第18話 妻の復讐

純一と融通手形を交わしていた川島と中川は業績が立ち行かなくなり同時倒産し行方をくらませ、彼らの名義で純一が返済していた借金は6年の歳月をかけて完済にこぎつけた。

その返済の陰に銀行からプロパーの借り入れ金一億円は5年の時効期間を向え返済義務が終了した時点で、手持ち現金を800万円を持ち込み減額申請を了承させた。これで総てを一括返済として収拾をはかった。

6年の歳月は銀行の支店長も次長も責任を取らされる以前に転勤で誰一人犠牲者を生まずに済ませたのだ。

純一の会社はその後もさしたる拡張も出来ないまま63歳まで事業を続けたが、闘病のため若手に会社を譲ると翌年64歳でこの世を去った。本来頑強な体力を誇っていたが過剰な養分摂取ですい臓ガンを患い平均寿命から遥かに若く命の幕を閉じた。

妻が栄養学で収得した知識で不健全な料理が密かに活用されたのだ。食事による報復は憎悪の最も強力な武器になった。

モルモットが簡単に肥満化するように過剰な養分を調理に潜ませ純一の身体にボディーブローのように効果が効きだすのに20年の歳月をかけ、その上睾丸を切り取ったためホルモンバランスが崩れ確かな目標を的確に捉えていた。

優子が目論んだ命の丈、65歳の寿命。子供達を世に送り出す、それぞれが自活できる迄の命の尺度、正に思惑通りの年齢でこの世を終わらせた。

純一自身もそのことに気付いていたが敢えて優子の意思に従った。まさに人生の因果報応を素直に受入れたのだ。


遺族が純一の遺品の整理をしていると銀行の貸金庫から遺書が見つかった。

{妻優子へ、我が娘薫へ、我が息子勇太へ、

私は貴方達を何よりも大切にしていました、そして心底愛していました。

貴方達に災難が降りかかれば自分の身体を犠牲にしても貴方達を助けます。

貴方達を命懸けで守るのは夫として父として当然ですがその気持ちの強さは、

何処の誰よりも強く抱いている事を理解して欲しいのです。

今後どんな状況でも貴方達を幸せにする為の努力は惜しみません。

しかし、私は此れ程強い意志と愛情を持っていても貴方達に言訳できない裏切り行為をしてまいりました。

私の中に私自身と全く違う不徳な人格を持った獣性が生息し、星野美由紀と言う女性を愛してしまいました。

その事で貴方達に不徳な苦痛を与えた事を心からお詫びいたします。

しかし、その女性は○○年の春24歳の若さでこの世を去りました。

私が存命中、陰ながらその女性の供養を欠かす事はなく続けてゆきます。

夫として父として貴方達に対し許されざる行為は懺悔の仕様も有りません。

そしてとても受入れがたい頼みごとを貴方達にお願いしたいのです。

私が他界してしまった後のお願いです。

私の遺骨の半分を分骨してその女性の墓に埋葬して頂きたいのです。

誠に申し訳ないし、この上ない勝手なお願いですが叶えられるなら今後2人を供養して頂きたたいのです。

何卒お許しを賜りたい。

墓地所在地

神奈川県葉山市○○○○○○寺」

20○○年○月○日                柴田純一}


始めに優子が読み暫く考え深くしていた。

そして無言でその遺書を子供達に廻した。

薫が一通り読み終えそれを勇太に回し気遣いしながら言った。

「お母さん、どうする、これはお母さんの考えで決めて」

勇太も遺書に目を通し終えると口を挟んだ。

「お母さん、許せなかったら無視していいよ」

優子は目を閉じジッとしていたがボソリと口を開いた。

「お父さんの御骨、全部そのお墓に埋葬して」ゆっくりした言回しだが意外なほど口調に強さが込められていた。

「えっ、お父さんを私達から離しちゃうの」薫が驚いて言った。

「それは、どうかな、僕達には大切な父親だったし」勇太も口を挟んだ。

「いいから、そうしなさい。それから埋葬したら、供養はしなくていいからね」

母の強い信念を込めた語り口に子供たちは反論出来なくなった。

薫と勇太は母の真意を計りそこねていた。

薫と勇太が二人きりの時この件が話題になって、勇太が口を開いた。

「お母さん、矢張り許せなかったのだろうな」

「そうね、女は一生かけて報復するから、判る気がする」

「そうか、女はタフだね。男は其処まで引摺る気力を持たないな」

「ただ、あの強い口調、お母さんの信念が込められている感じがする。私がまだ4、5歳の頃お母さん台所で泣いていた事があった。その頃お父さんは家に一年以上帰って来なくて他に女の人がいるような気がしていた。

(どうして泣いてるのお父さんと何か有ったの)って聞いてみたの。

そうしたら泣いてなんかいないよって無理矢理笑顔作って。お父さんはお前達の為に一生懸命頑張っているのだよ。何も心配要らないって言われた。色々有ってもそれがお母さんの信念なのだと思って私もお父さんを責めないようにしようって決めたの。

多分お母さんが私達の為に我慢していたと思うの」

「そうなのか。俺は殆ど覚えていないな。そんな事が有ったのか」

「私達もこうして成人して一応目的みたいなものは果したし。もしかしたらお母さん、お父さんを自由にしてあげたのかも。

其処まで愛した人がいるのなら、其処で一緒にさせてあげたいと思ったのじゃないかしら」

「そうか、僕らにしたら許せない事だけど、オヤジって一生かけて思い続けてたんだ。それでお母さんは苦しんで出した結論かもね。そういう収束方法を考えたんだろうね」

「供養しないのは、両方の意味が含まれてないかしら、許せないからと、そっとしてあげたいのと」

然し優子が純一の命の尺度を定めた事を誰一人見抜けてなかった。

それ程愛憎をコントロールできた冷徹さは4年に及ぶ忍耐から培われた。

これを事件として取り上げれば優子の完璧な完全犯罪である。

薫と勇太は父の骨壷を携え父が用意したその墓地に訪れ、そこに記された柴田美由紀の墓標に驚いた。

松谷に対し純一が意地を通した本音が刻み込まれていた。

住職立会いのもと墓石の蓋を開けるとミユキの骨壷の脇に小さな壺が置かれていた。

それが何で有るかは不明のまま其処に純一の骨壷が収められた。

そうした経緯を全て見通していた妻が下した決断に施され、蓋が閉じられ2人揃って同じ土に帰った。                                          

                                          

                             完

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血の十字架 @shinnosuke

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