこられる。

途中、祐輔は上着を強引に脱がされ上半身裸になっていた。

恵美は手から光を出し、祐輔の体を調べ始めた。


「傷は大丈夫なようだな。あのときのことは覚えているか?」

「傷ですか? 俺は怪我なんてしてませんよ。この通り元気で――」


そのとき祐輔の頭に引っかかるものがあった。思わず頭を抱える。

激闘、痛み、茨、宏太の悲痛な叫び声。

あのときの光景が祐輔の脳裏にフラッシュバックする。


「俺は、俺は俺はっ 宏太は!? 俺が悪かったんですか!? 俺なんかが能力を得たから……」

「違う、落ち着けっ! 宏太は無事だ。何も問題ない、多少熱を出して寝込んでいるだけだ」


祐輔は思わず左腕に目をやる。

腕はなんの変哲もなかった。見慣れたいつもどおりの自分の腕だ。

腕がはじけるほどの怪我をおったのにその痕はどこにもありそうにない。

祐輔は次々と浮かびあがる疑問を全て問いただしたい衝動をなんとか押さえつけ、ひとつの言葉を口にした。


「……あのあとどうなったんですか?」

「あのあと宏太に群がる茨を全てなぎ払ったら、茨は自然ととまったよ。志弦にお礼でもいっときな、あの子がいなけりゃお前の腕はなくなってもおかしくなかった」

「なんであんなことがなってしまったんでしょうか。あのとき俺は発動機をつけてなかったのに……」

「詳しくはこれから調べてみないとなんともいえないが、もしかしたら――いや、今日は大変だっただろう、大丈夫そうだし私はもう行く。今日はもう休んでおけ」


その言葉で祐輔は気が緩んだのか、ただせさえ重い体の重みがさらにどっと増した気がした。

脱がされた上着を着直す。着終わったところで玄関から恵美の声が聞こえた。


「こんなことに巻き込んでしまってすまなかった」


ぽつりと独り言をいうように小さくひとことつぶやくと恵美は扉を開け出て行った。

その声にはいつもの厳しく冷たさを感じさせるものは一切なく、ただ悲しみを帯びていた。

祐輔はどう反応すればいいのかわからず一人棒立ちになっていた。


――俺が原因なのだから謝る必要なんてないのに。


思わず祐輔はそう思ってしまい、なんだかいたたまれない気持ちになってしまった。

他人に迷惑をかけることしかできない自分が祐輔にはどうも許せそうになかった。

といっても何かをできるほど体は疲労でいうことを聞いてくれず、ひとまずは布団に入る祐輔だった。

疲れもあってかすぐに祐輔の意識は消えていった。











祐輔がのどの渇きと空腹により目を覚ましたのは夜の九時ごろだった。

部屋はすでに真っ暗で置いてある物も祐輔の荷物しかないため、がらんとしていて非常に寂しい部屋となっている。

しばらく寝ていたおかげか、疲労感はほとんどなくなっていた。

台所にあったもので適当に空腹を紛らわしたあと祐輔は宏太の様子が気になり部屋に見に行くことにした。

自分のせいで傷つけてしまった宏太に謝らなければならないという気持ちが強かったからだ。

ついでに宏太の分飲み物をもって行く。

宏太が起きているかわからないため、祐輔はそっと宏太の部屋の扉を開けた。


「宏太。起きてる?」


小声で宏太が寝ている布団に声をかける。そして祐輔は驚きの余り、おもわず持ってきた飲み物を落としそうになった。

布団のなかは空っぽで誰も寝ていなかったからだ。

祐輔は思わずあたりを見渡す。窓がわずかに開いていたので、外に目をやると屋根の上で宏太が体育座りをしていた。

月明かりがわずかに宏太の顔を照らし、きらめいた。

誰に見せるでもなく宏太はひとり静かに泣いていたのだ。

祐輔はなんというふうに話かけようかと数十秒悩んだ後、屋根に上がって声をかけた。


「宏太。なにしてるんだ?」


返ってくるのは沈黙。宏太は静かに顔をぬぐい、遅まきながら涙を隠した。

祐輔は宏太の隣に座り、飲み物を差し出した。

宏太は黙ってそれを受け取る。プルタブを起こす音が周囲に大きく響いた。


「俺さ、昔自分のせいで親友をなくしたんだ」


ぽつりと宏太が語りだした。


「俺より先の能力適合者でさ、強くてかっこよくてなんでも出来る人だった」


それはまるで罪の告白のように誰に言うのでもなく淡々という。


「あのころの俺はまともに能力も使えなくて、弱くて何も出来なくてだめだめでさ」


その声色とは裏腹に宏太の目からはまた涙がとめどなく流れていた。


「いろいろあって俺をかばって死んじゃったんだ」


祐輔の脳裏にあるイメージが浮かぶ。

焼けた大地、ひび割れた空。二人の最後の会話。

なぜかその内容に強いデジャヴを感じた。同時に激しい頭痛が祐輔を襲った。


