父の死

第15話

 父とは、小学二年生のあのとき以来まったく会っていなかった。そして、思い出すこともなかった。

 久しぶりに聞く声に懐かしさなどなく、封印していた憎しみが褪せることなくよみがえってきた。

「どちら様でしょうか」

 冷たく言い放つと、「すまない。親戚から母さんが死んだと聞いて……」と聞こえてきた。

「そうですけど、なにか?」

「その……線香をあげさせてもらえないだろうか」

 電話から聞こえてくるのは私たちに恐怖を与えていた大声ではなく、年老いた気弱な声だった。

 それでも、私は許せなかった。

「あなたが来ても母は喜びません」

「おまえにもすまないことをしたと思ってる。詫びさせてもらえないだろうか」


 いまさら何を……

 謝られても、何も変わりはしない

 お母さんも、お姉ちゃんも戻ってはこない

 何も――


「姉は死にました。母も死にました。父は私が小学二年生のとき、私の中で死にました」

 父は何かを言いかけたが、私は構わず電話を切った。

 静寂が訪れた。

 なんだか、この家にこれ以上いたくなかった。母の荷物はゆっくり片付ければいい。どうせ誰も待ってはいない。

 私は自分のアパートへ帰った。夕食を作り、風呂を沸かし、久しぶりにテレビを見た。

 まるで、普通の生活を無理やり演じているかのように過ごし、日付の変わる頃布団に入った。

 そして、見たのである。

 もちろん、父の死ぬ夢を。





 カーテンも開けず、コーヒーも飲まず、真っ直ぐ玄関に向かい新聞を手に取る。

 いつもはテレビ欄のチェックから始めるのに、この日は真っ先に地域のニュース欄に目を通す。

「……あった」

 その記事を食い入るように見つめる。


『――午後1時20分頃、…………さん(62)が工事現場の高さ12メートルの足場から転落、首の骨を折るなどして搬送先の病院で間もなく死亡した。警察では工事の責任者から事故当時の状況を詳しく――』

 新聞が、私の手から滑り落ちた……




 その、バサッという新聞の落ちる音で目が覚めた。

 今度は父親が死ぬ夢。どうして最近の私は、人の死ぬ夢ばかり見るのだろう。

「ふぅ……」

 とりあえずカーテンを開け、お湯を沸かす。

 お湯が沸くまでの間、昨日繋がりかけた何かを探るように思いをめぐらせる。

 夢――そう夢。

 すべては姉が死ぬ夢を見たことから始まった。

 その後それが現実となり、次は友達……。

 彼女のときも夢を見て、そしてそれが現実となった。


 これは……偶然なのか

 そして、母の自殺

 あのときも夢を見て、それから――


 コーヒーを一口飲む。熱い液体が、冷えた体にゆっくりと染み込んでいく。


 正夢――というのか……見た夢が現実に起こるということを

 それとも、予知……夢?


 私が見た夢のとおりに現実が進んでいくとでもいうのか。

 しかし、私には霊感やそんな能力は全くといっていいほどない。


 でも――度重なる偶然……それならば


 試してみよう。父の死で。

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