2部 戦乱、革新とともに

1章 北進、サンデル攻略へ

0話 プロローグ

『一か月後、大陸南方のこの国のある貴族が大陸中央の国サンデルを攻撃する』


 一国の軍と一貴族の軍との戦いが後者の勝利で幕を閉じた日から数日が経ち、熱気も冷めてきたころ民草の間で唐突にこのような噂がささやかれるようになった。

 中途半端にぼかされている。誰が?何時から?……所詮は噂で信ぴょう性の欠片もないものだがそんな情報でも慌てる国もある。


「まさか初戦で躓くことになるとは」

「修正するしない以前に計画が頓挫する可能性も出てきた」

「さて、どう責任を取られるおつもりかなサンデル国王?」


 薄暗い地下の一室、サンデル王国からさらに北。ライブレッド公国にて両国、並びにエアリース、フェルゼン等大陸中央部の四割の地を占める国々の長がそろい踏みし円卓を囲んでいる。彼らは皆ある一つの目的でここに集った者達、すなわち大陸中央南部を治めるフラーズの攻略のためにひそかに組まれた同盟国であった。

 領土拡大を進めるフラーズはこれまでに10を超える国々へ侵攻、支配して現在の大国にまで成長した。その勢いを止めるべく即席で造られた同盟。


「責任を取る、それはこちらも承知しているつもりだ」


 そしてサンデルは数か月前フラーズへ向けての第一陣としてウィルゼールへ向けて軍を送り、ティエリスの平原でフラーズと激突した。

 誰もが倍以上の数で攻め入ったサンデルの勝利だと考えていたが、結果はまさかの敗北。予定ではすでにフラーズの北東部は掌握しているはずだった。

 この失敗の責任追及が今回の主題だ。サンデル国王、エゼルバートもまた必死だった。

 もともとサンデルはこの同盟の基軸に参加しておらず、動きを察知したサンデルが挟み撃ちされることを危惧し滑り込みで同盟に参加した。その第一段階で失態を晒したのだ。


「しかしその前にこちらの話を聞いて戴きたい。ドリス将軍!」


 そのためにサンデル王が呼び出したのが当時の戦いの指揮を執った将軍、ドリス・バーンスタインだった。


「まさか、ただ言い訳する為だけに敗戦の将を連れてきたのでは無いでしょうな」


 彼は敗戦の直後、数を使って負けた無能という烙印を押されていた。

だが、サンデルの軍人はある事実を知ったことですぐにその評価を一転して『大多数の兵を連れ帰った冷静な男』とみなすようになった。


「……これをご覧下さい」


 そのドリスは何の弁解をすることもなく円卓の中央に装飾の施された水晶玉を置く。

これは記憶水晶と呼ばれるもので数分の間魔力を流し続けることで周囲の風景を記録し、再び魔力を流すことで記録した風景を再現することが出来る魔導から発展した道具の一つだ。

 そして今回ドリスの持つ水晶から映し出されるのはティリエス平原での戦闘の後半、獅子と闘犬の頭部、雄々しき翼、蛇の頭を模した尾を持った怪物にサンデルの軍が蹂躙されている光景だった。


「この怪物によって我が軍の戦列は崩され大混乱に陥りました」

「つまりはこれの乱入によって失敗したと?」

「いいえ」


 否定されるのは質問の一部分。


「乱入ではありません。この怪物は使役されています、フラーズのアマト・フリューゲル子爵によって」


 もたらされた被害は天災によってではなく敵の攻撃なのだとドリスが断言する。

ある者はうつされる光景に見入り、ある者はドリスの上げた名に興味を抱く。


「アマト・フリューゲルか……最近はよくその名を聞くものだ」

「これから先は、領土の交わる場所での戦闘が最大の難関と言って相違無いでしょう」


 そう言い終わったところで映像の中の怪物キマイラが正面を向き襲い掛かり映像は途絶えた。寸前に移り込む怪物の鋭い牙を見ればこの水晶の持ち主が辿った末路が容易に分かるだろう。


「これから連中が反撃してくるとなればわが国だけでは持ちこたえられないだろうな。いざという時には援軍を乞うことになるだろう」

「……それはこちらも理解した。サンデルはフラーズ攻略の第一線となっていますからな」

「うむ、子細はまた次の機会に」

「今日のこの会談で対フラーズの構図をよりはっきりさせただけ収穫としましょうか」


 会談が終わったならばもうここにいる理由はないとサンデルの国王と将軍は立ち上がりすぐに去ってゆく。


(ふん、忌々しい連中だ。しかしこれからフラーズの領土拡大に対抗するには小国同士でも手を組まねばならないのが現状。少しばかりの軍力の水増し、それ以上に後顧の憂いを断てていることが救いか……)


