桜の木の下で

第31話

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう

 私はまだ生きている

 いや意識がある、と言ったほうがいいのか


 動くことも話すこともできないけど、目で見て音を聞き、肌で感じることができる

 今日もこの公園に訪れる人たちの声が聞こえる――


「まったく……あの子はどこに行っちゃったんだろうね」

「うん。最後の電話で様子がおかしかったから心配だわ」

 腰を下ろし、弁当を広げている。

「まあ、あの子が連絡してこないのはいつものことだから。部屋が綺麗に整理されていたし、どこか長い旅にでも出たんじゃないかしらね」

 小さい女の子が二人、まわりで追いかけっこをしている。

「……おばちゃん?」

「なに? どうしたの?」

「この桜の木の向こうに、おばちゃんがいた気がしたの」


 …………


「そっか……おばちゃんのこと大好きだもんね。ランドセルまで黒を選んじゃってさ」


 …………


「お姉ちゃん、それはもういいじゃないの。さっ、お弁当食べましょ」

「はぁーい」

 背を向けて行きかけた女の子が立ち止まり、振り返る。

 そしてもう一度、私を見上げる。


 私も――大好きだよ……


 毎年この季節には、私に会いに来てくれるのかな――


 来年の今頃、少し大きくなったあなたたちを見るまで、彼と一緒に長い眠りにつくことにしよう

 長い――長い夢を見ることにしよう……


 あたたかな風が吹いた。

 風に舞う桜の花びらは、いつもの年よりもほんの少しだけ紅く色付いていた。



(前編 完)

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