第22話

 夢を見ていた


 水の中をプカプカ浮かんでいる感覚

 ここは……どこ?

 何も見えない

 暗くて何も……

 でも

 不思議と怖くない

 あたたかくて

 安心できて

 懐かしい

 そうか……

 ここはお母さんのお腹の中だ

 ずっとここにいたい

 生まれたくなんかない

 ずっとここにいたい

 悲しい思いなんかしたくない

 ずっとここに――


 そう思いながら目を覚ました。というより、目が覚めてしまった。

 カーテンを開け、お湯を沸かす。

 いつもと変わらない朝。

 何も変わらない。

 見た夢をよく覚えているのも、いつものこと。


 ――夢


 頭を振り、何も考えないようにして温かいコーヒーを飲む。

 身支度を整え、いつものように部屋を出る。

 たまに朝の出勤時間が一緒になるアパートの隣の住人と出会い、挨拶をする。

 車に乗り込みエンジンをかけ、会社へ向かう。

 いつもの通り道、いつもの景色。

 そして、今日はひときわ大きく見える桜の木を眺めながら、会社裏の駐車場に車を停めた。


「おはようございます」

 いつもどおりに朝の挨拶を交わし、机について仕事をこなす。休んでいた間の仕事もすっかり片付き、いつものペースに戻っていた。

 昼休みになり、二階の窓から大好きな桜の木を眺める。


 ――いつもと同じ昼

 何も変わらない

 もしかして……

 もしかして何も起こらないかもしれない


 こんなに何事もなく、いつもと同じペースで流れていく日常。

 夢を見たからといって、それが必ず現実になるなんて誰が決めたのか。私が勝手に思い込んでいるだけではないのか。

 すべては偶然でしかなく、そもそも親しくもない、一度会っただけの人に殺される理由がない。


 もしかしたら何も起こらずに家に帰るかも

 また明日の朝カーテンを開けてお湯を沸かしているかも……


 午後からそんなことを考えながら仕事をしていたので少しも捗らず、帰りが少し遅くなってしまった。

 急いで会社を出て駐車場へ向かう。

 車に乗り込みエンジンをかけようとするが、かからない。

 何度回してもかからない。

「朝はなんともなかったのに……」

 あきらめて電車で帰ろうと車を降りた瞬間、首の後ろがチクチクと痛みだし動けなくなり、私は思い出してしまった。

 夢の中で私は、なぜか車を置いて電車で帰ろうとしていたことを。


 このあとは――


 私はゆっくりと、公園へ目を向けた。

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