第28話

 公園に向かっている途中、信号待ちをしているときにメールの着信に気がついた。

「由香……よかった、やっぱり生きてたのね」

 そこには、『元気? たまには連絡してよね。用事がなくてもよ(笑) ところで、そろそろお花見の計画立てない?』と、明るく弾けるような文章が踊っていた。

 少しだけ気持ちが軽くなる。

いつもならすぐに返信するのだが、信号が青に変わったため後で返信することにして、車を走らせた。

 とりあえず会社の駐車場に車を停め、川へ向かう。


 夢のはじまりは、ここだった。

 川に姉がうつぶせで浮かんでいて、走ってきた姪たちを抱きとめて叫んだ。そして、現実だと思っていた夢の中でも同じように、ここに浮かんでいた。全く同じように。

 胸騒ぎがする。

 何かが――夢の中の何かが引っかかっていて、それが分かりそうで分からない。いくら考えても分からないのに、本能がそれを思い出せと言っている。

 なぜか気が焦る。

「だめだ……」

 川べりまで行き、そこを覗き込む。


 次は、由香だった。

 彼女が車ごと川に転落して死んだ夢を見た。

 紺色の軽自動車がほとんど沈んでいて、隣で見ていた人が説明してくれて、引き上げられる車を見て名前を叫んだ。

 そしてまた、現実だと思っていた夢の中で、同じように車が沈んでいった。

 姉が死んだ川なのに、姉のことを思い出さなかったことまで同じだった。

 なんだろう。まだ分からない。

 川から離れ、公園へ向かうことにした。


 その次は、母。

 母が自殺する夢は短かった。

 姉と同じくうつぶせで浮いていて、人の声が聞こえただけだった。

 それは、私が気を失ったからなのか。行動や聞こえたことは同じだった。

 そして、父。

「…………」

 急に悪寒が背中を走った。

 首の後ろが痛くなる。


 なんだか――思い出したくない

 逃げ出したい


 思いとは裏腹に、私の足は公園に向かってゆっくり動き出していた。






 父の時は――といっても、結局は父ではなかったのだが。あの時は……。

 そう、あの時はもう自分が身近な人の死を夢で予知できるのかもしれない、と思い始めていた。

 父が工事現場の足場から転落した記事をみて、新聞が手から滑り落ちた。

 その夢を見て、それまでのことが予知なのか偶然なのかを、父の死で試してみようと思ったのだ。

 そして、現実だと思っていた夢の中で自分の力を確信したのだった。

 新聞を手に取り、地域のニュース欄を真っ先に見て、父の記事を確認して、新聞が手から――。

「……違う」

 何かが違う。

 父の記事を見て、「あった」とつぶやいたのも同じ。

 事故の時刻、名前、状況――見た記事も同じ……では、ない。


 ――同じではない


 私は、私に予知する能力があるかどうか試そうと思ったのだ。

 それまでは、見た夢どおりのことが起こるなんて思ってもいなかった。そもそも自分の行動を意識などしていなかった。

しかしあの時は、気になったのだ。

 夢を見たあと、事故現場の地名をよく見ていなかったことがとても気になっていた。そして、現実だと思っていた夢の中で、記事を見て父が死んだと思って新聞を落とす前に……確認してしまったのだ。

 手から滑り落ちそうになる新聞を持ち直し、事故現場の地名を探してしまった。

 そして、それが私の勤める会社の近くであったことに驚き、新聞を落とした。


 私はあのときだけ、見た夢と違うことをしてしまった……


 気付けばいつの間にか、私は桜の木の下に立っていた。

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