第11話
その夢は短かったのか。それとも、忘れてしまったのか。
覚えているのは、母があの川にうつぶせで浮いていたことと、川岸に靴が揃えられていたことから自殺だろうと言う声が聞こえたこと。ただそれだけだった。
「…………」
目を覚ましてしばらくは、何も考えられなかった。
いつもと同じようにカーテンを開け、いつもと同じように台所に行き、コーヒーを飲むためのお湯を沸かす。お湯が沸く間、子どもの頃のことを思い出していた。
両親は、たしか私が小学二年の時に離婚した。父親の酒癖が悪く、毎晩母が泣いていたのを覚えている。
ある日突然、本当に突然父が家を出て行った。
理由は分からなかったし、聞かなかった。なんであれ出て行ってくれたことに、正直ホッとした。
今はどこにいるのかさえ分からない。
それからは母が、私と姉を女手一つで育ててくれた。
その姉も死んでしまった。
最後に姉と話したのは何の話だっただろうか。
少しの間考えて、すぐに思い出した。
たしか、お花見の話だった。姪の入学式が済んだらみんなでお花見に行こうと約束したのだった。桜の木の下でお弁当を食べようと。
「お姉ちゃん……」
姉が死んでから初めて、こんなに姉のことを思い出した。
あの日――姉が死んだ日は変な夢を見て、それが現実となってしまった。そういえば、あのあと由香が死ぬ夢を見て……。
「夢? まさか……お母さん!」
まさか、そんなはずはない。あんな夢を見たからといって、母までが死ぬはずがない。
しかし私の思いとは裏腹に、またあの言いようのない不安が、首の痛みとともに襲ってきた。
私はすぐに母に電話をかけた。
一回……二回……呼び出しの音がとても長く感じられる。……三回……四――
「もしもし? こんな早くからどうしたの?」
母は、生きていた。
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