第16話

 もう一度、夢を思い出してみる。

 日付は明日。ということは、今日の昼過ぎに転落事故が起きる、ということになるのだろう。

 夢の中では地名をよく見ていなかったが、私のとっている新聞の地方欄に記事があったということは、現場は県内のはずだ。

 すべては明日はっきりする。

 もしも、明日の朝見る新聞にその記事があれば、私は身近な人の死を、夢で予知することができると証明される。

 それは決して気持ちのいいものではない。

 逆にいえば、私が夢を見たから死ぬことになった、とは考えられないだろうか。

 そして、なぜこんな不思議なことが起こるようになったのか。いくら考えても分からない。

「ふぅ……」

 とにかく明日だ。今は他のことを考えよう。

「他のこと……仕事でもするかな」

 前に持ち帰ったものはすべて片付けたし、また机の上の状態が気になりはじめた。

 会社の昼休みに挨拶がてら、少し顔を覗かせることにした。

 車でいつもの道を通る。

 ほんの数日間通らなかっただけなのに、もう何年も通っていない気がする。

 会社に近付き、桜の木が見えた。なんだかひどく懐かしい。

 その公園近くのビルが改修工事をしていた。

「いいなぁ、うちのオンボロ会社も新しく建て替えてくれないかしら」

 そんなことを思いながら会社の玄関を入った。

 母の葬儀のお礼と休暇中の挨拶をしてまわり、山積みの机の上から自宅でできそうなものを選んで鞄に入れる。

「よければ、来週くらいから出てきてもらえるかな?」

 昼休みが終わり、のんびり戻ってきた課長に聞かれた。

「はい。長い間すみませんでした」

「いやいや、山が崩れないうちに出てきてくれたらいいから」

「すでに、崩れそうなんですが……」

 しばらく世間話をして、会社を後にした。

「来週からまた忙しくなりそうだわ……」

 ため息まじりにつぶやき、車のエンジンをかける。

 家までの帰り道、けたたましくサイレンを鳴らして走る救急車とすれ違った。

 時刻は、午後一時二十分を指していた。


 その日は夜明け前に目が覚めた。

 あるいは眠ってなかったのか。新聞受けのカタンという音に反応した。

 カーテンも開けずコーヒーも飲まず、玄関に向かい新聞を手に取る。

 いつもはテレビ欄のチェックから始めるのに、この日は真っ先に地域のニュース欄に目を通す。

「……あった」

 その記事を食い入るように見つめる。

『午後1時20分頃――』

「やっぱり……」

 夢が現実となった。

 記事を読み進めていた次の瞬間、新聞が手から滑り落ちた……


 バサッという音をたてて新聞が床の上に落ちる。

 もちろん目は覚めない。

 足元の記事を思い出してみる。それによると事故があったのは、私が勤めている会社近くのビル――あの改修工事をしていたビルの足場だった。

「もしかして……」

 会社からの帰りにすれ違った救急車。あれは転落した父のためのものだったのかもしれない。しかし嫌な予感や首の痛みは、父の死に関しては何も感じなかった。

 何が今までと違うのか。

 何がきっかけなのか、なぜこんなことが起こるようになったのか。それは分からないが、これで私は身近な人の死を夢で予知することができるとはっきりした。

 そして私は、眠れなくなった。


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