 ライブレッドを去るエゼルバートは心の中でほかの国家の首長を浮かべ顔をしかめる。今回、サンデル側の失態があったとはいえ、それ以前からどこか不躾な態度を取られ続けていた。それまでは所詮田舎の国の礼儀はこの程度、と下に見ていたエゼルバートが今は余裕がなくなっている証拠でもある。

 ただそんな連中を不快に感じるだけだった王とは違い、同行したドリスは冷静だった。


(あの連中の余裕さは何か根拠があるはずだ。我が国が同盟に入ることは予定に無かったはず、だとすればあの水晶を見ても予想以上に反応が薄かったことと合わせればやはり何か切り札を持っているということになる。このままではサンデルは連中にいいように使われるだけかもしれん……なんとか探り当てなければ)


 そう考えるドリスの懸念はほぼ的中している。エゼルバート・サンデルと付きのドリスが去ったのちも他の小国の長は残り、新たな会議を行っていた。


「随分と不機嫌でしたな」

「仕方あるまい、意気揚々と攻めていった結果があの様では」

「しかしそれでも彼は強気だ。サンデルは確かに大きいが、あの戦いの後でもまだこの中で主導権を握れていると思っているらしい」


 サンデル陣営が去った後の各国の首長は皆が皆サンデルを完全に見下した発言をする。この同盟に置いてサンデルは戦力の大半を占めてこそいるものの彼らからは数合わせ同然に見られていた。


「さて、先の約束にあった援軍だが、わが国はを送ろうと思っていますがいかがかな?」


 サンデルとそれ以外との単純な戦力比は先の戦いで薄なった兵力を加味してもなお4:6という比率になる。

だが彼らはその『4』がなくともフラーズに対抗しうる手段を幾つか隠し持っており、そんな国で同盟が結成されたことのだった。それはすなわち残りの6で大陸を制圧する手札があるということをそのまま示していた。

 そしてその一つをライブレッド公国王ルイーズが遂に世界へ解き放つとここに宣言した。


「ほう?ついに実戦で使用されるのですか?」

「その通り、サンデルが窮地に陥った際に我が国が誇る精鋭部隊とともに送り込むことにしましょう」


 そしてそれをサンデルへの牽制もかねて使うというのだ。以前から彼らにとってサンデルは目の上の瘤でしかなかった。そして今では一つの駒でしかない。


「今後の我々の動き方は決まったな。精々彼らには後の戦いへ向けての試金石になってもらおう」


 不気味な含み笑いをしながら残った者もその場を去っていく。

ライブレッド国王ルイーズ、エアリース国王ライラ、フェルゼン国王マクシミリアン、立ち去る者達の表情はどれも自信にあふれながらもそれ以上に欲望に塗れた下劣な笑みを前面に出す嫌悪されるであろう姿だった。



 ☆☆☆



 ウィルゼールの郊外、人里離れた森の中に寂れた館があった。既に幽霊屋敷といっていいほど朽ち果てており、壁には蔦が絡みつき、庭の雑草は生え放題。

 唯一、人の手入れがされている裏へ向かう一本道の先にアマト・フリューゲル子爵がいた。


「お久しぶりです父上。母君には会えましたか?」


 館の日陰に入る場所に小さく簡素な墓が二つ建てられている。

埋葬されているのはフリューゲル家前当主とその夫人。アマトにとって父母と言える者の眠る場所だった。


「ここもすっかり春ですね。花が咲いています」


 誰もいない、聞こえないと分かっていながらも語り掛けるように言葉を紡ぐ。


「私はこの通り、リムは勿論、グリフィス、アルベルトさん、そして兄上も残念ながら、皆健在です」


 近況報告、喜ばしいことなのかそれとも……アマトの言葉や表情はそれを読み取らせようとしないどこか超然としたものだった。


「もうすぐこの世界の常識は根底から覆るでしょう。それも最悪の、歪んだ方向に。『戦う』という言葉を逃避に使うつもりはありませんが、私の心も漸く決まった気がします。貴方から受け継いだフリューゲル領を、あの場所で生きる人たちを、そしてやはり私は……」


 その言葉は亡き父に届けたのだろう、どこか不安げながらも心の籠もった決意を口にしてみせた。


「ではまた、花が枯れ行くころに。その時には人手を連れてきます」


 別れの挨拶をし立ち上がる。アマトがこの場所に来ることはそうそうないためか周囲の植物の成長に驚いているようだ。夏の終わりごろにはこの地は少しにぎやかな日が訪れるだろう。


「…………ああ」


 これを聞いておくべきだとアマトは空を見上げ真剣に悩んでいる様子で小さな声で天にいるであろう育ての親に尋ねる。


「もし声が届くのでしたら女性の扱い方というものを教えてもらいたいものです。……いえ本当に」


 思い出したように出た追伸の言葉は何とも締まらないものだった。

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