第21話

 日曜日の朝、目を覚ましたとき何かを忘れている気がした。

 何だろう。

 昨夜も夢を見ることなく、ぐっすり眠った。頭はスッキリしているのに、心がもやもやしている。

 とりあえずカーテンを開け、いつものようにお湯を沸かす。

 私は、このお湯が沸くまでの時間が好きだ。

 やかんに水を入れて火にかける。シュッシュッと湯気を上げるまでの時間に、いろんなことを考える。例えばその日の仕事の段取りだったり、前の日にあった嫌なことを反省したり、好きな人のことを想ったり。

 この、止まっているようでゆっくりと流れている時間を感じることができるのも、あと二回。

 不思議と落ち着いている。

 シュッシュッと音をたててお湯が沸く。少し待ってコーヒーを淹れる。幸せな香り、幸せな時間に思わず胸が詰まる。

 決して落ち着いているのではなかった。自分の日常を演じ続けることで、恐怖心を抑えていたのだ。


 私の人生も、もうすぐ終わる……

 その前に、会いたい人に会っておこう

 姪たち

 仲良し三人組の香織

 ひそかに憧れていたアパートのお隣さん

 このコーヒーを飲み終わったら電話をかけよう

 新聞を読み終わったら――


 結局、誰にも会わないまま夜を迎えた。

 会いたかったが会えなかった。

 最後だと思ったら何を言っていいか分からなかったし、きっと泣いてしまっただろう。なにより私は、用事がないと自分から電話もメールもしないのだ。

 布団に入り目を瞑る。


 ――最後の最後まで

 私ってなんてつまらない人間なんだろう

 もしも生まれ変わったら

 社交的で積極的な人になって

 自分から電話やメールをして……


 そんなことを考えながら眠りについた。

 朝忘れていた何かを思い出すこともなく。

 そしていよいよ明日、夢が現実となる。そのはずだった。

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