現実のおわり

第26話

「分かった。明日寄るから」

 カーテンを開け、お湯を沸かす。

「もう黒にしろなんて言わないわよ。ちゃんと赤をすすめるから」

 玄関へ新聞を取りに行く。

「うん。じゃ明日ね。お母さんにもよろしく言っといて」

 姉も母も生きていた。

 由香もたぶん生きているのだろう。電話をして確かめようかとも思ったが、やめた。他に用もないのに、「生きてる?」なんて電話をかけられるはずもない。

 シュッシュッと音を立ててお湯が沸いた。

 少し待ってコーヒーを淹れる。

 幸せな香りが部屋に広がる。

 もう、この香りに満たされることはないと思っていた。


 私も――生きていた


 今まではほとんど泣くこともなかったのに、夢の中で泣いたからかすぐ涙が出そうになる。そんな気を紛らわすために、傍らの新聞に手をのばす。

「変な夢を見たから曜日の感覚がおかしくなってるわ。今日は、土曜日か」

 日付と曜日を確認し、テレビ欄をチェックする。

 それからゆっくりと一枚ずつめくり、コーヒーを飲みながら読んでいく。

「えっ……」

 地域のニュース欄を見て、手が震えた。

「これって……どういうことなの……」

 そこには、『――午後1時20分頃、…………さん(62)が工事現場の高さ12メートルの足場から転落、首の骨を折るなどして搬送先の病院で間もなく死亡した。警察では工事の責任者から事故当時の状況を詳しく――』という記事が載っていた。

 新聞が、私の手から滑り落ちた。

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