「最期のとき親友と約束したんだ、強くなるって。でもだめだった、あれだけ訓練しても翔兄ちゃんには手も足もでなかったし、みんなに迷惑もかけちゃった」

「……そんなことないさ。迷惑だなんて思ってないし、これからもっと強くなれるはずさ」


宏太の声はひどく沈んでいて、いつもの無邪気で元気な様子は欠片もみられなかった。

それどころかいまにも消えそうなほど、宏太は沈み込んでいた。


「そんなことないっ もう強くなれるきがしないよ」

「だったら俺と競争してみるか。どっちが先に強くなれるかどうかでさ?」

「おっさんが? 冗談きついよ、おっさんに負けるくらいなら能力者をやめてもいいね」


宏太がわずかに噴出す。僅かながらも明るい表情を見せたことに祐輔は内心ほっとしながら話を続けた。


「いったな、じゃあ決まりだな。どっちが先に池田さんに勝てるようになるか勝負だ」

「しょうがないなあ。じゃあ負けた方がひとつ相手のいうことをなんでも聞くってことでいいね?」

「いいぞ。負けないからな」


思わず頭にポンと祐輔は手を置いた。

それで宏太はまたなにか思い出したのか、また肩を震わせ泣きはじめた。

今度は泣き声を隠さず、大きな声で泣いた。

祐輔は黙って背中をさすってやることしか出来なかった。


「ごめんね、おっさんの茨にやられてから嫌なことを思い出しちゃってさ。なんか全てのことがどうでもよくなっちゃってたんだ。でもおっさんのおかげでちょっとだけど元気でたよ」


それからしばらく泣いたことで落ち着いたのか宏太はようやくぎこちないながらも笑顔を見せた。


「それくらい生意気いえるようになったら大丈夫だな。腹減ってないか? なんか作ってやるぞ?」

「食う! あと泣いてたのは志弦姉ちゃんには秘密にしといてくれよ、絶対だからな!」

「わかったわかった。肝に銘じておくよ」


中に戻り、台所で宏太の夜食を作りながらながら祐輔は宏太の言葉について少し考えていた。

脳裏に浮かび上がるイメージと宏太の言葉の一致。これらがなんの関係がないとは祐輔はどうも思えなかった。

もしかしたら祐輔自身の異能が原因なのかもしれないという可能性があったからだ。

しかし素人が考えたところで妙案が浮かぶはずもなく、恵美の報告だけはしようということで祐輔は思考を終えた。


「なあおっさんってさ、なんで異能者になろうと思ったの?」


祐輔が作った炒飯を平らげながら宏太はそんな言葉を投げかけた。

なぜそうしたのか、祐輔は自分自身に問いかけるが返す言葉がうまく出てこず、いくらかの間をおいてから口を開いた。


「偶然だよ。でもそういわれてみるとよくわかんないな」

「わかんないって、まあおっさんらしいね」


何を自分はできるのか、何になれるのか、祐輔は自分自身のことすらさっぱりだった。

いつも自分のことは不安だらけでいつも暗闇のなかにいるような気分にさえなってしまう。


「宏太はどうしてこんなところにいるんだ。学校には行かなくていいのか? 親御さんが心配でもしてんじゃないのか」

「俺は親いないからヘーキ。異能の才があるから引き取られたんだ、だから研究優先ってこと。勉強もしてるから心配ないからな……多分」


後半部が口すぼみになってしまったのは勉強に自信がないからだろう。


「そうか……」

「別に気にしなくていいよ。いつかおっさんにも知られると思ってたし、それに後悔なんてしてないし、するつもりもないからさ。結構楽しいしね」


そういって宏太は空になった皿を流しに置いた。


「おっさんありがとね。おっさんと話すまで、無性に暗い気持ちになってなにもかも嫌になっててさ。でもいまはだいぶ元気になったようなきがする」


にこりと宏太は笑い自分の部屋へと戻っていった。


「俺はなにもしてないよ、ただ話を聞いていただけさ。俺はそんなすごいことは出来ないさ……」


誰もいない台所で祐輔はぽつりとつぶやいた。

そして祐輔は内心、大きくないショックを受けていた。


――俺は何かになりたいと思っていても、宏太と違って結局それだけで自分からはなにも出てこないんだな。


結局は成り行き任せでそれで何かになれればいい。

そんなことを思っていた自分がいたことに祐輔は気づいて、それがどうにも嫌に感じた。

同時に中学生で自分なんかよりしっかりしている宏太がうらやましく感じた。


「でも結局は自分のせいなんだよな……」


ため息ばかりしている自分に気づいて祐輔はまたひとつ嫌悪する。

なかなか前は向けそうになかった。

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